第13話


 カキン!キン!


 静かな森の中で、金属が打ち合う音が鳴り響く。

「待て、話を聞いてほしいんだが」

 美青年が声をかけるも、エメリヒは無言で攻撃し続ける。


 まだ体が出来上がっていないエメリヒは大人と対峙すると力負けすることも多い。それで素早さ重視の戦い方をするようになった。美青年が防戦一方なのに対してエメリヒはわざと魔法攻撃をどんどん放つ。


 エメリヒが適当に放ったと思われた魔法攻撃が、地面の土を抉り跳ね上げた。

「っ」

 土埃が美青年の顔に当たり、一瞬の隙が生まれる。

 さらに風魔法で土を巻き上げるように叩きつける。煙幕だ。




 土埃が晴れた時には既にエメリヒの姿はなかった。

 美青年ーー、ユリウスは大きなため息をついた。

「奇麗な顔して下町のような戦い方をする」







 エメリヒは初めからユリウスとやりあうつもりはなかった。あきらかにユリウスの方が格上だと感じたからだ。リナを庇いながらの戦闘ではまず逃げ切れないと判断し、リナが逃げる時間を稼いだのである。


「リナ…!」

 リナの後を追うエメリヒ。リナと共に走っていた時とは比ではない速さで、森の中を駆け抜ける。


 と、目の前に突然ユリウスが着地した。

「!!」


 エメリヒは一瞬で後方に飛びのき、短剣を構える。

 こいつ、飛行魔法も使うのか!

 エメリヒの顔に焦りが滲む。


「落ち着け。いい加減話を聞いてほしいんだが」

 剣も抜かず、戦闘の意思はないと両手を広げる。


 エメリヒは警戒しつつ「話だけは聞く」と態度で示す。

「君達が何から逃げているのかは知らないが、俺は全くの無関係だ。戦うつもりもない」

 ユリウスのその言葉を信じるわけにはいかず、話の続きを待つ。


「確かに俺は黒髪の少女に用がある。だが一日中つけ回していたのは村の住民の男だ」

 ユリウスの言葉にハッとするエメリヒ。




 よく見るとこの男が着ている外套は、おそらく己の魔力が漏れないよう魔法付与された物だ。こいつ自身も魔力を抑えていたから、さっき遭遇するまでまるで気づかなかったのもそのためだった。


 そんな男が尾行を悟られるだろうか?そんなミスはしまい。




 エメリヒは突然現れた格上の男に、思いのほか動揺していたのだ。


 しまった…俺の判断ミスだ…。

 リナが危ない…!!


 エメリヒの体からブワッと魔力が漏れ出る。

「村の男はどんな奴だった?」


「中肉中背、農夫らしいがっしりとした体つきをした男だ。ジーノと呼ばれていた女性の夫のようだった」

 ユリウスの冷静な返答に、エメリヒの魔力が一層溢れる。

「ポール!!あの変態野郎…!!」


 この村に来た時からエルンスト一家を邪な目で見てくる人間は複数いた。中でもポールはリナを見る目が異常だった。ジーノがリナやアンネリーエと話していても会話に入ることはなく、遠目からリナを舐めるようにジッと見つめていたのだ。


 先に行かせるべきじゃなかった。もしポールが森の中で待ち伏せていたら…!!


 エメリヒはリナが通ったはずの道を走り出す。

「ついていっても?」

 余裕でついてくるユリウス。敵対する気がない奴は後回しだと言わんばかりに、一言

「勝手にしろ」

 エメリヒの了承を得て、ユリウスは勝手にすることにした。


 おそらく「ポール」という農夫は黒髪の少女に変質的な思いを抱いていたのだろう。

 エメリヒの激怒からそう推察するユリウス。

 そしてこちらもイーヴォに会わせるまで、少女には無傷でいてもらわないと困る。




 森の中を全力疾走していたエメリヒが失速し止まる。

 エルンスト達と決めた道順から横にそれ、木々を掻き分け森の奥へと何かが通ったような跡がある。


 森の奥は魔物と遭遇する確率が高くなる。リナが何もないのに奥へ進むわけがない。

 焦りが募る。


 その痕跡を辿りつつ、エメリヒとユリウスは森の奥へと進んでいく。







 どのくらい進んだだろうか。

 エメリヒの足が止まった。

 森の奥からかすかに聞こえる音。

 

「この曲…クライゼル…?」

 エメリヒには聞き覚えのある曲だった。

 リナが好きな音楽家なのだと、スマホを取り出し寝る前によく聴かせてくれた歌。

 ユリウスにはシャカシャカとした、初めて聞く「機械音」でしかなかったが。


 そして奥の方から嫌な臭いが漂ってくる。

「血の臭い…」

 ユリウスの言葉にエメリヒの顔が青ざめる。


 二人は急いでその音と臭いのする方へ向かった。







「グルルルッ」

 二人の目に飛び込んできたのは、今まさにリナの左わき腹に食らいつく魔物の姿だった。


 ヒュン!


 風切り音、遅れて魔物の首に亀裂が入る。

 プシャーッ!


 頭はリナの体に食らいついたまま、胴体だけがゴトリと倒れた。


「リナ!!」

 素早く駆け寄るエメリヒ。だがリナの状態は、抱きしめてやりたくとも動かすのが躊躇われるほど。息をのむエメリヒ。


「リナ、ごめん、遅くなって。もう大丈夫だから」

 いつも素っ気ない態度ばかりのエメリヒが、優しく声をかけると


「…あ…エメ…、よかっ…、…っ…、怖かっ…」

 リナは絞り出すように、とぎれとぎれ言葉を繋ぐ。エメリヒに会えてホッとした笑顔。そしてつぅっと流れた涙。


 そのまま力なく意識を失ってしまったリナ。リナの顔には涙の跡がいくつもあった。

 一人で行かせた後、それだけ怖い思いをさせてしまったのだ。


「…っ!!」

 エメリヒは取り乱してしまいそうな心を何とか押しとどめる。




 一方、ユリウスは他に魔物がいないか周囲を警戒し確認していた。

 すると魔物同士で争ったのか、ポールの遺体と共に魔物の死骸が一頭あった。


 昼間少女をつけていた男だ。やはりこの男と遭遇し、争っているところに魔物が現れ、先に男が襲われたというところだろうか。


 そして今のところ周囲に魔物の気配はしなった。




 ユリウスはリナのすぐそばに落ちている薄い板へと視線を向ける。音はその板から鳴り続けていた。聞いたこともない音楽。そして歌。


 これが音の根源…見たことがない魔道具だな。


 ユリウスは音を止めようと警戒しつつその板を拾った。

 それは初めて触る質感だった。つるりとして美しく、大ぶりの宝石か鉱石を薄く切り出し加工したように見える。そして正確に作られた左右対称の角。その美しさから部屋に飾る装飾品にも見えた。


 音を奏でるための魔道具?


 だがどこから音が鳴っているのか、皆目見当もつかない。板の表面を触ると見たこともない灯りを点した。




「!?」


 何だこれは…?このような光、見たことがない。…無警戒に光を浴びてしまったが…どうやら害はなさそうだ。


 板の表面…スマホのロック画面にはリナの好きなアイドルグループ『クライゼル』のロゴマークが表示されていたが、ユリウスには突然浮き出した見知らぬ文様にしか見えない。


…これは、一体どういう仕組みなんだ?




「リナ…!リナ…!」

 エメリヒの必死の呼びかけに我に返るユリウス。音を止められないまま魔道具と思われる薄い板をあった場所に置く。そしてリナとエメリヒを見た。


 エメリヒはリナのわき腹に食い込んだ魔物の牙はそのままに、傷の周囲をハンカチで押さえたまま何度も少女の名前を呼んでいる。


 この少年は回復魔法が使えないらしい。そう判断したユリウス。

「代わろう。君は彼女の名前を呼び続けてくれ」

 ユリウスはエメリヒと交代すると、すぐさま回復魔法をかける。


 回復魔法はケガを治す魔法である。病気や呪いにはほとんど効果はなく、人の寿命を延ばすこともできない。


「?」

 ユリウスは怪訝な顔をした。普通なら傷口が塞がるはずなのに全く反応がないのだ。


「回復魔法なら効きません」

 エメリヒの言葉にユリウスは信じられないという表情。

「回復魔法が効かない人間なんていない」

 そう答えたものの実際に手応えがない。どんどん生気を失っていくリナの顔に焦りが生じるユリウス。


 エメリヒはリナの頬を温めるように両手で包み、リナが目を開けるよう祈る。

 リナ…目を開けろ、頼むから…。


 回復魔法も万能ではない。処置の仕方やケガ人の年齢や体力、手遅れでそこからの回復は見込めず助からない場合も多々ある。リナにもそれが言えた。

 リナの体温が少しずつ失われていくのを手の平から感じ、エメリヒは心の底から恐怖した。


 エメリヒは震えそうになる声を懸命に抑えて、リナの体について説明する。

「リナには魔力を溜める魔器がないんだ。前に包丁で指を切った時、回復魔法で治せなかった。父さんが言うには…魔器がないから、回復作用がある魔力を注いでも、体が反応しないんだろうって」


「そんなまさか…!」

 エメリヒの説明を聞いても納得できないユリウス。

 魔器がない人間などいるはずがーー。


『イーヴォを生み出したということから、神かそれに近しい存在ではと思っていたのである』


 ユリウスはリナを見つけるまで、「黒髪黒目の人間」をそう思っていたことを思い出す。


 …イーヴォを生み出せるような、神かそれに近しい存在が、私達と同じ体のつくりをしていたとは思えない。もし「黒髪黒目」が見分ける特徴なのだとしたら、このリナという少女は、イーヴォを生み出した『主』と同じーー


 ブグワッッ!!!




 突然、強力な魔力に圧された。


「!!」

 エメリヒは初めて味わう強烈な魔力に体が硬直する。

 そしてリナを見下ろす視界の隅に獣の足がトサリと現れた。




「ほう、本当に主と同じ黒髪なのだな!」

 その声の主からかかる魔力の圧。顔を上げるのも苦しいエメリヒ。

 だが見やるとーー。


 そこには巨大な狐の魔物が、美しい金色の毛並みをなびかせ立っていた。




 その圧倒的な存在に、エメリヒは初めて『絶望』とは今まさに、この瞬間を言うのだと思った。



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