第3話 秘密の関係
――目の前に勇者セント。いつもの鎧じゃなく気の抜けた服装。そのせいで気付かなかった。手には勇者の剣の代わりにコンビニ袋。リリィと同じ、ベリーシュークリームが覗いている。
「な、なんのことだ? 私は通りすがりの美少女魔族だが」
「いや、昼間に素顔見たし」
沈黙。油断し切ってた。昼間の自分を殴りたい。
セントが気まずそうな顔を向けてくる。距離はおよそ三メートル。このまま逃げるが勝ちだ。
「そうか。ではまたな、勇者」
「あ、ちょっと」
プイッと振り返り歩き出す。セントの足音が付いてくる。正当防衛で殺しても許されそうだ。
「付いてくるな! さっき言ったろ。明日まで魔王は休み! お前の相手をするつもりはない!」
「……いや、まあそうだけど……」
まだ付いてくる。街灯が照らす夜道。はたから見たらストーカーだ。
「じゃあ何の用だ。これ以上付き纏うようなら警察に突き出すぞ?」
振り返き、セントを睨み付ける。赤髪の青年。改めて見ると顔は悪くない……ってそうじゃない。こいつは敵だ。
「……えっと……ちょっとお前に聞きたいことがあるんだけど、良いか?」
「へ?」
申し訳なさそうな顔。オマケにシュークリームを差し出してくる。食い物で釣る気、完全に誘拐犯の手口だ。
「……これ、俺が好きな配信者の好物。お前にやるから、そこの公園で話そうぜ?」
よく見ると、コンビニ袋いっぱいに入ってる。やっぱりこいつ犯罪者だ。……手を伸ばし、それを受け取る。
「……良かろう。手短に頼むぞ」
そう。今は休日。これは魔王としてじゃなく、あくまでスイーツ好きな女子として。
パァッと明るい顔になるセント。単純だが少し可愛い。小さな公園に入り、何故かブランコに並んで座る。
「……魔王って、ゲームとか好きなのか?」
小さな魔石街灯の下、ギィ……ギィ……と軋むブランコ。いきなり核心をつく質問に、リリィの肩が小さく跳ねる。
「な、なんのことだ? 何故私が人間のゲームなど……」
「いや、昼間『ゲームやるから帰れ』って言ってたし」
不覚。そういえば言った気がする。普段は人の話を聞かない癖に。
「だったらなんだ。お前に関係ないだろ」
「……リーリゲーミング」
「な、なんだそれは」
言い当てられる、リリィのチャンネル名。だがただの偶然に過ぎない。誰にも知られてないはず。
セントがスマホを取り出す。何かのキーホルダーがキラリと光る。それはリーリゲーミングのロゴ入り限定グッズ。リリィが目を見開く。
「リーリ、たん?」
「ななな、なんのことだ! 私はそんな名前知らん! お前の勘違いだ!」
バレた。というか忘れてた。リーリのアバターと本来のリリィ。どう見てもそのままだ。しかもあのグッズはチャンネル登録者千人記念を祝って自作したブツ。つまりセントは――。
「勇者1010です。いつも応援してた……」
「…………ぐはっ」
お前かよ。とんだオフ会、ファンバレだ。しかも魔王と勇者。こんな展開、アニメでも見たことない。もう殺すしかない。
「覚悟しろ。私の秘密を知った貴様を生かしておけん」
「大丈夫。たとえリーリたんが魔王でも、俺は応援し続けるよ。今日の配信アーカイブ、帰ったらチェックするから」
「話聞けよバカ」
ズタッとブランコを降りるセント。街灯を背に、リリィの前に立つ。逆光で顔が見えない。
「リーリたん」
「ひいっ!」
ガシッと手を握られる。ヤバい。二四〇年生きた中で一番のピンチ。怖過ぎて魔力が練れない。終わった。
「……ガチ恋なんだ。友達から始めてください」
「む、無理、許して、怖い。誰か助けて……」
「大丈夫。俺は勇者だ。リーリたんを守らせてくれ」
意味不明。このままじゃ押し切られる。そもそも勇者が魔王に言うセリフじゃない。力が強くて手を振り払えない。
「ふ、ふざけるな。そもそもお前には、あのデカ乳治癒術士がいるだろうが」
苦し紛れの反撃。だがこれしかない。浮気ダメ、絶対。
「ムームはただの仲間だ。俺が好きなのはリーリたん…………いや、リリィだけだ!」
そしてガチ告白。片膝を付き、さらに熱く手を握ってくるイカれ勇者。先週まで殺し合ってたのに頭おかしい。……おかしいのに、振り払えない。
「……ち、からだ」
心が折れた。初めて感じる敗北感の中、ポツリと呟く。
「……え?」
「ゲーム友達からだ! ただし土日限定! 仕事に私情を持ち込まない……それが条件だ!」
「り、リリィたん!」
「混ざってる! その呼び方やめろ!」
「いけね。任せろ、リリィ! これからよろしくな!」
途端にハキハキするセント。手を引かれ、リリィの体が立たされる。初めて知ったが、セントの胸元までしかなかった。
「……はぁ……よろしくな、セント」
観念し、初めて彼の名前を呼ぶ。セントの目がさらに輝き、大げさに飛び上がった。
「よっしゃああああ!」
「うるさ。近所迷惑やめろ」
こうして魔王と勇者。二人の奇妙な関係が始まった。
「……ところで、明日休みだしゲームやるか?」
「もちろんやる! なんなら今からでも付き合うぜ!」
「よし。じゃあちょっと付き合え」
「おー!」
その夜、セントは朝までリリィの練習台としてボコされまくった――。
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