第8話


 昼食中に村長との用事を済ませたラルフ達。その後エルンストに用事があるラルフと護衛騎士、そして家に帰るエメリヒと共に私も行くことになった。村長のマークが私も一緒の方がいいだろうと、今日はラルフの対応が済めば仕事を上がっていいと言ってくれたのだ。


「リナは俺の馬に乗るといい」

 ラルフはそう言って手を差し出す。振り返るとエメリヒは護衛騎士の馬に乗せてもらっていた。目が合うと「ヘマするなよ」と言っている。分かってるよ。

 しぶしぶ、ラルフの手を取り、馬に乗せてもらう。


「っ」

 思ったより高い…!!

 初めて乗った馬の上。

 こ、怖い…!!

 実は高い所が苦手なのだ。

 横乗りのせいでバランスが悪く思わず体が強張る。


「大丈夫、落ちないように支えるから。力を抜いて、前を見て」

 後ろからお腹に手を回され、さらに緊張する。自分のお腹周りのお肉事情よりも、怖さが勝る。ラルフの言葉にビクつきながらも私は力を抜くことに集中する。


「じゃ、出発するよ」

 ゆっくりと動き出す。

「っ」

 けっこう振動がくるものの、馬の動きに逆らわないようにしていると、体の位置が安定してきた。

「力、抜けてきたね。景色も見てみて」

 そう言われて視線を向けると…。


「わっ…」

 役場までの道のりは見慣れているはずなのに…。いつもよりさらに遠くまで広がる。

「奇麗…」

 頬を撫でる風や木々の隙間からこぼれる陽射し。映画やドラマで似たような風景を見て感動してても…今この瞬間に勝るものはない…そう思った。


「……」

 日本にいたら家事や仕事に追われて、乗馬をすることは一生なかっただろう。

 これはこの世界に来たから体験できたことなんだな…。


「楽しい?」

 私の感動が伝わったのか、ラルフの嬉しそうな問いかけに「はい」と素直に頷いた。


 そうして景色に見入っているうちに、あっという間に家に着いてしまった。




 ラルフに馬から降ろしてもらい「ふぅ…」とため息が出る。

 緊張と感動と、いろんな感情が駆け巡ってしまったのだ。

「新鮮だね。そんなに喜んでもらえるなんて」

 クスクスと笑いながら満更でもない笑顔のラルフ。


「はい…素晴らしかったです。ありがとうございました」

 まだ治まらない興奮を押さえ、私は心からお礼を言った。

「あ、いや…」

 ラルフはちょっと顔を赤らめる。

「?」

 どうしたんだろう?

「…そんなに気に入ったなら、また乗せてあげるよ」

 そう言ってラルフは私の頭を撫でた。

 その表情が、手が、とても優しくて思わずドキリとする。


「その時は俺も一緒にお願いします」

 ズイッとラルフと私の間に入ってきたエメリヒ。

「父さん呼んできて」

 振り返ったエメリヒの視線が冷たい。

「え…う、うん」

 …何怒ってるんだろ?マズイことは話してないはずなのに。

 私はなんだか納得いかない気持ちのまま、エルンストを呼びに行く。




 リナが立ち去ったのを確認して、エメリヒはラルフに向き合った。

「ラルフ様、リナに気を持たせるようなことしないでいただけますか?」

 エメリヒのとげとげしい物言いにも、気さくな笑顔を崩さないラルフ。

「そんなつもりはないけど、気に障ったのなら謝るよ」

 ラルフの謝罪にも剣呑な空気を消さないエメリヒ。ラルフは護衛騎士が前に出ようとするのを制止すると

「君は本当にリナが大事なんだね。とったりしないから安心してよ」

 ラルフに真面目な顔でそう言われ、エメリヒは全く信じてない目で答えた。

「そう願います」







 私はエメリヒに言われ、エルンストを呼びに小走りで小麦畑に向かっていた。エルンスト一家が保有している畑は家から少し離れていて、納税のための小麦をメインに、町で売るための野菜なんかも栽培している。


 と、その時、畑に向かう途中、空から人が落ちてきた。

「えっ!?」

 私は急いで人が落ちた方へと走っていくと、その人は落ちた…ではなく、ふわりと着地した。


 あ…魔法…。この世界に来て初めて見た。飛ぶ魔法。すごい…リアル舞空術!


 そんな感想を抱いていた私を一瞥したのは、百八十五センチはあるだろうか。

 フードを被った背の高い青年だった。


 風に揺れる前髪はサラサラのナチュラルストレート。奇麗なプラチナブルーの髪色と、透明感のある青紫色の目、薄い唇、色白な肌。服はひざ下まである長い外套を羽織り、タイトなトラウザーズにブーツまで黒一色。そして帯剣している。

 色素の薄さと黒のコントラストが幻想的な一枚の絵画のようである。


 青年はーー「美しい」その一言だった。




「君はこの村の子か?」

 思わず見惚れてしまっていた私はハッとする。「村の子」…おそらくまた子供だと思われてるな。まあ、いいけど。

「はい、すぐそこがうちの畑です」

 彼からも見える小麦畑を指差す。収穫後のすっきりとした一面が広がる。

「そうか…」

 チラリと畑を見ただけで、すぐ私に視線を戻すとなぜかジッと見つめてきた。

「…あの…?」

 何だろう?青年とは少し距離があるので怖くはないが、美青年からのガン見はちょっと心臓に悪い。


 無言で見つめあっていると、遠くの方で私を呼ぶ声がした。




「リナー!そんなところで何してるんだ?」


 振り返るとエルンストがこちらに歩いてやってくるのが見えた。

「父さん!」

 エルンストに駆け寄りそこにいる青年のことを伝える。

「今ね、空からものすごい美形が降りてきたの」

 そう伝えて青年がいた方を振り返る。と、そこには誰もおらず森の木の茂みだけだった。


 あれ…?さっきまでいたのに…。どこ行ったんだろう?また魔法で移動した?

 まさか、森に入ったんじゃないよね…?


「誰もいないが…?」

 エルンストも辺りを警戒し見回す。青年がいた辺りで一瞬視線を止めた。


 エルンストは森に視線を向けたまま

「リナ、分かってると思うけど、森には一人で絶対入るなよ」

「あ、うん、分かってる」


 エルンストに注意されたのは、この森の奥には魔物がいるからである。




 私達が住むシュネート村は、広大な森林地帯に接していて、森の奥には魔物がいる。

 魔物とは魔法攻撃で人や動物、時には人里まで現れ家畜を襲って食べる危険な生物である。だがその生態はよく分かってないらしく、魔物はこの世界で大きな問題になっている。




 そしてこのシュネート村の森の奥の奥には、『神獣』がいると言われている。


 神獣とは人の言葉を理解し話すようになるほど、長い年月を生きた最上位種の精霊獣のことを指すらしい。精霊獣とは魔物と同じく魔法を使う生き物ではあるが、人を好まず森の奥でひっそりと生きている。ほとんど遭遇することがないため、その生態は魔物より分かっていない。




 その神獣が発見されたのは、かなり昔ーー魔物が村まで下りてきたことがあり、ブンゲルト領の私兵団と国から派遣されてきた騎士団が討伐にあたったことがあった。その際、森の奥で戦闘になり、神獣の住処に足を踏み入れてしまったらしい。その神獣が温厚な性格だったおかげで「二度はない」と許してもらえ、戦闘にはならなかった。もし神獣と戦っていたら、恐ろしい被害が出ていただろうと言われている。


 その出来事以来シュネート村では、森の奥の奥は最重要禁忌地区になっている。







「それで、リナは何でここにいるんだ?役場の仕事はどうした?」

 エルンストに言われ本来の目的を思い出す。

「そうだった!父さんを呼びに来たの。今家の方にラルフ様が来てて『そろばん』の件で話したいって」

 やばい、遅くなったらまたエメリヒに何を言われるか…!


 エルンストは焦る私の背を「落ち着け」と言うようにポンポンと軽く叩くと

「分かった。リナはアンネリーエを手伝ってやってくれ」

 家に戻るエルンストと別れ、畑にいるアンネリーエと合流する。

 事情を説明すると「リナと作業するのは久しぶりね」と嬉しそうに笑った。

 私も本音を言うとそうなのだ。力仕事は苦手だし虫も嫌いなのだが、それでも皆と一緒がいいと思ってしまう。




 エルンストと入れ替わるようにエメリヒも戻ってきて、三人での作業。

 夏の刈り入れが終わり、次の種をまく準備に入るのだ。そうこうしているうちにエルンストも戻ってきて、久しぶりに家族全員での作業となった。




 その頃には、昼間出会った青年のことはすっかり忘れていた。




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