第10話


 ラルフが来た翌日の朝。


 今日は村の人達が作った作物や女性達が作ったハンカチなどの小物を町に売りに行く日である。二台の馬車にはたくさんの荷物が積み上がり、村長の息子ベンとエルンスト、商家の娘で値段交渉が上手いからとアンネリーエの三人が、町まで行くことになっている。


「じゃ、二人とも明日には戻るから。エメリヒ、後は頼むぞ」

 エルンストが馬車台から手を伸ばし、私の頭を撫でてくれた。

「はい、父さん」

 返事をするエメリヒの隣、私だけ相変わらずの子ども扱いで、少し恥ずかしくなってしまう。

「父さん、子供じゃないんだから。父さんも母さんも気を付けてね」

 私が照れつつもそう声をかけると。

「今回もしっかり売り込んでくるわ。任せておいて」

 アンネリーエの心強い言葉と、エルンストの優しい笑顔が返ってくる。

 集まった村の人達も口々に声をかけ、三人は出発していった。




 ドン!背中に突然の衝撃。が、よろめいた体をギュッと抱きしめる柔らかい腕。

「リナ!昨日もラルフ様が来られたんでしょ?」

 そう言って私の顔を覗き込んだのは、私より一つ年下のスーザンだった。


 馬車が見えなくなると、スーザンを筆頭に、村の女の子達からあっという間に取り巻かれる。

「ああ、うん。でも用があったのは父さんにだから」

 そう苦笑いで話を濁す。女の子達…だけではなく、村の人達全員、噂話が大好きなので、一度捕まると長いのだ。

「そんなこと言って~、知ってるんだから!隣のジーノおばさんが見たって!ラルフ様の馬に乗せてもらってたんですってね!」

 うっ、見られてた。

 一斉に悲鳴が上がる。ずるいだの、羨ましいだの、私も乗りたいだの…姦しいことこの上ない。

「移動にちょっとだけだよ。ちょっとだけ」

 そう誤魔化すも、スーザンが私の腕をつつく。

「そう言って、馬を降りるときポーッとしてたらしいじゃない!」

「ええ!そうなの!?」

 スーザンの言葉でまたいっそう盛り上がる。

「そんなことないって!あれは初めて馬に乗って緊張してただけで」

 言い訳するが、全く誰も聞いてない。

 収拾がつかなくなり、どうやって逃げ出そうか考えていると

「ラルフ様は大人気だね」

 そう話に入ってきたのはエメリヒ。微笑ましいと言わんばかりの笑顔に女の子達は真っ赤になる。


「でもあんまりラルフ様ばかり褒めると、他の連中がやきもちやくよ?」

 そう言ってエメリヒは見送りに来ていた村の若い男の子達の方へ視線を向ける。

 すると女の子達は一瞬で静まり、もじもじとし始める。

「別に…そういうんじゃないもんね?」

「ねぇ?ラルフ様はご貴族様だし…」

 そう、ラルフはあくまでも目の保養。彼は貴族で私たちは平民。身分の差はハッキリしているのだ。だからラルフを見て騒いだとしても、彼女達にはそれぞれ意中の男の子がいたりする。

 女の子達はそそくさと意中の相手に向かっていった。

 もちろん、そんな中にはエメリヒに好意をよせている子がいるのも知っている。遠巻きにこっちを見ている女の子達。うーん、罪深い弟君だ。




 彼女達のそんな様子に思わず苦笑い。

「スーザンはよかったね、聞かれてなくて」

 さっきのお返しにとスーザンの腕を軽くつつく。スーザンはさっきエルンスト達と一緒に行った、村長の息子ベンが好きなのだ。ベンの方が七歳も年上なのだが、面倒見がいいベンに可愛がられていたスーザンは、子供の頃からベン一筋なのである。


 むぅっと唇を尖らせたスーザンはコソリと耳打ちしてくる。

「そういうリナはどうなのよ?ラルフ様のこと、ホントはどう思ってるの?」

「あ、俺もそれは聞きたい」

 スルリと会話に入ってくるエメリヒ。

 どうって…

「どうも?いい人だとは思うけど」

 私の返答に不満気な二人。

「えー、ホントにそれだけ?かっこいいな、ステキだなってのは、ないの?」

 スーザンの言いたいことは分かる。ラルフはとってもカッコいいしステキだ。

 でも、日本での私の実年齢は二十一。エメリヒもだがラルフも私より年下になる。実際に弟がいた身としては、年下は恋愛対象外である。

「うーん、私にとっては甘味をくれる人、かなぁ」

 そう言うとスーザンの「えー!!」と不満の声が上がった。







 集まっていた村の人達が各々仕事に戻っていき、私も役場へ戻ることにする。エメリヒは私を送ってから家に戻ると一緒についてきた。

「ね、送らなくても大丈夫だよ。今日は父さんも母さんもいないし、忙しいでしょ」

 いつも送り迎えしてくれるエメリヒに、一人で大丈夫だと伝えるが

「ダメだ。昨日変な男がいたんだろ?」

 そう言われて思い出す。


 変な男ではないが、確かに見知らぬ美青年を見た。


「父さんに聞いたの?」

 歩きながら訊ねると「ああ」と肯定する。

「よそ者が来てる時は特に注意しろって言われてるだろ。もし父さん達がいない時に追手が来たら、二人で逃げるんだからな」

 そう言われ、急に怖くなる。


 エルンストの話だと、エルンストのご両親は、とにかく横暴なのだそうだ。自分達の意思を通すためなら何でもすると。もし見つかって連れ戻されれば、アンネリーエとエメリヒがどういう扱いを受けるか分からないと言っていた。

 だから絶対に見つかるわけにはいかないのだと。




 このシュネート村に定住して間もなく、エルンスト一家を探しに来たと思われる男達が、ブンゲルト領の中心都市メーネルに来たことがあった。あの時もいつでも逃げられるようにと気を張っていて怖かったけど、あれから何もなく過ぎていて、正直油断していた。


 私は気合を入れる。

 エルンストやアンネリーエ達と別行動で逃げることになった時、逃げた後に落ちあう場所も数か所決めてある。

 それを思い出し、頭の中で復習する。


「そうだったよね、分かってる」

 私の緊張が伝わったのか、呆れた顔をするエメリヒ。

「今から気を張ってどうするんだよ。いざという時動ければいいんだよ。でもリナが一人で移動してる時が一番危ないのは分かってるよな。だから俺の安心のために、この送り迎えは諦めろ」

 言い方は素っ気ないが要するに心配してくれているのだ。

 エメリヒは出会った時から態度が悪かったが、でも本当は優しい男の子だともう分かっている。

 エメリヒの気遣いに温かい気持ちになって、肩の力が抜ける。

「うん、ありがと」

 素直にお礼を言うと「何笑ってんだよ」と睨まれる。あ、やっぱり可愛くない。




 でも…。

 こっちの世界に来てから、生活面では大変なことが多いけど、さっきみたいにスーザンや他の女の子達と恋バナしたり、心配していつもそばにいてくれる同い年の弟がいたり、日本にいた頃には考えられない毎日だ…。


 ふと思った。追われる生活をしていたせいで、エメリヒの恋愛話など聞いたことがなかったなと。さっきエメリヒが私の恋バナを気にしたように、私も聞いてみたいなと思ったのだ。


「ねえ、エメには好きな子いないの?」

 エメリヒと出会って約一年。好みのタイプとか全く知らなくて。興味がわく。

「エメを好きって子、けっこういるみたいだよ」

 エメリヒを見ると死んだような目で私を見ていた。くだらない質問するなと目が言ってる。

「追われてる身だぞ。そんな余裕あるかよ」

 あ…そうですね。間が悪い質問だったと「ごめん」と謝る。

 話は終わった、そう思ったのだが。


「…リナはどうなんだよ?スーザンにはああ言ってたけど…ラルフのこと、本当はどう思ってんの?」

 何だが気まずそうな顔をするエメリヒ。

 え?またラルフ様?と言うかーー

「こら、呼び捨てはダメだよ!だいたいラルフ様が私なんて相手にするわけないじゃない。エメ達みたいに出会った時、私のこと子供だと思ってたんだよ。この世界の男性から見たら私は対象外でしょ」

 それは自虐ではなく本当のことで、そしてそれは日本にいても違う意味で同じだったけど。平塚さんのことを思い出し、チクリと胸が痛む。


「そんなことないだろ…リナはいい奴だし、同年代だと思って好きになる男はいるよ」

 私が見た目を気にしてると誤解したのか、エメリヒに真面目な顔で励まされ…?


 ん??


「待って。同年代って、要するに相手は子供ってことじゃない?」

 エメリヒを見上げると、ニヤリと私を見下す。

 バカにして!

 思わずエメリヒの背中をポカポカやると「あははは!冗談じゃん!」と私の手を掴んで爆笑。久しぶりに素の笑顔を見てしまった。いつも作った笑顔ばっかりなので、こういう笑顔を見ると怒れなくなる。


「~~~っ!エメってさぁ、ホントそういうとこズルイよね」

 悔しくてジト目になる私。

「何が?」

 自覚ないのがまたムカつく。

「もういいよ」

 ため息をつきエメリヒの手を振り払う。家からずっと持ってくれていたお弁当のバスケットをひったくると

「ここでいいよ。もう役場見えてるし。送ってくれてありがと!」

 私はそう叫ぶと、なんだか悔しくて役場まで走った。




「どっちがズルいんだか」

 エメリヒはリナが役場に入るまで、後ろ姿を見届ける。


 リナはこの国では見たことがない、黒髪黒目という目立つ容姿をしている。

 裕福な家の出だろうと言う両親の見立てではあるが、農作業も家事も文句を言わずに率先してこなしている。性格は温和で幼い見た目に反してしっかりしているし、俺が冷たくあしらってもうまく距離を取るあたり、俺より大人だと思う。


 ただ、人に対する警戒心がどこか欠如しているのだ。




 以前エルンストに言われたことを思い出す。

「リナが珍しい容姿なのは分かってるな。それが売り物になることも」

 リナと出会った時からあった「リナは売られるために攫われてきたのでは」という懸念。両親も俺も、人の目を惹きやすい容姿なのは自覚している。実際旅の途中、俺も人攫いに遭った経験がある。もちろん返り討ちにし警備兵に突き出したが。


 ここシュネート村のようにのんびりした田舎でも、よそ者はもちろん、相手が村の人間だったとしても用心するようにと言われた。

 金で人は動くのだと。


 事実、村の人間で俺達を変な目で見ている奴は複数人いる。リナに言えば「エメ達なら分かるけど、私なんかに興味持たないよ」と信じないだろうが。


 あいつは何故、あんなに自分の価値に鈍感なんだ。

 俺のことを美少年だと言うが、あいつの方が可愛いのに。




 チラリと視線だけで森を見る。両親達を見送り、村の人達と別れた後…二人で移動し始めた時からずっとついてくる気配。


 誰かに見られてる。


 これが誰なのか。目的はリナか、俺か。それとも俺達一家か…。

 追手ならこのまま何事もなく家に戻り、夕方リナを迎えに行った後そのまま逃げるだけなのだが…。


 エメリヒは気づかないふりで家に戻る道を歩き出す。気配がついてくるなら俺か一家に、留まるならリナに、用事があるってことだ。


「チッ」

 思わず舌打ちが出た。

 気配は全く動かない。それはリナを狙ってるということだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る