第2話 二人だけの出張
特別プロジェクトで議論した結果、成果として新食感の新商品を開発することを決めた。但し、全く新しい価値を求めるが故に課題も多く上がることとなった。
その中で最大の課題だった『火が入っているのに口に入れると崩れるような柔らかさを持つクッキーを焼ける』工場が見つかった。さすが中野さん。
部長に報告すると即座に判断が下った。
「よし、すぐに交渉を始めてくれ。担当は中野くん、マネージメントは立川くんで頼む」
「分かりました。すぐに連絡をして話をまとめてきます」
その工場は山形県にある会社だった。中野さんが先方に概要だけを説明してアポをとり、詳細は山形まで出向いて説明することになった。
「立川課長。この日程でアポがとれたので同行して下さい」
「ええ、行きましょう。一回でまとめるわよ」
「はい!」
創業三十五周年記念の新製品なので予算は潤沢にある。価格で揉めることはない。問題があるとすれば納期と生産量だけだ。
山形の奥の方まで新幹線でやってきた。駅からタクシーに二十分ほど乗ると工場に辿り着く。
さっそく交渉を始めるが生産量で躓いた。そんな特殊なオーブンでこちらが望む生産量を作ることは想定されていなかった。
要は特殊なオーブンのキャパが足りないのだ。こちらの求める生産量には到底届かない。
ただ、三十五周年記念という時間的制約を考えると今から他を探している猶予はない。出来る範囲で手を打つしかない。
数量はオーブンの物理的制約から先方の言い分に合わせる。その代わり総生産量が減るので委託単価を落とさせてもらう。工場側の利幅を薄くする。但し、生産量は減っても納期を早めることはせずに当初のままとした。
この条件で工場側と合意することができた。
交渉は夜遅くまでかかったが先方と気持ちの良い取引が行えた。その場で今日決めた条件を覚え書という形にして両社でサインをする。これをしておかないと後になってから『聞いてない』とか『条件が違う』とか言い出す会社もあるから。
工場を出た時にはもう夜八時を過ぎていた。最寄り駅までタクシーで急ぐが寸でのところで上りの最終新幹線は出発した後だった。
駅前にホテルは二軒。当たってみるがどちらも満室。隣町にもホテルはありそうだけど、この時間に電車で降りて満室だと洒落にならない。
既に当日、深夜なのでネット予約は使えない。可能性として考えられるのはドタキャンされた部屋が出ることだ。結局、最終山形行きの各駅停車でホテルの多い山形駅まで行き、空室を探し出すことにした。
山形駅まで三十分ほどで到着する。駅を出て目についたホテルを手当たり次第に突撃するものの満室、満室、満室、満室のオンパレード。空室は見つからない。
駅の反対側に回ってアタックしたらようやく一部屋だけダブルの空室を確保できた。ダブル一室だけか。
「課長、もうここにしましょうよ。いいですよね」
まぁ、中野さんがそう言うのなら。私は全然いいけど。
「そうしよっか」
「そうしましょう」
と言うことで中野さんと同じ部屋、しかも一つのベッドで仲良くお泊まりすることとなった。
ところが部屋に入って驚いた。
「これ、ダブルじゃなくてセミダブルですよ」
うん。そう思う。ベッドが明らかに狭い。
「まっ、仕方ないわね。諦めてくっ付いて寝ましょ」
「そうですね。ホントに課長にくっ付きますからね」
「いいわよ」
気になってる中野さんとくっ付いて寝れる。これは嬉しいかも。
荷物を部屋に置いて夕食を食べに近くの居酒屋に入る。この時間だとお酒主体の飲み屋系かチェーン店のファストフード系しか開いていない。そこで飲み、食べ、語らった。
部屋に戻り順番にシャワーを浴びてベッドに入る。と、灯りを消したと同時に後ろから抱きしめられた。中野さんの体温が背中から伝わってくる。
驚きのあまり固まっていたら背中から胸に腕が回ってきた。
「課長、くっ付いても良いって言いましたよね?」
「人肌恋しいタイプなの?」
「いいえ。美しい女性が恋しいタイプです」
ビクッとした。美しい女性が恋しい。それってもしかして。
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