第15話


 森の中は静まり返っていた。


 いつも森の奥の奥にいた神獣が突然現れ強大な魔力を放った。森の中にいた魔物も動物も今は恐れて息をひそめ隠れている。




「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はユリウス・ビュルクナー。『レーツェル』の調査員だ」


 ユリウスの自己紹介に「やっぱり」と思うエメリヒ。


 あの『神獣』との会話。

 そこから精霊獣や魔物の監視・研究機関『レーツェル』の人間だろうと、おおよその見当はついていた。


 そしてユリウスの家名『ビュルクナー』…それは隣国ドリーネルケ王国の四大公爵家の一つだったはず。公爵家の人間ってことかよ…。


 ただユリウスが初めに「エルンスト一家の追手ではない」と言ったこと。

 確かに『隣国の公爵家』も『レーツェル』の人間も、俺達には関係ないだろう。


 実家からの追手じゃないことだけは安心したエメリヒ。

 だが、ここで新たな問題が生じる。




 エメリヒは外套で包まれた意識のないリナをそっと抱きかかえる。

 実家の追手ではなくとも、次の害はユリウスになったからだ。

『神獣』を体の中に宿したリナ。『レーツェル』の人間がリナを放置するわけがない。


「俺はエメリヒ。一応リナを助けてくれたことには礼を言う」

 ジリ…、ユリウスから距離を取ろうと後退さる。

 瞬間ユリウスが距離を詰め、エメリヒの腰を抱いて動きを封じた。

「逃げるなよ。逃げたらお前を殺してその娘を奪う」


 その動きで、先ほど対峙した時はかなり手加減されていたのだと分かる。

 エメリヒはどうしようもない劣勢に歯ぎしりするしかない。


「その娘に神獣が入ったことは機関に報告するつもりはない」

 ユリウスの発言に困惑するエメリヒ。

「どういう意味だ」

 エメリヒの問いに

「俺が定期調査に来た時、神獣はどこかに行ってしまっていた。お前達はいつもと同じ日常だった。ポール…だったか、死んだ男は何らかの理由で森に入り魔獣に襲われた。以上だ」

 要するに「神獣がリナの中に入っている」ことは秘密だと言われたのだ。


 ユリウスは「逃げるなよ」と再度釘を刺しエメリヒから手を放す。


「報告しない理由は一つ。混乱を避けたいからだ。『レーツェル』が七つの国の出資で成り立っているのは知っているな?もし娘の中に神獣が入ったと知られれば、七つの国でその娘の争奪戦が始まる」


 今は魔獣という脅威があるからこそ、国同士の争いが起きていないという面がある。だが『レーツェル』の出資を拒み、独自で対処しているストナブア帝国のように、水面下ではどの国でも互いを牽制しあい出し抜こうと画策している。


「お前達も誰かから逃げてるようだし、目立つのは困るんじゃないのか?」

 エメリヒはユリウスの言い分は理解したが、信用はできなかった。

 秘密にすると言っても神獣を宿したリナを放置しないと思うからだ。


「けど俺が口を噤めば見逃してくれるってわけじゃないんだよな」

 解放してもらう条件を確認する。


「当たり前だ。神獣がその娘から出てくるまで、お前には俺の協力者になってもらう」

「協力者?」

 エメリヒは怪訝な顔をした。


「まず最優先すべきことは、神獣が娘の体から出た際、二人共が無事であること。それは神獣イーヴォ殿がその黒髪黒目の娘に興味を示しているからだ」

 リナの無事も条件として入っていると示される。


「神獣が行方不明になったと報告すれば、神獣の行方を探すのは担当していた俺になるだろう。本来ならその娘に四六時中つきたいところだが、それは無理だ。だが神獣が中にいることで、その娘の体にも異変があるはずだ。俺がいない時はその娘の対応をお前にしてもらう」

 言われなくてもリナを守るつもりだったエメリヒだが、「異変」と言われ気づく。


「両親はリナに魔器がないことを知ってる。それはどうするんだ?」

 イーヴォが体に入ってから回復魔法を巡らせているためか、今までなかった魔力がリナからも感じられるのだ。エルンストもアンネリーエも必ずその変化に気づくだろう。


「ああ、そうだったな。お前の父親には誤魔化せないだろう。俺から話をしよう」

 むしろあの父親なら、娘の護衛として申し分ない。そう思うユリウス。

 両親に隠し事をせずにすむと分かりエメリヒも内心ホッとする。


「先に言っておくが、俺がいない隙を狙って逃げたら『レーツェル』にその娘のことを報告するからな」

 ユリウスに脅されなくてもエメリヒはもう逃げる気はなかった。

 現時点で『神獣』について一番詳しいのはユリウスだ。リナの体のことを考えれば、『神獣』が出るまで、むしろユリウスの協力は必須になる。


「リナの体から『神獣』が出た後は?」

「イーヴォ殿が満足すれば、協力関係は解消。以後は一切関わらない。それは保証しよう」

 口約束だったとしても、今はそれでいい。

 ユリウスは『神獣』のため、エメリヒはリナのため。


「分かった」

 エメリヒは協力者になることを了承した。







 その後、ユリウスとの連絡手段などを確認しあった。


「その娘が襲われた痕跡だけ消して村に戻るぞ」

 ユリウスの指示のもと、後始末を始める。



 リナに噛みついていた魔物の死骸とリナと魔物の血が染みた土を、さらに森の奥へと移動させ埋める。血の付いた土をよけたことで不自然になった表面には、靴でならした後、ポールと共に死んでいた魔物が、「魔物同士が争った末死んだ」と思わせるような工作をし、森を出た。







 虚偽の報告をしに『レーツェル』に戻るという別れ際、ユリウスはエメリヒに変なことを聞いてきた。

「…その娘、隠し事は得意か?」

 ユリウスからの突飛な質問に虚を突かれるエメリヒ。


「得意…ではないと思う。俺の誕生日の時、母とリナから服をもらったんだけど、俺に隠れて作っているのがバレバレで、当日驚いたふりするのが大変だった」

 微笑ましいエピソードにユリウスは「ふっ」と笑いを零す。

「なら神獣が体に入っていることは、知らない方がいいな。態度に出ては困る」

 その意見には同意、と思うエメリヒ。


 明日中には戻るというユリウスと別れ、帰宅したエメリヒと意識のないリナ。







「はぁ…」

 とりあえずリナを居間のソファに横たえエメリヒも荷物を下ろし座り込む。

 疲れた…。


 少しするとエメリヒはのろのろと立ち上がり、湯を沸かしタオルを準備する。

 リナの汚れを拭くためだ。

 汚れた外套を脱がし、髪や顔、手や足と、服から出ている部分を清める。さすがに服を脱がすのは躊躇われ、アンネリーエが戻ったら頼もうと思うエメリヒ。

 そっと毛布をかけ、リナの顔を見つめる。




「…っ」

 ポタリ、ポタリ…。

 リナの頬に涙が落ちる。


 リナが死ななかった安堵と、こんな目に遭わせてしまった不甲斐なさ。

「ごめん、リナ…守るって言ったのに。ごめん…」


 家の中には、エメリヒの嗚咽が小さく響いていた。







 翌朝――。




 ドンドンドン!ドンドンドン!


 玄関の扉を叩く激しい音。


 ドンドンドン!ドンドンドン!

「エメ!リナ!いないのか!?」


 ドンドンドン!ドンドンドン!




 その音に目を覚ましたエメリヒ。昨夜はそのままリナのそばで寝てしまい、体が強張ってしまっている。リナを見ると顔色は昨夜とあまり変わらないものの、寝息は穏やかだった。

「よかった…」

 リナの頬を優しく撫で、いつまでも止まない叩く音にため息をつく。


「あの声はコリンだな…」

 コリンは近所に住む農家の息子だ。ここに定住した際、コリンの父親には農業のことでいろいろ教えてもらい、以来エルンスト一家は仲良くしてもらっている。

 のろのろと立ち上がり玄関へ向かうエメリヒ。




 ガチャ…。

「何…?」

 酷い顔をしたエメリヒが扉を開けた。


「エメ!いたならさっさと出ろよ!」

 コリンはエメリヒより三つ年下ではあるものの、農業に関してはエメリヒより先輩だと、いつも生意気な口を叩く子供なのだ。


「リナが具合悪くて寝てんだよ」

 そう言うとコリンは一気に心配気な顔になり、父親譲りのゲジゲジの眉を下げた。

「そうなの?大丈夫?」

 こういう素直なところが憎めないんだよなとエメリヒは苦笑いする。

「大丈夫だよ。てか何?」

 エメリヒが用件を尋ねると

「あ!…それが…、エメだけちょっと出れない?役場まで来てほしいんだけど」

 今のエメリヒにはリナを一人にする選択肢はない。


「無理。リナを一人にできない」

 そのまま玄関の扉を閉めようとすると、コリンは慌てて扉を掴む。

「待って!」

 コリンは何か言うのを躊躇う仕草を見せた。

 ややあってーー。




「…昨日町に行った馬車が盗賊に襲われたって」


 コリンは青ざめた顔でそう言った。




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