第2話 白髪碧眼転入少女

 ――永友真知ながともまとも

 それは先日、私たちのクラスに突然加わった転入生の名前である。

 瞳はブルーで、髪の色はホワイト。その容姿は否応なく大脳皮質に刻み込まれる、そんな女子生徒だ。

 ただでさえそんな容姿にも関わらず、初対面まで『ああ』であったのだから、それはもう人の記憶に残ること残ること。

 小学校の頃に不注意で作った包丁の傷だって、余程でなければあれほどは残らない。


 そんな、唐突で衝撃的であった彼女との出会いを、私はまだ人の少ない朝の教室で、目の前の空の席を眺めながら思い返していた。



 ※



「それでは皆さん。今日は突然ですが、ホームルームの前に転入生を紹介しますね?」


 教卓に立つクラス担任――栗原ちゃんは、愛嬌のある笑顔でそう言った。

 途端、クラス中に広がったのは、期待と興奮の混じるソワソワとした雰囲気。皆、今年は受験生にもなるというのに、その反応は小学生と何ら変わらない。

 未だこの程度のイベントでそんな有り様とは、嫌でも人という生き物の幼さを思い知らされるようである。


 なんて、窓際一番後ろで斜に構えている私ではあったが、その胸中は皆と変わらない。澄ました顔をしながらも、視線は教室の入口に釘付けとなっていた。


「じゃあ入ってきて」


 栗原ちゃんからそう促され、スっと開いた教室の扉。

 するとその奥から姿を見せたのは、自分たちの容姿とは一線を画す、白髪に碧眼の美少女であった。

 そんな人物の登場に、周囲のクラスメイトたちから、十人十色といった反応が吹き出す。


「え、待ってなにあの子!? もしかして帰国子女とかっ!?」


「いや、あれはもうハーフかクォーターとかの類っしょ。多分イギリスとか……ヨーロッパの方の」


「見た目エグぅ。お人形みたいだもん、もう日本人の血なんて入ってないでしょ?」


 口々に囁かれる、感嘆と憶測の言葉。その中で私も、皆と同じく転入生のその容姿には目を奪われていた。


 ……が、その感情は決して、クラスメイトたちと同じポジティブ一辺倒のモノではない。

 例えばそれは、その髪の色。皆は綺麗なアッシュグレーだと言うけど、私にはくすんだ、言ってしまえば老人の髪のようにも思える。

 例えばその瞳の色。確かに一見すると透き通った空色のように見えるが、そこにはあるべき光はなく、どこか伽藍洞のような、空虚な瞳にも見えた。


 とにかく、私は彼女が備えている外見的特徴を、キュートやプリティといった感情では受け止めることが出来なかったのだ。

 それが気掛かりで一人難しい顔をしていれば、やがて栗原ちゃんがパンパンと両手を鳴らす。


「はいはーい。気持ちは分かるけど、みんな一旦話を聞いてー。ねぇ永友さん、体質のことは伝えちゃってもいいかしら?」


「はい! 私は気にしてないんで、先生から言っちゃってください!」


 そんな断りを入れた後、栗原ちゃんはこんな話を切り出した。


「えー、彼女の名前は永友真知ながともまともさん。生まれつきのご病気があって、長らく海外で入院生活をしてたの。ですがこの春、自宅療養が可能なレベルまで容体が回復。退院と共に帰国も決まり、ご自宅から通えるこの学校に転入という運びになりました。目や髪の色もそういった事情によるものだから、お話を聞きたい人はちゃんと仲良くなってから、節度を守って聞いてください。いいですね?」


 担任から告げられた説明により、教室内には再びざわめきが広がっていく。

 最早ホームルーム中か休み時間なのか、廊下を通る部外者には区別することも難しいだろう。


「へー! 病気であんなふうになることもあんだ? めっちゃイケてる感じに見えるんだけど!」


「アルビノ的な症状、ってことだな。まさかリアルでお目にかかれるとは、封印していた中二心がくすぐられるぜ……」


 斜め前から聞こえる男子たちの会話に、心の中で同意する。確かアルビノといえば、メラニン色素が極端に少なくなるという先天性の疾患だったはず。であれば、同じ理由で白く見える老人の髪色が、転入生のそれと同じように思えたのも、あながち見当違いではないだろう。


 ――ただ、私はもう、今は別のことが気掛かりになっていた。

 それは、担任によって述べられた、彼女の名。


「ご紹介に預かりました、永友真知です! ついこの間まで外国にいて、ここ最近の日本事情にはすごく疎いです! でも……日本に帰って来ることをずーっとずぅぅぅっと夢見てました。少しでも早く馴染めるよう、皆さんよろしくお願いします!」


 その名にどこか、引っ掛かりを覚えているのはなぜなのだろうか?


 永友真知。いわゆるキラキラネームとは違うけど、他にはあまり見ることもなさそうな、比較的珍しい名前。もしどこかで知り合っていたら、少しくらいは憶えていそうなものだけど……


 と、クラスメイトのガヤに応対する彼女を見て、私は頭をブンブンと振った。

 まぁ……きっと思い違いだろう。もしくは最近見たアニメかマンガで、似たような名前を見たとか、そんなところだ。

 そんなふうに自身に生まれた感情を片付け、私は再び教卓へと目を向ける。


「じゃあそろそろ、永友さんの席の方も決めちゃおうかしら? 多分今日決めた席のまま、卒業まで過ごしてもらうことになると思うけど……」


 私は頬杖を突いたまま、栗原ちゃんの台詞をボンヤリと聞き流した。

 なぜなら、私と隣接する席は三方ともバッチリと埋められていて、近くで空いている机はひとつもないから。転入生の席決めに関して、私の思考が挟まる余地はない。

 あの子の席は十中八九、私とは縁もゆかりも無い場所になるはずで、そしたらきっと、必要以上に関わることもないはずで……


 そんなふうに思いながら鼻を鳴らした。その時であった。


「……んぁ?」


 永友真知の青い瞳が、真っ直ぐに私を射抜いていると気が付いたのは。


 お互いの視線がガッチリと絡み合い、私は思わず喉を鳴らす。

 すると空虚に見えていた彼女の瞳孔には、失われていた光が明るく灯った。

 直後、周囲のガヤの全てを捨て置き、こちらへとズンズンと迫って来る永友真知。


「えっ? はっ……? えぇっ!?」


 ついつい挙動が不審になる。けれど彼女は、そんな私自身の反応にすら構うことなく、丁度私の眼前――絶賛遅刻中である友人の机の前で、その椅子の背もたれをムンズと掴んで引き出した。


「先生っ! 私ここがいい! ここ、誰もいないんだからいいでしょっ!?」


「ちょ、ちょっと待って永友さん。そこはまだ来てないだけで、森野さんの席だから……」


「大丈夫です先生! 机の移動は自分でやるし、その森野さんって人にも説明しておくんで!」


「え、えーとぉ……そういう問題じゃなくって、ねぇ?」


 慌てて栗原ちゃんが止めようとするも、当の転入生は聞く耳を持たず。容赦なく人の友人の机へと鞄を置き、椅子の上に腰を下ろせば、その上機嫌な顔をクルリとこちらへと向けていた。


「よろしくね! 伊関優希いせきゆうきちゃん!」


「え……あ、あぁうん。よろ……しく?」


 机をひとつ挟んだその先に、突如として飛び込んできた屈託のない少女の笑顔。

 その口調、一挙手一投足に至る全てが、なぜだか私の胸をざわつかせる。


「……って、ちょっと待って! なんでアンタ、アタシの名前を――」


「ん」


 けれど、降って湧いた疑念に声を上げようとしたその刹那。永友真知から伸ばされた人差し指が、私の額にそっと置かれた。

 それは決して、こちらを害そうとか、イタズラをしてやろという悪意は感じられない。なにか大切なものにでも触れるような、そんな優しい手つきだった。

 だから、というわけでもないけれど。なんだかその指先が振れた場所から、じんわりと温かな熱が伝わってくるような……そんな錯覚がして。


「え、えーっと……永友さん?」


「さんは、いらないよ」


 言葉を絞り出せば、そんなフレンドリーな返事と共に、額から離されたか細い指。その指はやがて、彼女の小さな胸の前へと引き戻され、反対側の指と合わさり、絵に描いたような恥じらう乙女のポーズが完成していた。


「あのっ、あのね?」


 途端に、さっきまでハツラツにしていた彼女の態度が、モジモジとした恥ずかしげなモノへと急変する。


「……そう、クラス名簿! 早く友達作りたかったから、事前に憶えてきてたのっ! だからこの席にいるの人の名前も憶えてて……」


「あぁ、そーゆー感じの子なのアンタ?」


 珍しいタイプではあるけれど、決して居ないわけでもない。だから私は、彼女の言葉に納得するのと同時に、先程感じた不思議な熱も、永友真知という名前に感じた謎の既視感も、気付けば頭の片隅へと追いやってしまっていた。


「ん。よろしく、永友」


「うん! こっちこそよろしくね、優希ちゃん!」


 こうして、改めて挨拶を交わした私たち。

 しかしその隣で、クラス担任の栗原ちゃんだけは、困った様子で肩を落としていたのであった。




 ――これが、私の記憶に強く深く刻み込まれた、自称魔法少女との初めての遭遇であった。

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