第6話


「リナ、忘れ物」

 手元の書類から顔を上げると、カウンターの前には仏頂面でも美少年のエメリヒが立っていた。


 ここ農村地区シュネート村に定住してから間もなく、ある事件が起こり、私は村役場で働くこととなった。まあ、役場と言っても村長のお家なのだが。

 表玄関から入ってすぐの一部屋を役場と呼んでいて、そこに置かれたカウンターで書類仕事や雑用をしている。


「あら!エメリヒ君!どうしたの?リナちゃんのお迎えには早いわよね?」

 私がエメリヒに反応するより早く、村長の妻であるサーヤの声がした。


 続き間奥の部屋から出てきたサーヤ。彼女は六十三歳の気さくで明るいご婦人である。

 その後に続いて、村長のマークも出て来た。マークは六十代後半の恰幅のいいおじいちゃんだ。

「エメリヒ君、いらっしゃい」

 マークののんびりとした挨拶にふわりと空気が和む。


「村長さん、サーヤさん、こんにちは。お仕事中にすみません。姉さんの弁当を届けにきたんです」

 エメリヒは私に対する態度とは打って変わって、礼儀正しく挨拶をする。


 エルンスト譲りの宝石のような赤紫色の瞳と、キラキラと輝く銀髪がとても美しく、この村の女性達の心を鷲掴みしているエメリヒ。

 彼はその容姿を存分に使って儚げな笑顔を見せる。

 サーヤさんの「ほぅ…」と言うため息が聞こえた。


「まあまあ!それならちょうどよかった。お昼の交代にきたのよ。リナちゃん、お昼食べていらっしゃいな」

 機嫌よくそう促され、私はお言葉に甘えて昼休憩に入ることにした。

「はい、じゃあお昼いってきます」

 エメリヒが持ってきてくれたお弁当のバスケットに手を伸ばすと、サッとエメリヒが持ってくれる。行動は紳士だが、目が「早くしろよ」と言っている。可愛くない。


「まあまあ!相変わらず仲が良いのね~」

「ほんとになぁ」

 サーヤとマークの勘違いに、私は思わず無言になってしまった。







 エメリヒの後を追って役場を出ると、役場そばの木陰へと移動していた。天気が良い日はいつもここでお昼を食べているのだ。


「お弁当ありがとう。エメは帰ってから食べるんでしょ?午後の農作業あるし」

 私はバスケットを受け取りながら草むらに座ると、エメリヒが帰りやすいように促した。


 なぜなら以前ーー今日のようにお弁当を忘れた日。


 その日もエメリヒが持ってきてくれたのだが、いつもは平気な一人ご飯が寂しく感じ、すぐに帰ろうとしたエメリヒを引き留めたことがあった。エメリヒは面倒そうにしつつも、私がお昼を食べ終わるまでそばにいてくれた。けどその日は農作業が忙しかったらしく、エメリヒはお昼を食べ損ねてしまったと、帰ってから知ったのだ。


 同じ轍は踏まないぞ、とばかりにそう言ったのだが、エメリヒも横に腰を下ろした。

「いや、リナと食べてから帰る」

 そう言って手を差し出すと、目が「早く」と言っている。


 私はバスケットの中を確認。埃よけの布をめくると、中にはパンにハムやチーズ、玉子などを挟んだサンドイッチに、果物がたくさん入っていた。

 うん、エメリヒの分もしっかり入ってるな。


 エメリヒの好きなハムサンドを手渡すと、少しだけ口元を緩ませる。

「いただきます」

 ボソリと呟くと、無言で食べ始めた。




『いただきます』『ごちそうさま』

 私が食べる前に必ず言う言葉。それに気づいたエルンストに意味を尋ねられ

「私の国では、食材の『命』に対してや、生産者や食事を作ってくれた人達に対する敬意や感謝を込めて、食べる前や食べた後に言う言葉なんです」

 そう説明すると三人は必ず言ってくれるようになったのだ。

 それがなんだがとても嬉しかった。


 そして態度はぶっきらぼうだけど、お弁当を一緒に食べようと思ってくれてたことも、本当は凄く嬉しい。




「いただきます」

 私も手に取ったたまごサンドを食べる。うん、美味しい。


 たまごサンドを味わいながら空を見上げると、日本の空と変わらないなぁなんて思う。

 そして、ここの世界にも、だいぶ慣れたなぁとも。







 そう、ここの生活にもだいぶ慣れた。が、はじめは本当に大変だった。


 この世界には大きく分けて八つの国があり、その中の『フェヌリエ王国』に私達が住むブンゲルト領はある。フェヌリエ王国は、国王様をトップに貴族社会があって、その下に商人や農民などの平民がいる。




 平民には難しい礼儀作法なんかないので、そう言う意味での問題はなかったが、私は生活道具で相当苦労した。

 何故ならこのフェヌリエ王国は、道具のほとんどが『魔道具』。魔力を込めることで使えるからだ。

 そして魔力があるのなら、もちろん異世界小説あるあるの『魔法』もあった。




「魔法!!」




 魔法の存在を知って、私も使えるのかと期待したのだが使えなった。アンネリーエが言うには、私の体内には魔素を取り込み魔力に変換する「魔器」とう器官がないらしい。




 この世界には魔素があり、生物は大なり小なり魔素を取り込んで生きている。魔器とは取り込んだ魔素を溜め、溜めた魔素を魔力に変換し保持する器官。魔器に保有している魔力を消費することで魔法が使えるそうなのだ。




 魔力を溜める魔器の大きさで保有する魔力量が違い、魔素が多い地域ほど魔器が大きく、生物が保有する魔力量が多くなる。逆に少ない地域では魔器が小さく、保有量が少ない傾向にあるそうだ。


 だがどんなに少なくても魔力がない人は見たことがないと言われた。




 ちなみに私がいるこの国は魔素が多い地域で、エルンスト達全員かなり魔力量が多いらしい。


 魔法には攻撃魔法から生活魔法、回復魔法や浄化魔法などなど。ここでは割愛するが、属性なんかもあるらしい。


 言葉と同じように親が使っているのを見聞きして覚えるような簡単な魔法から、学校などで勉強し、知識と訓練が必要な高度な魔法がある。商人や専門職は別として、ここのようにのんびりした農村地区で高度な魔法を使う平民はいない。


 とは言え、エルンスト達は良家の人間。アンネリーエの話によると、エルンストは騎士や冒険者をしていた頃、魔法と剣を巧みに使いとても強かったらしい。今は農作業の合間にエメリヒを魔法剣士として鍛えている




 脱線したが、そういう訳でエルンスト一家が所有した農地でも、提供された住居に備え付けられている家具や道具は全て魔道具だった。台所で火を熾す道具も起動するには魔力が必要で、魔力がない私には使えなかったのだ。




 しかし日本にいた頃、便利な家電に囲まれて育った私は、もちろん火の熾し方など知らない。困った私はついスマホを取り出し調べた。

 そう、調べられた。驚いたことにスマホが使えたのだ。


 この世界には電気がないのに、だ。




 何故使えるのか不思議には思ったが、使えるならとネットで検索し、アナログでのやり方を調べて実践した。


 まあ、そんなことを続けていれば、当たり前だが、彼らにスマホの存在がバレてしまったのだが。

 彼らはスマホを見て驚愕し「絶対他人に知られないように」と私に強く念を押した。


 もちろん私もここに来たばかりの時、エルンストに言われた忠告を忘れてはいない。

それに目立つのが厳禁だという事も。追われている彼らを危険にさらすことになるからだ。




 でも、魔力がない私にはアナログな方法を調べないと生活に支障があるのも事実で。だから調べた内容を使う時は必ず相談すると約束した。




 そして興味津々でスマホを観察していたエルンストが気づいたのは、スマホから魔素を変換する魔器に似た反応を感じると言うこと。それを聞いて納得。


 おそらくだが、私が異世界転移した際、本来なら私に備わるはずだった魔器が、スマホに備わってしまったのではないだろうか。そして変換された魔力が電気の代わりになっているのでは、と思う。

 実際にスマホを使い電池が減っても、使わずに置いておけばいつの間にか充電されているのだ。


 まあ、何故ネットが使えるのかは疑問のままだけど。

 しかもネットで検索・調べものはできても、書き込みしたり、音楽なんかを新たにダウンロードしたりはできない。


 だがカメラだけは本来の機能に加え、被写体の説明が出るようになっていた。例えば植物をレンズ越しに見ると、その植物の名前や特性が表示される。そのまま写真を撮れば説明が情報欄に反映され、まるで図鑑みたいになるのだ。この世界に疎い私には、とてもありがたい機能だ。




 そして私は『スマホ』というチートを使って、彼らに恩返しできないかと考えた。

 そこで生活に華を添えることにしたのだ。




 例えば料理。

 この世界は地球と似た食材が多く、名前もほとんど変わらない。だがこの国の料理は香辛料や塩・ハーブなどでの味付けが主流で、マヨネーズなどのソース類をまだ見かけたことがなかった。


 それならばと、このシュネート村では手に入りやすい卵を使って、マヨネーズ作りに挑戦してみたのだ。

 シュネート村ではほとんどの家で鶏を飼っている。私達の家でも譲ってもらった鶏を放し飼いにしている。この村で卵は大切な栄養源の一つ。


 その卵、普段はしっかりと火を通して食べるのだが、マヨネーズに使う際には「生」になる。日本のように衛生管理が徹底されている世界ではないので、アンネリーエに殺菌のため浄化魔法をかけてもらった。


 何度か失敗はしたものの、なんとかマヨネーズ作りに成功。たまごサンドを作った。もちろん「美味しい!」とすごく喜んでもらえた。


 そしてトマトが収穫できる季節には、ケチャップなんかも手作りした。

 ソース類を作るようになって、うちではサンドイッチが定番の軽食になっている。




 それからハーブ。


 この国でハーブは料理にしか使っていない。それに気づいた私は「それだけじゃあもったいない!」と、ハーブティーやポプリ、魔法で浄化した水で化粧水を作ったり、種を潰して取り出した油に香り付けしたり、さまざまな活用をしてみた。


 と言うのも、実はこういう手作りを一度してみたかったのだ。日本にいた頃は家事や弟妹の世話に追われて、面白そうだなと思うだけ。手を出した事がなかったから。


 そしてこの手作り作業で一番嬉しかったのは、アンネリーエが一緒にやってくれたこと。ハーブの活用法には美容につながるものが多かったから、二人でキャッキャッしてしまった。今ではアンネリーエと私のお楽しみ時間になっている。




 そんな感じで、エルンスト家でのみ活用しているスマホなのだが、私が役場で働くことになった事件が起きたのである。




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