第12話


 現れたのが魔物でなかったのに、ホッすることはできなかった。

 木々で覆われた暗闇の中、ユラリと立つポール。


 何しているのか?それはこっちのセリフだった。

 ポールこそこんな夜中に、入ってはいけない森の中で、いったい何をしているのだ。


 サスペンスドラマなら「ポールが死体を埋めていたところに私が遭遇した」という場面か。

 自分の想像にゾッとする。


 落ち着いて…。

 ポールがここにいる意図を探らなくちゃ。




 声が上ずらないよう、慎重に話す。

「ポールおじさんこそ、何でここに…?」

 でも足は無意識に後退る。

 するとポールが一歩前に出る。


「村長さんのところで飲んだ帰りだったんだが、誰かが森の中に入るのが見えてね。ほら、この森は禁忌地区だろ?なのに遊び半分で入る輩が時々いるから、注意しようと追ってきたんだよ」

 二コリと笑うポール。

 話の筋は通ってる…。けどポールには酔っている様子もお酒の匂いも全くしない。

 それに…ジーノとポールが住む家は村長さんの家のすぐそば。私達の家とはかなり距離がある。

 私達以外で森の中に誰かが入った?そんな偶然ある?

 あったとしても、こんな遠くまで追ってくるだろうか?その前に声をかけるものじゃないだろうか?







「ああ…リナちゃん。こんな暗闇の中でも、君の黒髪は美しいね」

 ゾワリとした。

 ポールが私を見る目に。




 私はさらに後退りすると、一目散に逃げ出した。

 この道を戻るとエメリヒとあの美青年がいる。そこには戻れない。エメリヒの邪魔になると思い咄嗟に森の奥に逃げる。

 エルンスト達と決めた道順を外れて戻れる自信はなかった。だがポールの目的が「自分」だと分かった以上自分で何とかしなくてはと、とにかく走った。




「はっ、はっ、はっ」


 気持ち悪い。

 何で私?黒髪が珍しいのは分かるけど、私よりかわいい子も奇麗な子も、村にはたくさんいるのに!

 それともただのロリコン?こっちの世界にも幼女趣味ってやっぱりいるのか!

 自分がそういう対象だと思うと腹立たしい気持ちも湧いてくる。


 違う、そうじゃない。

 それよりもエメリヒが言っていた「後をつけてきた追手」は二人いたってこと?


 走るだけで精一杯な中、必死に周りを確認する。

 森の中で闇雲に逃げれば迷った挙句、そのうち魔物に遭遇する。その前に森を抜けなきゃ。森を抜けて、エメリヒと決めた合流地点まで走るんだ。




 だがポールとの距離は一向に変わらないようだった。

「リナちゃん待って。奥は危ないよ」

 優し気な声が後を追ってくる。




「はっ、はっ、はっ」

 怖さのあまり足がもつれそうになるのを叱咤し駆け抜ける。

 と、


「あっ!」

 木の根に躓き、盛大に転んでしまった。


 ズサァー!




「いた…っ」

 エルンストの大きな外套のおかげで大きな擦り傷なんかは免れた。

 が、ズキリと足首が痛む。


 うそ…捻った!?

 どうしよう、こんなところで捕まったら何されるか…!

 這ってでも逃げなきゃ!


 でも顔を上げた瞬間、悲鳴にならない声が出た。




「転んじゃったんだね、かわいそうに」

 目の前にはいつの間に回り込んだのか、ポールが立っていた。







「いやっ!やっ!おじさんやめて!」

 ポールに上から覆いかぶさるように押し倒され、片手で両手首を押さえつけられる。

 必死に抵抗するもののビクともしない。

「ずっと狙ってた。エルンスト達がいない時ならエメリヒのガキだけだし、攫うのも簡単だと」

 そんな前から機会をうかがっていたと知り、ゾッとする。

「はぁ…やっぱり、奇麗だなぁ…リナちゃんの黒髪。初めて見た時からなんて美しいんだろうって思ってたんだ」

 ポールの手が、私の髪をスゥっと撫でる。

 ひっ!


「それにこの白い肌…うちの日に焼けたババァとは大違いだ」

 手が私の頬を撫で、首元で止まる。

「いつも思ってたよ。この服の下はどれほど真っ白で奇麗なんだろうって」


 ポールの視線に言葉にはできない嫌悪感が全身を走る。

 もうダメ、耐えられない。股間蹴り上げてぶん殴ってやる。


 そう思い蹴り上げようと足を動かした。

 その足をすかさず掴まれる。


 あっ!!

「やっ!」


 私が暴れるとポールはさも楽しそうに笑った。

「おっと、リナちゃんは思ったよりお転婆さんなんだね」

 

 そう言ってポールの視線が私の足元に向く。

 と、途端に大声で笑い出した。




「ふっ!あははははは!なんだ、リナちゃんもその気だったのか!!」




「は?」

 とうとう気がふれたのかと思った。

 何を言っているのか分からなかったから。


 ポールの視線を辿ると、彼が見ていたのはーー。

 暴れたせいで外套の前がはだけ、そこから見えた私の足だった。


 制服の短いスカートからのびる白い太もも。

 それをらんらんとした目で見つめるポール。


「あ…」




『成人女性は夫以外に足を見せてはけない』


 アンネリーエの声が響いた。

 この世界に来たばかりの頃、アンネリーエに注意されたことだった。




 ポールは私の足を見て自分の都合のいいように解釈したのだ。

 ポールの手が私の膝から太ももを撫で上げる。

「やめっ」

 恐怖からうまく声が出ない。


 嫌だ…こんなところで、こんな気持ち悪いおっさんに…嫌だ…!

 嫌だ…!!


 一瞬だけ平塚さんの顔が浮かんだ。


 私がもがいてもポールを喜ばせるだけで振りほどくことはできない。


 誰か…助けて…。

 平塚さん…。




 助けて…。


 エメリヒ…。




 悔しさから涙がどんどん溢れてくる。


「はぁ…はぁ…、なんて奇麗なんだ。足もこんなに真っ白で…きっと体も白く美しいに違いない…」

 そう言いながら私の太ももに何度もキスをし、さらに撫で上げながら、スカートの中に手を差し入れてきた。

「やぁっ…!エメリヒ…!!」


ドンッ!


 エメリヒの名前を呼んだ瞬間、手を拘束していた力も、ナメクジが這うようなポールの唇の感触も、一気になくなった。







 …ドサリ…。


 何かが落ちる音がした。




「…え?」

 何が起こったのか分からなかった。


 見上げたそこにはポールの姿はなく、私はノロノロと体を起こす。

 ポールはどこに行ったんだろう…?

 辺りを見回すが、暗くてよく分からない。







 グチャリ…。

 水音のような何かがした…。


「あがっ、ぐっ…」

 一メートルほど離れた場所で、何か黒い物体が動いている。


 よく目を凝らして見ると、狼のような生き物がポールの首に噛みついていた。




「っ…!!」


 うそ…、魔物…!?

 魔物はポールの首を嚙み切る。と、不格好に抉れた首もろともポールの体が地面に落ちた。

 ドサリ。


「ひっ!」


 うそ…まさか…。

 死ん…だ、の…?


「っ!!」

 私は声を出さないよう必死に口を押えた。


 魔物はポールの体を食べ始めーー。

 グチャリ、グチャリ。

 肉を食む音が響く。




 に、逃げなきゃ…。

 魔物がポールに気を取られてるうちに離れなきゃ…。

 足の痛みで立ち上がることもままならず、座ったまま後ろに後ろに退く。




「グルルルゥ」




 え?


 音がした方、右後ろを見ると、もう一匹、同じ狼のような魔物が私を見ていた。




「うそでしょ…」


 助けて…。




 エメリヒ…。







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