第3話 大学③
私は教室で一人、日直の仕事である日誌を書いていた。日誌を書き終わり、教室の時計を確認すると時刻は六時を過ぎていた。日誌を書いてたら遅くなっちゃった。早く帰ろう。私は自分の通学鞄と日誌を持って職員室に日誌を提出してから校舎を出た。
私は地下鉄通学で、駅は正門からが一番近いため、正門に向かうために中庭を通っていた。中庭を歩いているとベンチに座っている藤さんが目に入った。あれ?あそこにいるのって藤さん?どうしたんだろう、何だか元気がないように見える。珍しいな。私は藤さんが座っているベンチに向かい、そばに立って藤さんに声を掛けた。
「藤さん、大丈夫?」
「え、柊さん!?」
私に声を掛けられた藤さんは目を丸くして驚きの声を上げた。声を掛けただけなのに藤さんすごく驚いてる。
「藤さん具合悪いの?保健室行く?」
「ううん、大丈夫だよ」
藤さんは私の問いかけに対して首を振って答えた。体調が悪いわけではないみたい。でも明らかに元気がないよね。藤さんの様子が気になる私は引き続き藤さんに問いかけた。
「藤さん、私の勘違いだったらごめんね。何かあった?」
「…何もないよ」
藤さんは地面を一点に見つめながら呟くように答える。
「私には何もないようには見えないよ」
「本当に大丈夫だから!」
とうとう藤さんは声を荒げてしまった。藤さんは頑なに言いたがらない。なら私はここで立ち去るべきだと思う。でもなんでだろう。私は苦しそうにしている藤さんの力になりたい。
私はベンチの藤さんの隣に座り、藤さんの顔を見ながら声を掛けた。
「ねえ藤さん、聞いて」
私の声を聞いた藤さんが顔を上げ、私と目を合わせた。藤さんの目には涙が滲んでいた。私は藤さんに優しく語りかけた。
「藤さん、つらい気持ちを自分の中だけに閉じ込めておくととっても苦しいよ」
「え…?」
「口に出すだけでも少しは楽になると思うよ。それに、全然話したことない人にだったら話しやすいんじゃない?」
「でも…」
申し訳なさそうな顔をている藤さんに対して、私は自分の顔を藤さんの顔に近づけた。
「暗い表情は藤さんには似合わないよ。大丈夫、私は話を聞くだけ。なんなら人形だと思ってくれればいいよ」
「ふふっ、何それ…」
藤さんは再び下を向いてしまった。やっぱり私には話したくないのかな。しかし藤さんは下を向きながらも震えた口調で語り始めた。
「さっき、廊下で別のクラスの人たちが話している内容が聞こえちゃったの」
藤さんが私に話してくれた!
「ぶりっ子が調子に乗ってるって。学校でチヤホヤされてるからって勘違いして塾では男子に色目使ってるって」
藤さんは話しているうちに泣き出してしまった。
「私全然…そんなつもり…ないのに…もしかしたら実は…クラスでも…嫌われてるのかなって…そう思うと怖くて…」
そのまま藤さんはただ静かに泣き続けていた。藤さんが傷ついている。いつも太陽みたいな子なのに。私は藤さんに元気になってほしい。藤さんの笑顔が見たい!私は自分のハンカチを取り出し、藤さんの涙を拭った。藤さんが再び私の顔を見た。私は藤さんの目を真っ直ぐ見て藤さんに話しかけた。
「藤さんに涙は似合わないよ。いつも眩しい笑顔をしてくれる藤さんのことが、クラスのみんなは大好きなんだよ。私はいつも藤さんの笑顔を見て幸せな気持ちになっているよ」
藤さんは私の言葉に対して何かを返すわけでもなく泣いているままだった。藤さん、まだ泣いている。当たり前だよ…ただ私が思っていることを言うだけ言って、これじゃ元気になるどころか藤さんを困らせただけだよ。私は急いで藤さんに謝罪をした。
「ご…ごめん!ただ話を聞くだけって言ったくせに藤さんの気持ちを無視して変なこと言って…」
すると藤さんが急に笑い出した。ど…どうしたんだろう?
「今の人形は喋るんだねぇ」
藤さんは顔を上げて笑っている。
「いや本当にごめん!あーもう、私何やってるんだろう…」
藤さんは笑うのをやめ、真面目な顔をして私を見ながら話した。
「柊さんは聞き上手だね」
「そ…そうかな」
「うん、柊さんに聞いてもらえてよかった」
「本当?」
「ありがとう」
藤さんに感謝され、私は嬉しくなった。自分的には反省しかないけど、藤さんが少しでも元気になってくれたのならよかった。
「いつまでも泣いてたら駄目だよね。柊さんにいつも私の笑顔を見られてるみたいだし」
「う…うん。見てるよ」
自分で言っておいて、いざ藤さんから言われると恥ずかしいな。
「話を聞いてくれたお礼に、今は柊さんのためだけに、笑顔」
藤さんが真面目な表情から一転し、私に笑顔を見せてくれた。その笑顔はいつも通り、いや、私にはいつも以上に眩しく見えた。私のためだけの笑顔。その笑顔を見た瞬間、私は藤さんのことしか考えられなくなった。藤さんはベンチから立ち上がった。
「じゃあ帰ろうかな。途中まで一緒に行こうよ…アザミ」
「え…?」
今、名前で呼ばれた?私はいきなり藤さんに名前を呼ばれて動揺していた。いや、この動揺は名前を呼ばれたからだけではないものだと自分でも気付いている。
「アザミも私のこと、サクラって呼んでほしいな。もう友達だから」
「う…うん、サクラ…」
「帰ろ!アザミ!」
藤さんは私の方を見ながら笑顔で待っていた。私はベンチに座ったまま動けなかった。顔が、いや、身体中が熱い。これは…でも…必死に湧き出しそうな感情を抑えようとしたけど、私はもう自分の感情に抗えなかった。私は藤さん、いや、サクラに恋をしたんだ…あの笑顔を特別なものに感じてしまったんだ。サクラを意識してしまってからはもう我慢できない。…でも小学生の時とは違う。今度は間違えない。好きな人の近くに居続けるために、私は自分の気持ちを伝えない。自分の気持ちを伝えずに、この恋が一生叶うことがないとわかっていながら、それでもこの恋心を自分の中に閉じ込めたまま、ずっと苦しむことになっても。
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