第2話


「お前!なんて破廉恥な格好してるんだ!!」


 その声にビクリと体が跳ねる。我に返ると、美少年のエメリヒが真っ赤な顔をして怒っていた。

「は?え?」

 何を怒っているのか分からず困惑する。


「じょ、女性がそんな足を出すなんて…っ!!」

 汚らわしい物でも見てしまったかのように顔をそむけるエメリヒ。そして私の前に跪いていたエルンストも、後ろに立っていたアンネリーエも、目を真ん丸にして驚いた顔をしている。


 三人の反応に、焦って自分の服装を確認する。足を出すって…今日はそんなに短いスカートじゃなかったはず…。

 だがーー


「えっ!?制服?」

 思わず声が出た。


 膝より少し丈を短くした、茶系に黄色と緑の線が入ったチェックのプリーツスカート。紺色のハイソックスとこげ茶色の皮のローファー。丸襟の白いブラウスにゴールドのリボン。そして紺のベストとブレザー。

 それは私が数年前通っていた、高校の制服だった。


 そっか…さっき目が覚めた時感じた違和感は、この制服だったのか…。卒業以来、着ていなかったとはいっても、三年間着ていた制服。久しぶりではあっても馴染みすぎていたのだ。


 けど私の呟きによけい腹が立ったのか

「制服!?そんな破廉恥な制服があるか!」

 即座に否定するエメリヒ。もちろん顔はそむけたまま。


 何なのかな、この子。

 エメリヒの態度にちょっとムカついてしまう。

 確かに社会人にもなって高校の制服着てるなんてイタイ女と思われても仕方ないけど、制服はいたって普通。


 イタッテフツウダ!!


 そう反論しようと口を開きかけたが、アンネリーエがエルンストを立たせると、男性達から私を隠すように前に立った。そして自分の肩に巻いていた茜色の大判ストールを私の腰に巻きつける。ひざ下まで足が隠れるように整えてくれようとしているらしい。


「まだ成人前だとしても、女の子が足を見せるのはよくないわ」

 有無も言わさない声音と笑顔。

「ね?」

 念を押され、圧を感じた私は「スミマセン」と大人しく謝った。


 そしてとりあえず言うことを聞いておこうと、落としたカバンの中から携帯用の裁縫セットを取り出し、安全ピンで巻いてくれたストールを固定した。


 アンネリーエは私の裁縫セットを見て驚いた顔をしたが、全体のバランスを確認して「うん、かわいい」と満足気に頷く。


 私の足が隠れたからか、あからさまにホッとした顔のエルンストと、まだ少し赤い顔のエメリヒ。何とも気まずい空気である。




 私はカバンに裁縫セットを戻し、肩から掛ける。カバンも慣れ親しんだ高校のカバンだ。赤茶系の皮カバンで、持ち手がついたフラップに、斜め掛けにも背負うタイプにもできる取り外し可能なショルダーストラップ。

 でも中に入っていたのは高校時代の教科書なんかではなく、通勤カバンに入れていた物が入っていた。車に轢かれる前、捨てたはずのお弁当も。


「…っ」

 平塚さんの顔がよぎり、一瞬で口の中に苦いものが広がる。


「それで…君はブンゲルト領の子供でいいのか?」

 エルンストに話を戻されハッとする。

「い、いいえ…違います…」

 私は返答に困った。だけど念のため確認する。

「ここ、日本…ではないんですよね?」

「ニホン?…聞いたことないな。国の名前?それとも町だろうか?」

 エルンストもアンネリーエも、エメリヒさえも困惑した表情だ。


 いよいよ冗談ではなくなってきた。




 さっき『異世界転移』の小説のようだと思ったが、未だ「まさか」と言う気持ちがある。

 だが気づいてしまったのだ。彼らとの会話は日本語なのに、彼らの口の動きは日本語ではない。

 冷や汗が背中をつたう。

 そういえば弟が読んでいた異世界物の小説でも、チート能力で翻訳機能があったっけ…。




 どうしよう…。

 本当に異世界に転移したのだろうか…?




 私は弟ほどその手の本を読んでないが、弟からは「チートがチートでチートだったりする」から狙われたり利用されたり戦ったりと、大変なんだとよく聞かされた。


 とにかく、現状、この世界のことが分からない状況では何も言わない方が無難だろう。

 たとえ言ったとして信じてもらえないだろうし、最悪、頭がおかしいと病院送りになったら嫌だ。




 それに…好きだった人に騙されたばかりだし…。

 平塚さんのことを思い出すとまた苦いものが広がる。




 打ち明けるのはいつでもできる…。

 慎重にいこう…。

 そう思い、私は憶えていないフリをすることにした。




「日本は私が住んでいた国の名前です。…でも自分が何でここにいるのか、分かりません…」

 こんなことで騙されてくれるだろうか…不安になりつつも彼らに視線を送る。

 彼らは私の言葉を聞いて少し顔色を変える。


「黒い髪や目はこの国では見ない容姿だ。もしかして人攫いにあったのか…」

 エルンストの呟きに、一瞬顔を歪めたアンネリーエとエメリヒ。

「ねえ、あなたのお名前は?住んでいた場所やご家族のこと…何でもいいから教えてくれる?」

 アンネリーエの表情は真剣で、見ず知らずの私のことを本気で心配してくれているのが分かる。

 名前…だけでも…と思ったけど。


『名前に同じ涼の字が入ってるね』


 平塚さんの声がして、言葉に詰まる。




「…私の名前…すみません、思い出せません」

 嘘をついて申し訳なさを感じたが、そう答えた。

 するとアンネリーエは「そうなのね」と私の頭をそっと撫で、悲しそうな顔をした。






「とにかく、ここにこの子を置いていくことはできない。もうすぐブンゲルト領だ。町に入ればこの子を知っている人がいるかもしれない」

 エルンストがそう言うと、アンネリーエは頷き

「そうよね、親御さんと仕事で来ている可能性もあるわ。ね、あなたもそれでいい?」

 と私にも聞いてくれた。




 この世界がもし本当に異世界なら、ここに私の知り合いはいない。親切なこの人達を騙すようで申し訳ないけど、こんな森の真ん中で置いて行かれるのは絶対避けたい。この人達について行く方が懸命だろう。そしてできるだけこの世界の情報も手に入れよう。




 私は大きく頷くと「お願いします」と頭を下げた。







 道中、彼らは自分達のことを話してくれた。




 私に声をかけてくれた男性、エルンスト。


 三十七歳、銀髪で短髪。赤紫色の瞳を持つスッと鼻筋が通った精悍な顔立ちのイケメンだ。


 以前は町の治安維持をする騎士団にいたらしく、鍛え上げられたがっしりとした体躯と百九十センチはありそうな長身の持ち主だ。その高さから見下ろされると威圧感を感じるが、くしゃっと笑う顔がちょっと可愛い、優しさがにじみ出ている男性だった。


 今は冒険者をしていて、移動する商隊の護衛などで路銀を稼ぎつつ、この道の先にあるブンゲルト領を目指して来たのだと言う。

 さっきもチラリと言っていたが、ブンゲルト領には仕事をしにきたそうだ。




 そして奥さんのアンネリーエは二十代半ばぐらいだと思っていたら、三十二歳だと言われ、とても驚いた。


 そんな彼女はぱっちりとした大きなブルーグレーの瞳にツンとした鼻の美人さん。だがエルンストと同じで笑顔が可愛らしく、背中まで伸ばしたゆるふわなクセ毛とピンクブラウンの髪色が合わさって、とてもチャーミングな印象を与えている。


 彼女の実家は商家だったそうで、移動中の滞在先では代筆の仕事などをし、路銀の足しにしているそうだ。




 そして夫妻の息子、美少年エメリヒ。十五歳。

 父親譲りの銀髪と赤紫の瞳。サラリとした髪から覗くキリっとした目は、彼の勝気な性格を感じさせている。だが全体的に母親似で、成長途中独特の中世的な印象。そのせいか、女の子だと言われても納得してしまうほどの美少年だ。




 ただ彼らの話を聞き『騎士団』や『冒険者』の単語に、いよいよ異世界転移説が濃厚になってしまったのだが。







 そして日暮れ前、私達は無事にブンゲルト領に入ることができた。






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