第4話 絶対音痴熱唱少女

「お、おわぁぁぁ!? ……って、え? 真知ちゃん!? なにしてんのそこでっ!?」


 そこにあったのは、まるで幽鬼の如き顔色で首から上を机の天板に鎮座させた、永友真知の首であった。


「ねぇ優希ちゃぁん? なんで私の机でぇ、森野さんと仲良ししてるのぉ?」


「や、それはアタシじゃなくて美夏の方にこそ聞いて欲しいんだけど……」


「ちょっと優希アンタっ! 気付いてたんならもっと早く言いなさいよ!」


 開きっぱなしの瞳孔が、大変恐ろしい迫真の”生首擬態”である。

 もしやこの自称魔法少女、生首コスプレの方が似合っているのでは? 私はそう思わざるを得なかった。


「ごめんね真知ちゃん! 別に意地悪とかじゃないから、すぐ退くね!」


 そう言って、急いで椅子から飛び退く美夏。

 けれど当の永友は、モソモソと動き出したかと思えば、華麗に空いた椅子をスルー。そのままなぜか私の背後へと回り込み、そして唐突に……


「優希ちゃんおはよ。ぎぅ」


「いや『ぎぅ』じゃねぇよ。美夏が退いたんだから座ってやれよ」


 人の首に両腕を巻き付けていた。

 これぞ私と永友が、無駄に勘ぐられる原因となった、やたらと過剰なスキンシップである。


 そんなこんなで、私の席に新旧二人の学友が集まれば、美夏がこんな話題を切り出した。


「あ、そういえばお二人さん。明日よければカラオケでも行かない?」


「え、えええっ!? カラっ……オケぇ?」


「別にいいけど、どうしたのよ突然?」


 耳元からは素っ頓狂な叫びが聞こえたが、私は無視して話を続ける。基本的には遊びも肉体派である美夏から、そんな選択肢が出るのが珍しかったからだ。


「や、実は言い出したのは洋介の方でさ?」


 横矢洋介よこやようすけ。それは美夏の幼馴染で、私にとっても共通の友人である、隣のクラスに在籍している男子生徒の名前である。


「アイツからも連絡いくだろうけど、また廃墟で撮影会するんだって。だからそれの予定合わせも兼ねて、ってとこ」


「え、マジ!? そーゆーことなら早く言ってよ!」


「そんでもってついでに、最近アンタとベッタリな転入生にも挨拶しておきたいんだってさ?」


 美夏がそう続ければ、まるで示し合わせたかのようにポケットの中でスマホが震える。

 案の定、画面には生真面目そうなお誘いメッセージが映り、私は迷うことなくOKと叫ぶゆるキャラのスタンプで返信した。


「カラオケかぁ……私、行ったことないんだけどぉ……」


 すると再び耳元で囁かれた、永友の不安げな声。入院生活が長かったという話だし、恐らく遊びの経験自体が少ないのだろう。

 

「もちろん、不安なら無理に来なくてもいいんだよ? 別に真知ちゃんに無理強いしようなんて思ってないんだからさ」


 しかしそんな永友を労るように、珍しく美夏が柔らかい声色で続ける。


「ただそうなると、優希と私が楽しく遊んでる間、真知ちゃんはハンカチを噛みちぎることになるわよねぇ」


「えぇぇ……そんなの、ハンカチ何枚あっても足りないよぉ」


「噛みちぎることは否定せんのかい」


 ……残念ながら、美夏に一瞬でも優しい対応を望んだのが間違いだった。その声色とは裏腹に、永友を煽って楽しむ愉快犯。

 そしてついにそれは、ここにいない幼馴染にまで飛び火していく。


「それにね真知ちゃん? この企画者の横矢洋介ってやつさ、実は前々から優希のことを狙ってて……」


「えっえっ? うそ? 優希ちゃん、男の子から狙われてるの!?」


「そうなのよ。だから下手したら、今度こそ真知ちゃんの知らないところで若さ故の過ちを犯しちゃう……かも?」


「えぇぇぇっ!?」


「ねぇちょっと美夏!」


 いくらふざけ半分とはいえ、少し度を超えている。

 そう思った私は、少し強めに静止の声を上げようとするのだが――


「阻止……するっ!」


 けれどそれが形をなす前に、永友の鋭く短い決意表明が教室中に響き渡った。


「だって、私たちまだ高校生だもんっ! わ、若さ故の過ちなんて……そんなの、私が絶対に阻止してみせる!」


「や、阻止してくれんのはいいんだけどさ、アンタはそろそろ離れてくんないわけ?」


「ヤダっ! 優希ちゃんは私が守るんだからっ!」


 背中に押し付けられる柔らかな感触。

 それにゲンナリとしながらも、私は肩を震わせ俯く旧友に、非難の視線を浴びせ続けるのであった。



 ※



 そして翌日の土曜日。カラオケに集合した私たちは、四人揃って卓を囲む。

 席に着くなり、今日の本題を切り出したのが、私の正面に座ったくせっ毛眼鏡男子の横矢くんだ。


「ほら見てよこれ。ブログにも取り上げられてる廃病院なんだけどさ? OBのツテで特別に撮影許可が下りたんだよ」


 そんな台詞と共に、卓上へと置かれるタブレット。そこに映し出された写真を見て、私は堪らず歓声を上げた。


「や、ここってマニアの間でも有名な場所じゃん! 確か不法侵入が多いとかで中々許可が取れないって聞いたけど……入れるのっ!?」

 

「自治体職員が引率してくれるらしくて、その方の案内する範囲でなら……って条件付きだけどね」


「ナイスよ横矢くん、今日ほど君と友達で良かったと思った日はないわ!」


「ははっ。廃墟に誘うといつも言うよねそれ?」


 私の反応に、満足そうに笑う横矢くん。こんなやり取りも、もう何度目になるのだろうか?

 風景を撮るのが好きな彼と、廃墟を見るのが好きな私。そんな私たちを美夏が引き合わせてくれたのは、中学が始まって割とすぐのころだ。


「じゃ、問題なければこの日取りで」


「アタシの方は何がなんでも予定空けるから、そっちで変更があったらすぐに教えてね」


「うん、了解。……それで、問題はそっちの子のことなんだけど」


 話の途中から、横矢くんの視線が横に流れていたのは知っている。それに合わせて首を回すと、そこには当然の権利が如く、私の左腕をガッチリと抱き締めた、白髪碧眼の小動物の姿が。


「ほら永友? いつまでも唸ってないでアンタもなんか答えなさい」


「がるるるっ……優希ゆうきちゃんは、絶対に渡さない……」


「違うでしょ。一緒に廃墟見学行くかって話してんの。その返事は?」


「あ、あははっ。なんか、随分と嫌われちゃってるみたいだねぇ僕……」


 白い毛髪を獣のように逆立て、斜向かいの男子へ敵意を露わにする永友。

 それでも横矢くんは、そんな危険生物との対話を果敢に試みた。


「だ、大丈夫だよ永友さん? 僕と伊関さんはただの趣味友達で、別に永友さんから取ろうだなんて思ってないからね?」


「嘘。だって森野さん言ってたもん。貴方が中学のころから、優希ちゃんに色目向けてたって」


「美夏!? 会ったこともない子になに吹き込んでくれちゃったの!?」


「昔は自然物しか撮らなかったのに、優希ちゃんとあってから急に廃墟を撮りはじめたとも聞いた。下心ありまくりじゃん」


「ねぇ美夏ァ!?」


 ……しかしそんな少年の拙い努力は、予期せぬ伏兵の援護によって、恥部を暴露される形で儚くも散る。

 横矢くんは信じられないといった様子で、隣でジュースを啜る美夏を見るが、当の本人は至って涼しい顔だ。

 二方向からの襲撃に、陥落寸前の友達がさすがに気の毒で、私は仲裁のつもりで助け舟を出した。


「というか実際さ。趣味友の間で惚れた腫れたって言うのもナンセンスだよね?」


 すると当然、その言葉が自身へのフォローだと気がつき、言葉尻を合わせた横矢くん。


「だ、だよねやっぱり! 冗談にしろ本気にしろ、こういう話ってトラブルを招きやすいし」


「そうそう。廃墟趣味の友達なんて普通に貴重だし、色恋沙汰なんかで拗れて、ギクシャクするのとか嫌なんだよねアタシ」


「う、うん……それは、そうだよね……」


 けれどそう言いながらも、彼の視線は少しずつ俯いていく。その仕草が、今の言葉がその場限りのでまかせであると如実に物語っていた。

 全くもって、見ているこっちが心配になるほど分かりやすい。そんな様子を中学のころから見せられて、気づかないままでいられるほど私は鈍感ではなかった。


 ……けれど、それに気づいていながら、今日も私は、何も知らない振りをして彼の気持ちに蓋をする。


「アタシは今のまま、横矢くんとはいい友達のままでいたいんだよね」


 ――こんな行為を、酷い女だと誹る人もいるだろう。

 けれど言い訳を許してもらえるのなら、私も決して、彼のことが嫌でこうしている訳ではないのだと。それだけは主張させてほしい。


 むしろ逆。

 もし、初めて男の子と付き合うなら、今の私には彼以外の選択肢などない。そう思えるくらいには、横矢くんを好意的に思っている。

 ただ……単純に怖いのだ。

 横矢くんと、今のように気兼ねのなく付き合えなくなるのが。変に気を使った美夏が、私たちとの距離を置いてしまうのが。

 関係の変化に伴い、浮上してくる様々な可能性。私はそれが、ただただ恐ろしい。


「ま、というわけでさ? 私の気が変わるまで、その恋心は閉まっといてくれないかい。横矢くん?」


「……は、はぁっ!? だ、だから僕は好きだなんて一言もっ……! 伊関さん、ちょっと自分が可愛いからって自意識過剰なんじゃない!?」


「あ、可愛いのは認めてくれるんだ? ありがとー」


「あっ!? ……あぁもうっ、腹立つなぁ!」


「ははっ」


「ねぇ優希ちゃん私はっ? 私だけは優希ちゃんのこと好きなままでいいんだよねっ!?」


「……なんの権利でそれが通ると思ったのよアンタは?」


 そんなふうに、ちょっとおどけて軽口を放り込めば、妙な空気になりかけていた室内には、先程までの騒がしさが戻ってくる。これに関しては、素直な横矢くんと自由奔放な永友に助けられた形だ。

 ただ、私の心境と横矢くんの想い。その両方を知る旧友の口からは、呆れたようなため息が漏れたのだが……

 私はそれを聞こえなかったことにして、ここまで放置されていたマイクとデンモクへと手を伸ばした。


「じゃあ、はい。好きでいていい代わりに、トップバッターはアンタがやんなさいよ永友」


「え、えぇっ!? 私ぃ!?」


「当然でしょ?」


 そう言ってマイクを突き付けると、大袈裟な悲鳴を上げた永友。けれど私はその頬に、グリグリとマイクの網目を捩じ込んでいく。


「日本で学生するのにカラオケくらい歌えなくてどーするの? ほら? アンタでも絶対歌える曲入れたからマイク持って!」


「ふ、ふぇぇぇ……」


 泣く泣くといった様子で、マイクを受け取る永友。

 するとタイミングよく、部屋のスピーカーからはポップ&キュートなイントロが飛び出してくる。

 その曲を耳にした途端、永友はガバリと頭を上げた。


「なっ!? 優希ちゃん、まさかこの曲って……」


「もちろん、魔法少女ジェミナスリリィの主題歌『ミナクル・マジカル・リリィガード!』よ!」


「ほ、ほぁぁぁっ! これこれこれぇぇぇっ!!」


 コスプレ衣装に身を包み、リアル魔法少女ごっこに興じる永友だ。きっとこの曲も、振り付け付きで完璧に歌うのではないかと、下心込みで入れてみたのだが……

 Aメロへと切り替わった瞬間、響いてきたのは、九官鳥にでも歌わせた方がマシというレベルの聞き苦しい歌声であった。


「そっしーそっしぜぇたいそっしー! 悪ぃーことはー! 今日も正義の二段階認証、マジカルセキュリティー!」


「……採点拒否」


 私の思い出の魔法少女は、永友真知によってまたひとつ汚れてしまったのだ。

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絶対阻止少女マトモ~暴走軽トラから助けてくれた魔法少女がコスプレだった理由~ KTX30 @KTX30

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