第二話 井戸の底は満員御礼、のち大警報
「もしかして、お前も駆け落ちかーーっ!!!!」
リリアとオスカー、婚約者同士の絶叫がこだまする。
湿っぽい地下通路で、ジャージ姿の公爵令嬢と、高級パジャマ(シルク100%)を着込んだ王太子が睨み合っていた。
「信じられない! 国一番の堅物王子のあなたが、駆け落ち?」
リリアが指差すと、オスカーはフンと鼻を鳴らし、小脇に抱えた『王室御用達・安眠枕』を抱き直した。
「失敬な。堅物ではない、私は『真実の愛』に生きる男だ! な、メアリー」
オスカーが背後のメイドに声をかける。
メアリーと呼ばれたメイドは、おどおどと震えながら一歩前に出ようとして――
べしゃっ!
何も落ちていない平らな地面で、華麗にスライディング土下座を決めた。
「ひぃっ! も、申し訳ございません殿下ぁ~」
「ああっ…メアリー! そのダメっぷりが愛おしい」
オスカーは這いつくばるメイドの手を取り、うっとりと見つめた。
「リリア、お前のような完璧令嬢にはわかるまい。私が求めていたのは、この『私がいないと何もできない危うさ』なのだ!」
「……うざっ」
リリアがドン引きしていると、隣でガストンが感心したように頷いた。
「さすが殿下。目の付け所がマニアックですな」
「感心してる場合。行くわよガストン、邪魔だから先に行かせてもらいま――」
その時である。
ヒュ~~……ズガァッ!
頭上の井戸から、第三の影が落下してきた。凄まじい着地音と共に、土煙が舞う。
「ゲホッ、ゲホッ! ……腰が逝くかと思ったぞ」
「大丈夫かい? プロデューサー」
煙の中から現れたのは、黒いサングラスをかけ、リュックに大量のペンライトを刺した初老の男。
そして、その横にはキラキラした衣装のチャラそうな吟遊詩人の青年。
その二人を見た瞬間、リリアの目が飛び出るほど見開かれた。
「お、お父様――!?」
そこにいたのは、リリアの父、『厳格公爵』その人だった。国の規律を守る鬼の宰相が、なぜか「推し活グッズ」で武装している。
「リ、リリア!? なぜここに……?」
「それはこっちのセリフよ! なんでお父様がここに?」
「わ、ワシは……その……」
公爵は冷や汗をダラダラと流しながら、隣の青年を庇った。
「こ、この才能ある若者、リュリュ君を、隣国のアイドルオーディションに参加させるためだ。ワシはこの国の堅苦しい芸能界に絶望した! 彼のマネージャー兼プロデューサーとして、第二の人生を歩むのだ!!」
「何してんのよ、お父様!」
「仕事しろよ宰相!」
リリアとオスカーのツッコミが重なる。
「ええい、どきなさい! オーディションの受付は朝一なんだ!」
公爵が強行突破しようとした瞬間――
ズドォォォーーン!!!!
今度は地震かと思うほどの衝撃が走り、天井の岩がパラパラと落ちてきた。
井戸の穴が、巨大な何かで塞がれている。
「あらあら、随分と賑やかねぇ」
優雅な声と共に降り立ったのは、オスカーの母――王妃様だ。
そしてその隣、井戸の穴を塞ぐかのように立ちはだかっているのは、緑色の肌、隆起する筋肉、身長二メートル半程のオークだった。
「母上!?」
「王妃様!?」
その場の全員が叫ぶ。
そんな観衆の目前で、王妃様は頬を赤らめ、オークの太い腕にぴたりと寄り添った。
「ごめんなさいね。わたくし、細身の男性にはもう飽きてしまったの。このグルルさんの、言葉は通じないけれど野性味あふれる包容力に、もうメロメロなのよ」
「グルルァ…」
オークが低く唸り、優しく王妃の頭を撫でる。
狭い地下通路は、いまや地獄絵図だ。
ジャージ令嬢、庭師(腐葉土持ち)、パジャマ王子、ドジっ子メイド、ドルオタ宰相、アイドル詩人、不倫王妃、オーク――総勢八名+荷物が、幅二メートルの通路にすし詰めになっていた。
「ちょ、ちょっと! 狭いわよ!」
「押さないで。腐葉土がこぼれる!」
「リュリュ君のギターを守らねば!」
「グルルさんがつっかえてますわ!」
「メアリー、私のメアリーはどこだ?」
全員が我先にと出口へ向かおうと揉み合いになる。
その混乱の中、オスカーの愛するドジっ子メイド・メアリーが、誰かの足(たぶんオーク)に躓いた。
「ああっ!」
彼女の手が、バランスを取ろうとして壁の突起物を掴む。直後――
ガチャン!
機械的な音が井戸内に響く。
「えっと……、『緊急非常用警報レバー』って書いてありますぅ……」
すまなそうに呟くメアリー。
一瞬の静寂。そして――
ジリリリーーーーリっ!!!!
『警告、警告! 城内に大規模な侵入者、または脱走者あり!』
『総員、直ちに地下通路を封鎖せよ! 繰り返す、封鎖せよ!』
真っ赤な回転灯が激しく点滅し、サイレンが鼓膜を揺らす。全員の動きがピタリと止まり、全員の視線がメアリーに集中した。
「あ……えへへ?」
メアリーが可愛く舌を出す。
「「「えへへ、じゃなーーーいっ!!!」」」
重なる一同のツッコミ。
「警備兵が来るぞ……。もう隠密行動は無理だ」
オスカーが頭を抱えた。
「こうなったら全員、一蓮托生よ!」
リリアがジャージの袖をまくり上げ、覚悟を決めた顔で叫ぶ。
「道を開けるわよガストン! 私たちの『愛の
「合点承知! 行きますぞ。ぬおおぉぉーーーぉ!!」
ガストンの突進、それに呼応したようなオークの雄叫び、そしてオスカーの悲鳴が重なり合いながら奇妙な一行は出口へと走り出した。
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