第3話 廃墟好き懐かれ少女

 ――そんなあの子の転入初日の様子を思い返しながら、未だ空いている前席を見つめて思う。

 この席の新たな主、永友真知ながともまとも。いったい彼女は、何者なのだろうか。


 昨日、教習所からの帰り道。信号無視の軽トラに、私は間違いなく跳ねられかけた。けれどそこへ颯爽と現れ、私を救ったお面にコスプレの魔法少女。

 覗く白髪から察した名前を呼んでみれば、すぐ逃げられてしまったけれど、あのお面の下にある顔が、海外帰りのクラスメイトであることは火を見るよりも明らかだった。

 そんなことを経験して、興味を持たないはずがない。


 そしてさらにはこの永友真知。転入してからというもの、学校内においても、妙な関係に陥っていて……

 今朝も早速、クラスメイトからこんな言葉を投げ掛けられたのであった――




「おはよーゆうてゃ!」


「おっす優希ゆうき。朝からなに読んでんだよ?」


 机に広げたテキストを眺めていれば、声を掛けてきたのは所謂クラスカースト上位に位置するギャル二人。


「ん、おはよ。普通に教習所の教本。マルバツだってナメてたらボコボコにされちゃってさ」


「マジかよ。でもま、お前ならちゃんと勉強さえすりゃ余裕だろ?」


「だといいんだけどねぇ……」


「ところでさぁ真知っちは? 一緒にいないとか珍しくない?」


「……」


 そしてそんな疑問を投じてきた彼女たちに、今日も私は胡乱な目を向ける。


「だからさぁ、アタシに聞かれても困るって言ってるでしょ? アタシだって別に、あの子とそこまで親しいってわけじゃないからね?」


「え。でも真知っち、転入してからずーっとゆうてゃにベッタリじゃん」


「初日からあんなに一緒にいるのに親しくないとかなくね?」


「ホントは仲良ししてるんでしょ? 二人きりの時とか」


「ベッドの中とかでさ?」


「朝からなーに言ってんのよ、この色ボケどもが」


『えー!?』


 ――これである。


 これが永友真知の混入により変わってしまった私の日常。良くてニコイチ、悪ければ百合カプ。クラスメイトたちから課せられてしまった、揶揄と願望の入り混じったイジりのポジション。

 ピタリと揃ったギャルたちの悲鳴に、私はため息を漏らす他ない。


「えーじゃないわよまったく……確かに初日が『アレ』だったし、アタシも立場が逆ならイジってるけどさぁ。あんま引っ張りすぎても普通にダルいからね? あと残念ながら、私と永友の間に、そういった事実は一切ないから」


「そ、そんなぁ……真知っち、ゆうてゃにあんなラビュいのに……ちょっとくらい夢見させたげたってええやん!」


「そうだぞお前? どうせ年中フリーなんだろ? 別に減るもんじゃねーし一度くらい抱いてやれって」


「抱くとか言うなバカ。普通になんか減りそうでしょーが」


「なんかってなにが?」


「ほらこう……徳とか」


「普段から積んでねぇだろお前」


 全くもって、鬱陶しい恋愛脳である。

 今のご時世、同性同士がどうとか言うつもりはないけれど、取り敢えずなんでも色恋沙汰に直結させる。そんな感性は単純に面倒であった。


「とにかく! 今日はこの辺にしといて。じゃないとノート貸さないからね? どうせこれが目当てなんでしょ?」


「わっ、ゆうてゃが姑息な切れ方する!」


「悪ぃ悪ぃ冗談だって。んじゃ、ありがたく借りてくぜ?」


「まったく。恩を仇で返しおってからに……」


 渡したノートを片手に去っていくギャルたちの背に、私はいつまでも視線の針を刺し続けた。

 しかしホームルームまでの時間も無限ではない。私は気を取り直して、再び教本の方へと意識を戻す。

 ……が、さらにその数分後。新たに現れた別の愉快犯が、前の椅子をガタンと引き出していた。


「おっはよー優希ぃ! あっ、朝から免許の勉強してんの? もしかして真知ちゃんにドライブでもせがまれちゃった? かー、相変わらずお熱いことで!」


「……うっさい美夏みか


 愉快犯の名は森野美夏もりのみか。束ねたポニーテールが良く似合う、中学時代からの昔馴染みだ。この時間に登校しているということは、きっと朝練があったのだろう。

 ちなみに、朝練のない日の遅刻率は40パーを超えるという、部活に生活を捧げた者の末路みたいな女だったりする。

 そんな旧友は、迷うことなく今やもう永友の物となった席へと腰を下ろした。


「ふぅ、やっぱ後ろに優希がいると安心するわ。私はこんなチルい場所と時間を、ポッと出の女に奪われてしまったのね……」


「そりゃどーも。永友が来たらちゃんと退いたげなさいよ? あと人の机に頬擦りしてんの、絵面的に結構ヤバいからねアンタ?」


「ふふふっ……この場所を返してほしければ、教卓前へと追いやられし我が席まで来るがいい。来れるものならばなぁ!」


「いや行かねぇよ。アンタが帰ればこの話は終いなんよ」


 お聞きの通り、この美夏は転入生の横暴により自席を簒奪された被害者でもある。

 故に、こうしてちょくちょくと雑談をしにやってくるわけだが、その話は十中八九、JKらしい取り留めのない話ばかり。

 それが分かっているので、私も視線は教本に向けたままだったのだが……


「ところで優希さ?」


「んー?」


「アンタ、異世界とかに興味あったりする方?」


「……はぁ?」


 いくら取り留めのないとは言え、その突拍子のなさはない。私は思わず呆れた視線を旧友に送った。


「待って待って! そんなヤバい奴見るみたいな目しないでよ! 後輩たちの間でそっち系のアニメが流行っててさ? ちょっと話題に出しただけだって!」


「あぁ、アニメの話? アタシてっきり、アンタが変なオカルトにでもハマったもんかと……」


「ハマんないしっ! てかなに? 私そーゆーふうに思われてんの!?」


 どうやら私の怪訝さは目つきにまで及んでいたらしい。友人が忌避する状況には陥っていないと胸を撫で下ろすと、美夏は続ける。


「ほら、最近多いじゃん? 転生したらナンチャラでしたーみたい異世界モノ。優希もオタクの気があんだから知ってるでしょ?」


「言い方ぁ……まぁ、実際そこそこ見てはいるけどね? 背景目当てだから話は二の次だけど」


「正直ちょっと憧れない? 今の自分のまま、違う世界でリスタートすんの。結構上手くやれると思うのよねぇ私」


「へぇ? バレー一筋のアンタでもそういうこと思ったりするんだ? 意外だったわ」


「バレー一筋で生きてきたからこそよ! 私にもなにか、他の選択肢もあったんじゃないかって。誰だって思うことでしょ?」


 予想だにしなかった旧友の言葉に目を丸くすれば、美夏は大袈裟に肩を竦める。


「優希にはないの? 転生してやり直したいとか、あんな異世界に行ってみたい的な願望は?」


「……そうねぇ」


 言われてみれば考えたこともなかった。

 とはいえ、そういうジャンルの創作物が多いのは知っているし、これを機に想像の翼を広げてみる。

 

「どうせなら、廃墟がたくさんある世界だといいな。過去に滅びた文明があって、その遺跡とか跡地の探索とかが冒険者たちへの主な依頼……みたいな異世界だったら楽しそ」


「お、出たな廃墟好き女子。既にこの世界の廃墟は見飽きたっとでも言うわけ?」


「んーん全然。むしろ中々現場には行けないから、アニメとかマンガで欲求解消してたりすんじゃん」


 現地に行こうとすれば、当然旅費や雑費が掛かる。まだ未成年の私が、そう何度も捻出できるはずもない。

 更に言えば、この歳での見学許可は、個人だと中々下りづらかったりもするのだ。

 そんなこんなで日々積み重なっていく欲求を、写真はもちろん、アニメや創作物等も駆使して粛々と発散しているというわけである。


「だから大学もそっちに関与しそうな学部を選ぶ気だし、見学範囲を広げたくて免許も取ろうとしてるわけ。だからまだまだこれからって感じよ」


「はぇぇ……趣味と実益とを兼ねた進路希望。ご立派なことですなぁ」


 台詞には反して、とてもそう思ってるようには見えない美夏の相槌。結局そこから続いたのは、異世界がどうとかいう最初の話題であった。


「ならそういう煩わしさなしにさ、好きなだけ廃墟が見れる異世界だったら行きたいって感じ?」


「あー……改めてそう聞かれると、どうなんだろな……」


 自ら述べた理想の異世界像にも関わらず、首を縦には振れなかった私。

 振れぬまま、結局出せた結論は、ここまでの流れをなかったことにするこんな回答であった。


「や。やっぱないわ異世界。ギリで行きたくない」


「まじ? 現代知識で無双できたり、チート能力貰えたとしても?」


「でも代わりに美夏とは会えなくなるんでしょ? だったらいいやアタシは」


「ひょわ!?」


 答えを聞いた美夏の口から、まるで珍獣のような声が漏れる。それに苦笑しながら、私は更に言葉を重ねた。


「そういう異世界に行くのってさ? 基本友達とか、今日まで自分が積み上げて来たモノとか全部置き去りにしてくってことじゃん? そりゃオレツエーできたら楽しそうだけど、そのために今あるモノ全部捨てるとか……アタシには無理かな」


 もちろん、今持ってるモノに価値を感じず、遠い異世界に憧れる人だっているのだろう。

 そういった人たちの考えを否定する気はないけれど、少なくとも今の私は、そう思うことはできなかった。


「アタシ、卒業して別の大学行っても、美夏とは年一くらいで遊びたいし」


「そ、そんな小っ恥ずかしいこと言うならっ月一で遊べよぉ!」


「ははっ」


 美夏は顔を赤く染めて、私の肩をバンバンと叩く。

 叩くのは別にいいのだが、数年に渡りバレーボールをシバき続けてきた剛腕だ。

 少しは加減してほしいものである。


「……でさぁ美夏? 話の腰折ってちょっと悪いんだけど、一旦後ろ振り返ってみない?」


「はぁ? ……なによ後ろって急に」


「まぁいいからさ?」


 怪訝な顔こそすれど、背後を指差せば素直に従ってくれる美夏。クルリと首を回すと、ポニーテールが元気に翻る。

 途端、上がる悲鳴と、彼女の視界に飛び込んだモノ。


 それは――

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