今日の夕飯何食いたい?【完結】

北葉

第1話

あれ?なんか増えてる。


いつも通りの朝、いつも通り出勤の準備をしていたとき、ふと気がついた。


歯を磨いていた手が止まる。ぐるり、部屋中を見渡した。


……やっぱり増えてる。


歯ブラシを口に加えたまま、ポケットからスマホを取り出す。なぜかいつもトーク履歴の一番上は決まってその人だから、わざわざ探す手間が省ける。さっそくトーク画面を開いて、送信。



『なんかうち先輩の物増えてませんか?』


すぐに既読がついて返事が来た。あの人も出勤前じゃないのか?


『気づくのが遅かったな』










あの日先輩に再会したのは、なんかしらの引力が働いていたとしか思えない。


「わっ、私はダメダメなんですっ、今日もだいじな書類シュレッダーにかけちゃってー!部長にしこたま怒られてー!てめえ2年目だろうが、いつまで新卒気分だ、小学生からやり直せって!!小学生シュレッダー使わなくないですか!?」


「うん、ツッコむところはそこじゃないな」


「この前は上司の膝にコーヒーぶちまけちゃって、なんかおもらししたみたいになっちゃって……もうぬるかったから火傷はしてなかったみたいだけど、すみませんパンツまで濡れましたかって聞いたらぶち怒られて……だってパンツ濡れたら大変だから……私は心配して……」


「うん、だからお前はツッコむところがズレてるな」


「ううっ、なんで私はこんなにドジなんですか!?」


「それは今に始まったことじゃないな。和泉いずみ、とりあえず飲め」





ほら、と先輩がジョッキを私の手に押し付けてきた。それをぶんどって残りを一気に飲み干す。ぐらついた視界で先輩が困ったように笑ったのがわかった。




日向ひゅうが先輩、先輩はいいですよね、だってエリートなんでしょ」


「んなことないけどな。普通だよ」


「どこがー!そんななんかいいスーツ着てっ、まあ私スーツの違いなんてわかんないけどっ!時計もなんかいいやつなんでしょ、芸能人がつけてるような!」


「んなわけあるか」


「私と1個しか違わないのに主任でしょ?出世が早すぎる!おかしい!!私たち高校時代一緒にグラウンド走り抜けた仲じゃないですか!!」


「それとこれとは話が別だろ。唐揚げ食う?」


「食べる……」





はい、と先輩が私のお皿に唐揚げを乗せた。私唐揚げ頼んだっけ?どうせ先輩が私が泣いてる間に注文してくれたんだ。



もうとっくに冷めてるけど、柔らかいお肉は歯ごたえがあって美味しい。ニンニクがよく効いている。

唐揚げといえば、とふと思い出す。




「先輩が高校のときお裾分けしてくれた唐揚げ美味しかったな」


「お裾分けっつーかお前が勝手に取ってっただけな」


「あれ先輩が作ったんですよね?」


「まあな」


「私あのとき先輩のこと神だと思いました。この世に唐揚げこんなに上手に作れる高校生、しかも男子がいるんだって」


「そりゃどーも」




先輩がくしゃりと笑う。昔から童顔の先輩は見た目はとても可愛らしいけれど、雰囲気はとても落ち着いていて、なんていうか『先輩』って感じがする。



もう視界がぐるぐる回ってる。頭もふわふわしてて、だけど全然眠くはなくて、もっと先輩と喋りたいって思う。




机の上に両腕を乗せて、頬をくっつける。こんなにいい夜は久しぶりだ。誰かと一緒にご飯を食べて、たくさん話をして、楽しい気持ちになれるのは。




「また先輩の唐揚げ食べたいなあ」


ぽろり。自然とこぼれ落ちたそれ。



これは後から聞いたことだけれど、先輩は『このチャンスを逃してたまるものか』と思ったらしい。



「和泉」


「はい〜」


「そんくらい、いくらでも食わせるよ」


「え、やったあ!」





顔を上げて先輩を見る。高校時代に比べると少し大人っぽくなったような、でもやっぱり私が尊敬してる先輩のまま変わらないような……そんな顔で、先輩はにっこり笑った。

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