第5話
彼らの本当の事情とはーー。
エルンストは良家の跡取り息子で、アンネリーエはそこで働く使用人という関係だったそうだ。その二人が恋仲となり、エメリヒが産まれた。だが家の体面を重んじるエルンストの両親は、使用人であるアンネリーエとの結婚は認めなかった。エルンストの両親は、彼に良家の女性と結婚し跡継ぎを儲けることを望んでいたからだ。
とは言っても、無理やり他の女性と結婚させて跡継ぎができるかは分からない。だからエルンストの血を引いているエメリヒを、跡継ぎができなかった時の保険として手元に置くことにし、教育を施した。その際アンネリーエは使用人として残ることを許されたそうだ。
だがエルンストが断り続けていた縁談も、両親が本命とする縁談が持ち上がり、状況が一変。両親はアンネリーエを解雇し、エメリヒは邪魔にならないよう家から隔離された。両親のその横暴にエルンストは激怒し、隙を突いてアンネリーエとエメリヒを連れ、家を飛び出した。
両親へ絶縁状を残して。
だが跡取りとして優秀だったエルンストを、あの両親がそう簡単に諦めるはずがない。
エルンストはアンネリーエの家族に迷惑がかからないよう行き先を告げず、知り合いのいないブンゲルト領に三人で逃げてきたと言う。
ちなみにアンネリーエの家族は、彼女が選んだ相手ならと応援してくれたそうだ。
そんな複雑な事情を抱えていたのに、見ず知らずの私を助けてくれたのかと驚く。
そしてそんな彼らに嘘をついているのを後ろめたく感じた。
「それにここの領地は農業が盛んなんだが、一昨年、流行り病でたくさんの人が亡くなってね。それで今は働き手を常に募集しているんだ」
そう話すエルンスト。仕事をしにきたと言っていたが、ブンゲルト領を目指したのは人手を募集していたことも理由だったらしい。
「それで、本題なんだがーー」
おそらくこれ以上、私を連れて行くのが難しいと言うのだろう。仕方ないことだ。どこか『職安』のような、働ける場所を紹介してもらえるところへ連れて行ってもらおう。
見た目は高校一年生に戻っているようだけど、これでも一応は社会人だったのだ。何とかなるだろうし、何とかしなくては。これ以上、彼らに甘えるわけにいかない。
そう決心した、がーー
「私達と一緒に行かない?」
「え…?」
エルンストの言葉を待てずに、先に声を発したアンネリーエ。予想外の提案に思わずポカンとしてしまう。先走ったアンネリーエを微笑ましそうに見つめるエルンストの瞳は優しくて、アンネリーエの言葉を引き継ぐ。
「そうなんだ。おそらく俺達と一緒に来ても裕福な生活とは無縁だろう。だが一人ここに残るよりは安全だと思うよ」
追われている身の彼らと共に行く方が、一人でいるよりも安全とは…?
「安全ってどういう意味ですか…?」
「君は敏いね」
苦笑いするエルンスト。
「正直に話そう」
そう言うとエルンストは私の学生カバンを指差した。
「君のそのカバンや服にはこの国では見たことがない高い技術が使われている。一人でいれば確実に目を付けられ、君は利用されるだろう」
「えっ…」
思わず自分のカバンや制服を見つめる。
確かに私が通っていた高校の制服は、カバンも靴も含めて作りがいい。大切に使っていたのもあるだろうが、三年間しっかりもった。だけどそれが「高度な技術」なのだと言われ驚く。
でも…今日、町中を歩いて感じたこと。
それは文明レベルがそんなに高そうではないということ。
日本の技術…日本の長い歴史の中で積み重ねられ、開発されてきた技術は、世界から見てもかなり高い。大量生産品でも、一つ一つの部品の品質の良さは日本が一番秀でていると思う。
そんな水準の物をこの異世界に持ち込むことは…まさに「高度な技術」になってしまうのだろう。
ゴクリと生唾を飲み込む。
これは弟がよく言っていた『異世界チート』にあたるのかもしれない。
「でも、私は持っている物の作り方とか、何も知りません…」
専門職でもない限り、どんなふうに作られたかなんて知らないのが普通だと思う。便利さだけを求めて、その成り立ちを知らないなんて、恥ずかしい話だけれども。
「だが君を利用しようとする者が、それを信じるかは別の話だ」
エルンストから鋭い視線を投げかけられ、スッと体が冷える。
怖い…。
「エルンスト、怖がらせないで!」
アンネリーエが私のそばにより、安心させるように抱きしめてくれる。
「ああ、すまない。ただ今のままのでは、君は危険だと知ってほしかったんだ」
申し訳なさそうに表情を緩めるエルンスト。私は小さく頷く。
私は『異世界転移』したという、非現実的な出来事を受け入れられていなかった。むしろ今でも夢であってほしいと、現実逃避している。けどそんな悠長なことを言っていられない状況なんだと忠告されたのだ。
認めたくない。認めたくはない…けど、今この場所に、この人達といることが、現実なんだと受け止めないといけないのだろう。
エルンストの言う通り、今の私はこの世界、この国のことを何も知らず、ここに住む人達の民度も分からない。自分の安全のためにも、置かれている状況を正しく理解することは必須だ。危険だと知らずにいた結果、怖い思いをするのは自分自身なのだから。
私は続きを促すようにエルンストを見上げた。
エルンストは頷くと話し始める。
「俺達と共に来てくれれば、君を家族として守ることができる。それに君の容姿はこの国では目立つから、もし君の家族が探しにきても、俺達のところまで辿りつけるだろう。家族が迎えに来たら、その時は一緒に帰ればいい」
私にとって、とても有難い提案だと思った。
私を迎えに来る人なんていない今、私が危険だと知った上で「家族に」と言ってくれているのだ。
だけど…。
「何でそこまで言ってくれるんですか?」
彼らの申し出は度を越しているように感じる。
だって彼らも追われている身。私の持ち物が金のなる木だったとしても、彼らの事情を考えると不要な物だと思う。私の容姿が目立つのであれば尚のこと、余計な面倒事は増やすべきではない。それなのに私を「家族」にする意味があるのだろうか?
つい警戒してしまい、顔が強張ってしまう。
すると申し訳なさそうな顔をするエルンストとアンネリーエ。
「俺達も君と言う目くらましがほしいからだよ」
目くらまし…?
私はエルンストの言葉に思わずきょとんとしてしまう。
「俺達も追われてる身だ。知り合いを頼って逃げていないと分かれば、両親も捜索範囲を広げるだろう。だがそこに君が加わってくれればーー」
「あ、そっか…探している対象から外れるということですね」
正解だと言うように頷くエルンスト。
夫婦と少年の三人家族から、夫婦と子供二人の四人家族になれば、印象はかなり違う。
要するにお互いが隠れ蓑になると言うことか…。
「私達の事情に巻き込んでしまうかもしれないけど…」
眉をへの字にして私を見つめるアンネリーエ。エルンストも心配そうにこちらを見ている。
ああもう、彼らは…。本当にいい人達だな。
彼らにとっても都合がいいのは確かだろうけど…。
今の私はこの世界を一人で生きていけるほど、この世界の常識が備わっていない。今、この町で一人になれば、エルンストが言うように悪い人に目を付けられ、死ぬまで利用されて終わるだろう。それを考えれば確実に私の方に利がある。
私は思わず握りしめる手に力を込める。
本当のことを何も言わなかった私を『家族に』と言ってくれた彼らに、行動で返そうと心に誓う。
「私の方こそ、よろしくお願いします」
私は深く、深く、頭を下げた。
それからはお互いの関係のすり合わせをした。
彼らが事情を明かしてくれたように、私も正直に話した方がいいかと、それとなく伝えたが、話さなくていいと言われた。私が本心から彼らに話したいと思うまで待っていると。
その言葉にホッとすると同時に、彼らの懐の深さに感謝する。
何も憶えていないことになっている私の名前はアンネリーエが決めてくれた。
「リナというのはどうかしら?可愛いと言う意味よ」
私の頭を撫でながらそう言われ、ちょっと恥ずかしくなる。だってアンネリーエが言う『可愛い』はおそらく子供に対してだと思うから。
忘れてはいけない。
私の見た目は高校生だが中身は大人なのだ。うう、いたたまれない。
だがエルンストからも似合うと言われ、名前が決まってしまった。
「はっ…」
それまで黙っていたエメリヒが鼻で笑った。目が「可愛い、ねぇ」とバカにしている。
そりゃあ、女の子にも見えるほどの美少年からしたら、私に向けられた「可愛い」がお世辞だとは分かっている。けどあからさまにそんな顔しなくていいのに。
おそらくエメリヒは私が一緒に行くことに反対なのだろう。その気持ちはよく分かる。
「エメリヒ君より可愛くないのは知ってる」
エメリヒの気持ちを肯定したのだが、それは何か誤解を生んだようで。
「はぁ!?」
と顔を真っ赤にして怒ったエメリヒ。そこにからかうエルンストの一言。
「よかったな、また褒められて」
エメリヒの声にならない怒号が聞こえた。
その後も私が十五歳だと言うと、全員に驚かれた。三人とも私が十歳ぐらいだと思っていたらしい。一番驚いていたのはエメリヒだった。まさか同い年だったとは思わなかったらしく、愕然としていた。
そしてこの世界では十五歳で成人となると言われ、私も成人したレディとして扱うと宣言された。と同時にアンネリーエから成人女性は夫以外に足を見せてはけないと注意された。それも膝上が見えるのは絶対ダメなのだと。エメリヒが私の制服のスカートに過剰の反応したのもそのせいだったのかと納得した。
それから私の持ち物は全て表に出さないと約束した。制服もカバンも靴も、全て他の袋に隠して持っていくこととなった。
その中には平塚さんに渡す予定だったお弁当も。
なぜ捨てたはずのお弁当が残っていたのか…私の中の未練を見た気がした。
だから中身は処分して箱だけは残すことにした。
私は、捨てろと言わなかった彼らの優しさを、絶対忘れないでいようと思った。
そしてーー。
今日から私は、エルンストとアンネリーエの娘『リナ』となり、私より誕生日が遅いエメリヒは弟となった。
エメリヒは最後まで「自分の方が上だ」と主張していたけど。
その後、エルンスト一家はブンゲルト領の中心都市メーネルに入ると、役場で労働登録を行った。
役場では働き手の募集がかかっている農村地区へと斡旋を行っているらしい。早急に人手を必要としている地区から紹介してくれるので、すぐにでも働きたい労働者には助かる仕組みになっていた。しかも短期労働中、働き方や人柄に問題がなければ、そのまま同じ地区で長期労働をすることもできる。また、一昨年の流行り病で引き継ぐ領民がいなくなってしまった農地を、一定の税金を支払うことで所有し、そこに定住することも可能らしい。
エルンストは農地を所有し定住することが目標だと言った。本来、追われる身としては身軽な方がいいのだが、いざという時のためにも蓄えられる時に蓄えておきたいとのことだった。
もちろん、常に逃げられる準備をした上で。
そして短期から長期労働後、農地の所有を認められ、無事エルンスト一家はブンゲルト領の農村地区シュネートに定住することができた。
はじめは年若い夫婦を「父さん」「母さん」と言うのには抵抗があった。
何度も言うが、私の見た目は十五歳でも、本来は二十一歳なのだ。彼らを「父、母」と呼ぶより、「兄、姉」と呼ぶ方がしっくりくるからだ。
だが、それも慣れ。
十五歳の私は、彼らからも周囲からも十五歳の扱いを受ける。それに慣れた頃には「父さん」「母さん」と言うのに抵抗がなくなった。多少なりとも「十五歳」の自分に引っ張られていたのかもしれない。
定住して間もなく、一度だけエルンスト達三人を探している身なりの良い男性が数人、中心都市メーネルに現れたと噂で聞いた。だが三人家族を探し回っていた男達は、四人家族になっていた私達には気付かず去って行った。
私がこの世界に来て、彼らと『家族』になってから、そろそろ一年が経つ。
この世界の季節は日本と似ていて、もうすぐ二度目の秋に入ろうとしていた。
エメリヒと私は十六歳になった。
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