第2話
「お疲れさまでしたぁ!」
「えっ
「どういう意味!?」
「だっていつも泣きながら残業してんじゃん」
確かに。私が18:00ぴったりに帰るなんていつぶりだろう。新卒から入社して以来はじめてかもしれない。
「なんか用事でもあんの?」
「ふ、ふふふ……」
「怖……」
隣でまだパソコンと向かい合ってる同期にグーサインを突き出す。
「世界一美味しい手作りご飯が私を待ってるの!」
後日その同期に言われた。お母さんが来てるんだと思った、と。
「ただいまでーす!えっ何このいい匂い!」
「おかえり。まず手洗ってこい」
「はーい!」
ドアを開けた瞬間にいい匂いがする。なんて幸せなんだ。
先輩の言うとおり大急ぎで手を洗い、キッチンを覗き込む。エプロン姿の先輩がフライパン片手にキッチンに立ってる。私の家のキッチンなのに先輩のほうが馴染んでるし、何よりエプロンが似合いすぎている。エプロン男子世界選手権があったらぶっちぎりの優勝に違いない。
「ハンバーグ…!?」
「チーズ入りな」
「天才!先輩、やっぱ天才です!」
「はいはい。もうできるから米とスープ並べといて」
「はーい!」
先輩の指示通りお茶碗とスープカップを用意する。私のお茶碗はうさぎの絵が描いてあるピンクのやつ、先輩のは後から追加された青いボーダーのシンプルなやつ。スープカップなんておしゃれなものはうちにはなかったけれど、先輩が「うちに余ってたから」と持ってきてくれた。
ご飯とスープを並べ終わると、先輩がハンバーグが乗ったお皿を持ってきた。付け合わせにブロッコリーとポテト、お花の形にくり抜かれたニンジン。めちゃくちゃ可愛いしおいしそうだ。
「すごい、お店のみたい!」
「まあな。腹減ってるだろ、食おうぜ」
「はーい!いただきまーす!」
さっそくハンバーグに箸をいれると、じゅわあと肉汁とチーズが広がった。その勢いのまま口のなかに突っ込む。柔らかいお肉とチーズがとろける。
「ふぇんはい、へんはい」
「そりゃどーも。食ってから喋れよ」
先輩が苦笑いを浮かべる。うまく喋れなかったけど「先輩、天才」と言ったのはちゃんと伝わったらしい。
ごっくんと飲み込んでから改めて、
「今日もめちゃくちゃ美味しいです!」
と前のめりになって伝えれば、先輩はおかしそうに笑う。
「ほんといい食いっぷりだな」
「美味しいので!あ、スープおかわりしていいですか?」
「どーぞ」
るんるんでスープをカップによそう。何杯でも食べれる。これ味付けはなんなんだろ?うちの調味料で作れる味なんてたかがしれてる…、いや、先輩がちょっとずつ持ってきてるからいつの間にか増えたんだった。名前も知らない香辛料とかある。
「なんか、ほんと不思議ですね」
「ん?」
「なんで先輩こんなにご飯美味しく作れるのに彼女いないんですか?」
何気なくそう聞くと、先輩は一瞬固まった……ように見えた。でもすぐいつもの笑顔に戻って、「なんでだろうな?」で片付けられた。
本当に不思議だ。エリートでかっこよくて料理うまくて優しくて、あと足も速い。そんな男の人、なんで先輩の周りの人は放っておくんだろう?
スープを机に置いて先輩の真正面に座る。ちょっと前まで話し相手はテレビ(ただし返事はない。一方的)だったのに。
「で、今日はなにやらかした?」
「いやいや、やらかした前提やめてくださいよ!でも今日は上書き保存忘れてせっかく書いた訪問の記録が全部綺麗に吹っ飛んで」
「はは、まあよくあるやつだな」
家に帰ったら先輩がいて、ご飯ができていて、笑いながら一緒に食べる。こんな日常がはじまって3カ月。すっかり自分の生活に馴染んできた。
あの日先輩とたまたま居酒屋で再会してから、なぜか先輩は、ときどきこうしてご飯を作りに来てくれるようになった。
私はもうとんでもなく酔っ払っていたのでほぼ覚えていないのだけれど、「明日も俺の飯を食ってくれ」という先輩の言葉に「はい喜んでぇ!」と居酒屋の店員みたいな返しをしたらしい。
先輩はちょっと意味がわからないくらい紳士で、泥酔した私をアパートに送ってくれたとき本当に私に何もしなかった。朝起きた私は昨日の夜の服装そのまんまだったし、何かをした形跡は1ミリもなかった。
その代わりに驚いたのは、キッチンに朝食が用意されていたこと。鮭と卵が入ったふわふわの雑炊にしじみのおみそ汁。二日酔いの胃にとても沁みた。うちの冷蔵庫にそんなものは入っていないのでわざわざ買ってきてくれたのだろう。
びっくりしすぎて何回も落としながら慌てて開いたスマホには、「勝手にキッチン使ってごめんな、よかったら食って」と神様のようなLINEが入っていた。キッチンを見たけどホントに使ったのか?ってくらい綺麗で、先輩は後始末まで完璧だった。汚れとか全然なかった。
慌ててお礼のLINEを送るとすぐに返事がきて、「今日も行く。なんか食いたいものある?」となぜか決定事項が送られてきて、二日酔いで頭が馬鹿になってた私は「肉じゃが食べたいです!」と即答した。
柔らかいお肉とほこほこのじゃがいもが美味しすぎて、その日はご飯を3杯おかわりした。
それから3ヶ月。先輩が来るのはだいたい週末だ。華金と呼ばれる一番いい日に私の家に来てくれて、帰ったらご飯ができている。
「華金なのに飲みにいかなくていいんですか?」と聞いたときは、「酒あんま好きじゃねえんだよな」と笑っていた。その割にはあの日結構飲んでたと思うけど……もしかして強すぎてお酒飲んでもつまんないとかそんな感じかな。
「じゃ、帰るわ」
「はい!今日もごちそうさまでした!ご飯代ですっ!」
「いいっつってんのに。ま、これでまたなんか美味いの作るわ」
先輩は苦笑いしながら私からお金が入ったポチ袋を受け取ってくれた。最初は拒否されていたけれど、私があまりにも頑固だからやっと受け取ってくれるようになった。こんなに美味しいご飯にお金を払わないなんて罰が当たる。
「また来週な」
「はい!」
「食いたいもんあったら連絡して」
「します!すぐに!」
勢いつけてそう言うと、先輩は笑う。仕方ねえなこいつって感じで。大人が子どもを見るみたいな目。
先輩はうちに来ても絶対に日付が変わる前に帰る。どんなに話が弾んでも絶対に。
家が近いから。お前の食いっぷりがいいから。高校時代可愛がってた後輩だから。先輩はいろんな理由を私に教えてくれたけれど、どれもこれもなんだかうまく消化できない。それでも私が先輩の誘いに飛びつくのは、かつて尊敬していた、そして今でも信頼している先輩と過ごす時間が、かけがえのないもののように思えるからだった。あと単純に先輩のご飯が美味しすぎる。お店開ける。
「戸締まりちゃんとしろよ」
「はーい!お気をつけて!」
ドアが閉まる。先輩が去っていくこの瞬間はすごく、すごく寂しくて、でも困らせたくないから絶対に引き留めない。先輩の足音が遠ざかってから、静かに鍵を閉めた。
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