第3話
「いやいやおかしいでしょ」
「え、何が?」
「付き合ってもない男がそう何度も家に来て手料理振る舞ってくれるって何?意味わかんないから。てかそんな警戒心ゼロで男家にあげちゃだめだよ」
同期に真顔でそう言われ、私は卵焼きをぼとんとお弁当箱に落とした。先輩お手製のだし巻き卵である。ちなみに昨日はめんつゆとごま油のしょっぱめの卵焼きだった。
「そのお弁当も先輩が作ってくれたんでしょ?」
「う、うん。最近朝ごはんとお弁当も作ってってくれる」
「いややばいってまじで。普通男女逆だし」
同期の指摘に私は思わず下を向いた。白ご飯のうえには緑黄色野菜のふりかけ、黄金色の卵焼き、ほうれん草のお浸し、鮭にブロッコリー。誰がどう見ても完璧なお弁当。
前日にタッパーに詰めてくれて、あとは朝温めて持っていけばいいというだけのもの。本当は朝できたてを詰めてやりたいけどそうもいかないからな、と苦笑いしていた先輩の顔が浮かぶ。
ちなみに朝ごはんはフレンチトーストとコーンスープだった。これも温めればOKってだけの作り置き。
すっかりこの生活が馴染んできていたけれど、これはおかしいことなのか。確かにそうだ。付き合ってもない男の人に食生活を管理してもらってる……やばい。私が。これは一大事だ。
「先輩!私たちやばいです!」
「ん?おかえり」
「あ、ただいまです。……じゃなくて!私たちやばいですって!」
ドアを開けたらエプロン姿の先輩がいる。あまりにも日常すぎて気にも留めていなかったけれど、確かに異常事態だった。
ちなみに今日は水曜日。華金でも何でもない。明日もお互い元気に出勤である。気がついたら先輩は週末だけじゃなくて、曜日関係なく来るようになった。さすがに毎日は来ないけど、週に3回は必ず来る。
私はスーツの上着とカバンをほっぽり出して先輩に詰め寄った。先輩は全く驚かずに火を止めた。
「付き合ってもないのにこれはおかしいです」
「そうか?スーツ皺になるからちゃんとハンガーにかけろ」
「あ、ごめんなさい。……気づいたら私すごい頻度で先輩のご飯食べてます、おかしいですよ!」
「そんなことないだろ。ちなみに今日はカニクリームコロッケ」
「カニクリームコロッケ!?え、家で食べれるんですか!?やばいお腹すいた!」
「だろ。早く手洗ってこい」.
「はーい!」
スーツをハンガーにかけて猛ダッシュで洗面所に向かう。狭い洗面台にはいつの間にか、コップと歯ブラシが一組増えていた。
「そうだ先輩!これ見てくださいよ!」
お皿洗いを終えたあとののんびりタイム。コーヒーを飲みながらお喋りしていると、私はふと思い出した。
雑貨が並ぶ戸棚からそれを取り出す。先輩の隣に座ってて、それをテーブルのうえに広げた。
「卒アルか」
「先輩は乗ってないですけどね、陸部のみんな懐かしくないですか?」
「うわ、懐かし。お前らの代人数多かったもんな」
「男女合わせて20人いたのは過去最高らしいですよ。先輩の代は5人くらいしかいなかったですもんね」
部活紹介のページに載っている、私たち陸上部の写真。ひとつ上の先輩は当然いないけれど、共通の知り合いだらけだ。
「先輩たちが引退してから、男子と女子でガチの大喧嘩したときあったんですよ。あれはやばかったです」
「あー、なんかそれ聞いたわ。お前が号泣しながら間に入って止めたやつだろ」
「なんで知ってるんですか!?誰ですかバラしたやつ!」
「内緒。お前らの代喧嘩ばっかしてたな。で、何回もお前が間に挟まれてオロオロしてた」
「変なこと覚えてないでくださいよー、恥ずかしいです」
ふいっとそっぽを向くと、ははっと先輩が笑う。馬鹿にしてるわけじゃないそれは、高校時代何度も聞いた先輩の笑い声と何も変わらない。
「俺の卒アルどこいったかな」
「実家ですか?」
「たぶんな。お前がデカデカと書いた寄せ書きも残ってるよ」
「え、私書きましたっけ!?」
「ふざけんなよ、俺がいいって言う前に勝手にぶんどって書いただろ」
「あっ……そういえばそうだった……」
すっかり忘れてた。私は陸上部の先輩みんな大好きだったから、無理やり全員分の卒アルに寄せ書きを書いたのだ。
「なんて書いたんだっけなあ。先輩覚えてますか?」
「覚えてるよ」
「え、すごい!」
「なんつーか、お前らしかったからな。たぶん一生忘れないと思う」
先輩がこっちを向く。いつもより至近距離で目が合って、私は少し後ずさった。
あれ、なんか、近い気がする。近づいたの私だけど。
広がる沈黙に息を呑む。うまく言葉が出てこない。
先輩、と声をかける前に、先輩の手がすっと伸びてきて、私の頭に乗った。
そのままよしよしと頭を撫でられる。
「じゃ、そろそろ帰るわ」
「……え、あ、はい!ごちそうさまでした!」
「ん」
立ち上がる先輩に合わせて私も立とうとしたけれど、足がもつれてよろけてしまった。そのまま転ぶかと思ったけれど、出てきた腕に肩を支えられる。
「気をつけろよ」
「……ご、ごめんなさい」
「ドジだな、相変わらず」
先輩が笑う。なんだかそれを見ていられなくなって、私はふいと顔を背けてしまった。
変な態度をとる私を先輩は気にする素振りもなく、「じゃ、またな」といつも通りの調子で家を出ていってしまった。
私の頭と肩には、先輩の手のぬくもりが残っていた。そういえば、再会してから先輩が私に触れたのははじめてだったと、しばらく時間が経ってから気がついた。
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