第二話 井戸の底は満員御礼、のち大警報

 聖真面目クソマジメ王国、城の地下通路。深夜二時十五分――


「もしかして、お前も駆け落ちかーーっ!!!!」


 リリアとオスカー、婚約者同士の絶叫がこだまする。

 湿っぽい地下通路で、ジャージ姿の公爵令嬢と、高級パジャマ(シルク100%)を着込んだ王太子が睨み合っていた。


「信じられない! 国一番の堅物王子のあなたが、駆け落ち?」

 リリアが指差すと、オスカーはフンと鼻を鳴らし、小脇に抱えた『王室御用達・安眠枕』を抱き直した。


「失敬な。堅物ではない、私は『真実の愛』に生きる男だ! な、メアリー」

 オスカーが背後のメイドに声をかける。

 メアリーと呼ばれたメイドは、おどおどと震えながら一歩前に出ようとして――


 べしゃっ!


 何も落ちていない平らな地面で、華麗にスライディング土下座を決めた。


「ひぃっ! も、申し訳ございません殿下ぁ~」

「ああっ…メアリー! そのダメっぷりが愛おしい」


 オスカーは這いつくばるメイドの手を取り、うっとりと見つめた。


「リリア、お前のような完璧令嬢にはわかるまい。私が求めていたのは、この『私がいないと何もできない危うさ』なのだ!」

「……うざっ」


 リリアがドン引きしていると、隣でガストンが感心したように頷いた。


「さすが殿下。目の付け所がマニアックですな」

「感心してる場合。行くわよガストン、邪魔だから先に行かせてもらいま――」


 その時である。


 ヒュ~~……ズガァッ!


 頭上の井戸から、第三の影が落下してきた。凄まじい着地音と共に、土煙が舞う。


「ゲホッ、ゲホッ! ……腰が逝くかと思ったぞ」

「大丈夫かい? プロデューサー」


 煙の中から現れたのは、黒いサングラスをかけ、リュックに大量のペンライトを刺した初老の男。

 そして、その横にはキラキラした衣装のチャラそうな吟遊詩人の青年。

 その二人を見た瞬間、リリアの目が飛び出るほど見開かれた。


「お、お父様――!?」


 そこにいたのは、リリアの父、『厳格公爵』その人だった。国の規律を守る鬼の宰相が、なぜか「推し活グッズ」で武装している。


「リ、リリア!? なぜここに……?」

「それはこっちのセリフよ! なんでお父様がここに?」

「わ、ワシは……その……」


 公爵は冷や汗をダラダラと流しながら、隣の青年を庇った。


「こ、この才能ある若者、リュリュ君を、隣国のアイドルオーディションに参加させるためだ。ワシはこの国の堅苦しい芸能界に絶望した! 彼のマネージャー兼プロデューサーとして、第二の人生を歩むのだ!!」


「何してんのよ、お父様!」

「仕事しろよ宰相!」

 リリアとオスカーのツッコミが重なる。


「ええい、どきなさい! オーディションの受付は朝一なんだ!」

 公爵が強行突破しようとした瞬間――


 ズドォォォーーン!!!!


 今度は地震かと思うほどの衝撃が走り、天井の岩がパラパラと落ちてきた。

 井戸の穴が、巨大な何かで塞がれている。


「あらあら、随分と賑やかねぇ」


 優雅な声と共に降り立ったのは、オスカーの母――王妃様だ。

 そしてその隣、井戸の穴を塞ぐかのように立ちはだかっているのは、緑色の肌、隆起する筋肉、身長二メートル半程のオークだった。


「母上!?」

「王妃様!?」


 その場の全員が叫ぶ。

 そんな観衆の目前で、王妃様は頬を赤らめ、オークの太い腕にぴたりと寄り添った。


「ごめんなさいね。わたくし、細身の男性にはもう飽きてしまったの。このグルルさんの、言葉は通じないけれど野性味あふれる包容力に、もうメロメロなのよ」

「グルルァ…」

 オークが低く唸り、優しく王妃の頭を撫でる。


 狭い地下通路は、いまや地獄絵図だ。

 ジャージ令嬢、庭師(腐葉土持ち)、パジャマ王子、ドジっ子メイド、ドルオタ宰相、アイドル詩人、不倫王妃、オーク――総勢八名+荷物が、幅二メートルの通路にすし詰めになっていた。


「ちょ、ちょっと! 狭いわよ!」

「押さないで。腐葉土がこぼれる!」

「リュリュ君のギターを守らねば!」

「グルルさんがつっかえてますわ!」

「メアリー、私のメアリーはどこだ?」


 全員が我先にと出口へ向かおうと揉み合いになる。

 その混乱の中、オスカーの愛するドジっ子メイド・メアリーが、誰かの足(たぶんオーク)に躓いた。


「ああっ!」


 彼女の手が、バランスを取ろうとして壁の突起物を掴む。直後――


 ガチャン!


 機械的な音が井戸内に響く。


「えっと……、『緊急非常用警報レバー』って書いてありますぅ……」

 すまなそうに呟くメアリー。


 一瞬の静寂。そして――


 ジリリリーーーーリっ!!!!


『警告、警告! 城内に大規模な侵入者、または脱走者あり!』

『総員、直ちに地下通路を封鎖せよ! 繰り返す、封鎖せよ!』


 真っ赤な回転灯が激しく点滅し、サイレンが鼓膜を揺らす。全員の動きがピタリと止まり、全員の視線がメアリーに集中した。


「あ……えへへ?」

 メアリーが可愛く舌を出す。


「「「えへへ、じゃなーーーいっ!!!」」」

 重なる一同のツッコミ。


「警備兵が来るぞ……。もう隠密行動は無理だ」

 オスカーが頭を抱えた。


「こうなったら全員、一蓮托生よ!」

 リリアがジャージの袖をまくり上げ、覚悟を決めた顔で叫ぶ。


「道を開けるわよガストン! 私たちの『愛の逃避行スタンピード』の始まりよ!!」

「合点承知! 行きますぞ。ぬおおぉぉーーーぉ!!」


 ガストンの突進、それに呼応したようなオークの雄叫び、そしてオスカーの悲鳴が重なり合いながら奇妙な一行は出口へと走り出した。


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