第16話


 コリンの話はこうだった。


「町に出る途中、細い道の崖があるだろ?あそこで盗賊達に待ち伏せされてたらしくて、エルンストおじさんが応戦してくれたんだって。ベン兄ちゃんが町に助けを呼びに行く隙を作ってくれて、兄ちゃんは飛び出したらしんだけど、その直後に叫び声がして…振り返ると、アンネおばさんを背中に庇って戦ってたエルンストおじさんと盗賊がもみ合いになって、三人もろとも崖から落ちたって…」


 コリンの説明は信じ難く

「…それで、父さん達はどうなったの?」

 エメリヒの問いにコリンは視線を下げ泣きそうな顔になる。


「ベン兄ちゃんが警備兵を連れて戻った時には盗賊達に荷物は取られた後で、崖下を捜索したけど、盗賊の死体しか見つからなかったって…。警備兵の人達が言うには、川に流されたんだろうって…」


 エメリヒは眩暈がした。

「嘘だろ…?」

 あのエルンストとアンネリーエが一介の盗賊ごときにやられるわけがない。

 なら「川に落ちて流された」ことが嘘なのだろう。おそらくエルンストとアンネリーエが助かったことを知られてはいけない、何かがあったんだ。

 直感的にそう思ったエメリヒ。


「エメ…」

 心配そうにエメリヒの名前を呼ぶコリン。

「話は分かった。村長さんのところに行ってくる。悪いけどコリンはリナについててやってくれないか?目を覚ましたら、俺が役場に行ってるって伝えてほしい。父さん達のことは俺が後で話すから」

 エメリヒの頼みを引き受けてくれたコリン。いつもの生意気さはなりをひそめ、エメリヒよりもよっぽど泣きそうな顔をしている。


「すぐ戻るから」

 コリンを安心させるように、わざと乱暴に頭を撫でてやる。

「ちょっ!エメやめろよ」

 少しだけ元気を取り戻したコリンに後を任せ、家を出た。

 エメリヒ以外の人間は絶対家に入れないよう、よくよく言い含めて。







 役場へ向かう途中、エメリヒは今後のことを考えていた。


 エルンスト達が町から戻った後、ユリウスと今後の方針を決める予定だった。とは言え、急な変化は周りに不信感を与える。実家の追手が来ないうちはこのまま何事もないふりをして日常を続けるだろうと考えていた。

 そして近いうちにポールの遺体が見つかり、村が大騒ぎになってもそれも知らぬふりをすることになるだろうと。


 だがエルンスト達にも何かがあったとなると、話は変わる。


「くそっ…」

 昨日から続く問題に苛立ちが隠せない。


 大きく深呼吸をする。

 落ち着け。冷静さを欠いてミスを犯すのは昨日で懲りただろ。


 エメリヒは顔を上げると、役場へ急いだ。







「…?」

 ユリウスが『レーツェル』への虚偽の報告を終え、シュネート村へ戻ったのは昼の十二時を過ぎた頃だった。ユリウスの予想通り『神獣』の行方探しを命令され、残された痕跡を調査するためシュネート村へ戻って来た…というていになっている。


 エメリヒ達の家まで来ると、窓にかかるカーテンの隙間から中の様子が見えた。

 てっきり昨夜の事情を知ったエルンスト達が家にいるだろうと思っていたのだが、ソファに眠るリナのそばには見知らぬ少年が付き添っている。


 仮にも『神獣』を宿した娘をあんな子供に任せるなんて…。

 昨夜の一件があった後に取る行動とはとても思えない。

 …何かあったか。


 そう思いユリウスが家の外の物陰から様子を窺っていると、急いで帰ってくるエメリヒの姿が見えた。

 家に入る前に声をかける。


「おい、どういうことだ?」

 周囲からは死角になる場所、そこから声をかけられ瞬時に警戒したエメリヒだったが、ユリウスだと分かると気を緩めた。

「状況が変わった。すぐコリンを帰すから、裏口から入ってくれ」

 エメリヒから言われ裏口に回る。玄関から入ったエメリヒがすぐに裏口の鍵を開ける音がし、間をおいてユリウスも中に入った。




「コリン、リナを見ててくれてありがとう。ベンさんから詳しい話は聞いたよ。まだ警備兵の人達が父さんや母さんを探してくれてるって。リナの具合が良くなったら俺も現地に行くって伝えてきた」

 エメリヒが思いのほか力を落としてないことにコリンはホッとした。


「そっか…。あのさ、エメリヒ、エルンストおじさんもアンネおばさんも…きっと無事だよ。ちょっと流されただけで、きっと生きてるよ!」

 コリンの精一杯の励ましに、エメリヒも頷く。

「だよな。俺もそう思う」


 今回、盗賊に襲われたことで、町に作物や小物などを売る予定だった家々も被害を受けている。コリンの家も同じだ。


「今日はありがとう。コリンとこも大変なんだろ。おじさん達のこと助けてやれよ」

 コリンは素直に頷き

「うん…エメも元気出せよな!」

 少年は無理やり口角を上げて笑って見せた。




 コリンが帰り玄関の扉を閉める。エメリヒが振り返ると、裏口から入って来たユリウスが壁にもたれかかって立っていた。


「昨日、見てたなら知ってると思うけど、村の物資を両親と村長の息子さんで町に売りに行ったんだ。けど途中で盗賊に襲われて、両親は盗賊ともみ合って崖から落ちて川に流されてしまったらしい」

 エメリヒの話にユリウスは即答した。


「信じられないな。その娘に初めて会った日、お前達の父親を見たが、かなりの手練れだと感じた」

 ユリウスがエルンストをそう認識していたのに驚いたエメリヒ。だがそれなら話が早いとばかりに

「俺は今から現地に行ってくる。まだ現場が鮮明なうちに、どうしても確認したいことがある。その間リナのことを頼みたい」

 エメリヒは家を出る準備を始める。昨夜逃亡するつもりで準備したカバンから、お金や携帯食などの最小限必要な物を小さな布袋に詰め込みなおす。


「昨日会ったばかりの俺を信用しすぎではないのか?」

 壁によりかかったままエメリヒの行動を観察するユリウス。

 ユリウスの言うことはもっともだった。


「あんたが興味あるのは『神獣』だろ。けど両親がいない今、俺まで家を空けたのが分かれば、ポールみたいな輩に襲われる心配がある」

 変態はあれ一人ではないとエメリヒが伝える。

そしてーー。

「…それにもしあんたがリナを連れ去ったとしても、必ず守ってくれるだろ」

 自分の力量のなさを認める発言。


 若いな…、そう内心ため息をついたユリウス。


 だが昨夜の出来事は、まだ経験が浅い少年が自信を失くしてしまっても仕方がないと言えた。

 それでも少女が目を覚ました時、そばにいてほしいのはエメリヒだろうに、と。


「…分かった」

 ユリウスの不本意な声。


 だがこの頼みはユリウスにとって好都合なはずではあった。

 ガードが堅いエメリヒがいない間に少女と交流を図り、今後の観察をやりやすくするべきだからだ。


 ユリウスにとって、リナは観察対象者になる。

 体内に『神獣』を宿した人間がどうなるのか。

 虚偽の報告をした時点で記録をつけたとしてもそれを報告することはないだろう。それでも『レーツェル』の調査員として、この異例な事態を記録しないわけにはいかなかった。


 だが弱っている少年少女達の心の隙を利用するようで、気分がいいものではないと思うユリウス。




 ユリウスが複雑な気持ちでいる間に、エメリヒはリナ宛てに書き置きをしたためていた。


「あんたのことは『レーツェル』の調査員で、森で会ったのは俺達を森から出すためだったと書いた。リナのケガを治せたのも、あんたが特殊な回復魔法を使えたからだと。それから両親が盗賊に襲われ崖から落ちたこと、それを調べたらすぐに戻ること、俺が戻るまではあんたを頼るようにと」

 早口で書いた内容を説明するエメリヒ。ユリウスが書き置きを見ると、見たことがない文字が綴られていた。


 ユリウスの視線を感じエメリヒが答える。

「これはリナの国の文字だ。この村でこの文字が書けるのは両親と俺だけだから、これが俺からの手紙だとリナには分かる」


『神獣』に血のつながりがないことを指摘され、その場にいたユリウスには、リナの容姿からこの国の出身でないことも分かっているだろう。

 ある程度の情報は、今後のためにも共有するべきだとエメリヒは考えたのだ。


 書き終えると「リナが目を覚ましたら渡してくれ」とユリウスに預け、短剣と布袋を装備し外套を纏うと玄関へ早足で向かう。


 ガチャリ…。


「リナをよろしく頼みます」

 エメリヒはユリウスに頭を下げると、出て行った。


 静まり返った家の中、ユリウスの大きなため息が響いた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る