絶対阻止少女マトモ~暴走軽トラから助けてくれた魔法少女がコスプレだった理由~
KTX30
第1話 絶対阻止コスプレ少女
教習所からの帰り道。横断歩道を渡る私の眼前には、白い鋼板が差し迫っていた。
視界の端にある情報は、上部に埋め込まれたガラス板と、オレンジや銀色のヘッドライト。
俗に言う、軽トラックと呼ばれる代物である。
……青信号、だったんですけど?
思考は当然、そんな文句で埋め尽くされた。
まさか自動車に乗るための勉強をした帰りに、その自動車に命を脅かされるとは。ギャグにしたって笑えやしない。
そしてさらにもうひとつ。この状況にて知り得たのは、脳が最後に見せるのは走馬灯ではなく、この引き伸ばされたコマ送りのような一時だったということ。
おかげで飛ぼうが跳ねようが、恐らくこの身は無事では済まないという事実に、迷うことなく辿り着く。
「これ、死――」
最後に零れたそんな言葉すら、風切音によって吹き飛ばされた。
……そういえば、こんなこと小学生の頃にもあったような気がするなぁ。
その時も確か、帰宅途中にどこかへ寄り道する途中だった気がするけど。もし病院のベッドで目を覚ますことができたなら、思い出す努力でもしてみよう。
なんて、自分でも驚くほどあっさりと、私は命を手放す覚悟を決めていた。
しかし次の瞬間。
私が感じたのは時速60キロの衝撃などではなく、柔らかい人肌の温もりだった。
顔に吹き付ける突風により、ギュッと固く目を瞑る。
暗闇の中、それでも確かに感じられたのは、抱き上げられたことによる浮遊感。恐らくそれは、ほんの数秒の出来事。
けれど、さっきまで死の淵に立たされていた私には、それがとても長い時間に感じられた。
その浮遊感と、ガリガリというコンクリートを擦るような音が止んだのは、ほぼ同時だった。
荒ぶる風が落ち着いて、おずおずと瞼を持ち上げていくと、それは、私の視界に飛び込んでくる。
「大丈夫?」
くぐもった声と共に認識したのは、異様に瞳の大きな少女の顔面。
さらにその顔面が浮かべる、切って貼り付けたような無機質な笑顔だ。
「夢と絆の魔法少女、ジェミナスリリィただいま参上!」
……お面だ。
『張り付けたような』ではない。実際に、貼り付いていた。
それは赤いリボンに、特徴的なピンクのツインテール。幼い私も毎週欠かさずに見ていた『魔法少女ジェミナスリリィ』その主人公であるリリカ・リリィのお面。
いわゆるお祭りなどで見かけると、値段に驚かされそうなアレだった。
「待って。一旦待って」
そんなお面の少女にお姫様抱っこされたまま、私はようやくその一言を絞り出す。
ちなみに、私に突っ込んで来ていた暴走軽トラは、今や遥か遠くにいた。
「どうしたの? ……はっ! もしかして、どこか怪我でもした!?」
「いや、それは大丈夫。ただちょっとアンタへの対応に悩んでるからさ、もー少しだけ時間くれない?」
グイグイと顔を近づけてくるお面の魔法少女から、私は必死に顔を背け、若干早口気味に応答する。
「そうなの? まぁ……無事だったらいいんだけどさ」
「あと覗き込むのはマジで止めて。ふつーに怖い」
「ええええっ!?」
当然である。
なにせ、目を開けていきなりガチ恋距離にあるのが、顔面のパーツ比率が冒涜的で、生気も感じられない能面だったのだ。
たぶんアレ……不気味の谷現象ってやつ。理屈は知らないけど、とにかく恐怖を猛烈に煽る。唐突にそんなものを視野へと投入されて、平気でいられるJKなどいるものか。
するとどうやら、私の反応からそれを察してくれたのだろう。大げさに声を上げはしたものの、渋々とソーシャルなディスタンスを弁えてくれた自称魔法少女。
丁重に地面へと降ろされれば、私は自然と、そんな彼女の全貌を知ることとなる。
赤や桃色を基調としたスカートは、安っぽい光沢のサテン生地。更にその下を飾るフリルは、恐らくコスパ重視のレース素材だ。
一見するだけで察することができる……マジカル的要素など欠片もない、ごくごく普通のコスプレ衣装。しかもド◯・キホーテとかで売ってる、少し値は張るけど子供だって買えるような、そんなお手頃価格の一品だ。
なので私は、ひとまずこの状況へのあらゆる疑念を捨て置き、こう述べる。
「うーん、50……いや48点」
「嘘っ!? ちょっと厳しすぎないっ!?」
「厳しくないっ! 既製品なんだから順当」
別にコスプレについて一家言あるわけではないけれど、どうせやるのなら全身全霊を尽くして欲しい。
更に言うのであれば、私もジェミナスリリィという作品には結構思い入れがあったりする。
まぁ、なんか凄く好きだったんだよなぁ。程度の思い入れで、そこまで固執しているつもりはないのだけれど……とはいえ、まだ純粋無垢だった幼い時分の思い出を、そちらの勝手な振る舞いで汚してほしくはない。
「しかもアンタほら? お面の下にある地毛が目立って仕方ないのよ。その自己主張が激しい白髪がさ? せめて染めるとか、ウィッグの用意くらいできなかったわけ?」
「い、衣装の方で予算が尽きまして……お面に関しては、正直苦肉の策という形でしてぇ……」
「苦肉の策の割りにはよく用意できたわね。今やそのお面も結構レアなんじゃないの?」
「! そーなの! 分かってくれる!?」
私が思ったことを口にすれば、自称魔法少女は声のトーンを一段上げた。
前述の通り、ジェミナスリリィは私が小学生のころに放送されていたテレビアニメだ。
未だシリーズは続いているとはいえ、世代としてはかなり古い作品である。お面職人もトレンドを追わねば食っていけぬが故、恐らく希少価値だって付いていることだろう。
その根本的な計画性の破綻に、私は胡乱な顔を浮かべるも、それに気づくことなくコスプレ魔法少女からは、今や懐かしの決め台詞が飛び出す。
「危ないことは、絶対阻止!」
ビシッと決められたポーズに続く台詞は、戦う相手や、守るべき相手に向けられるものだ。
「気を付けて! 貴女の身には、次々と危険が降りかかるわ。なぜなら貴女も……選ばれた者なのだから!」
その、脳内の思い出と寸分違わぬモーションや言葉選びに、私も思わず「ほぅ」と感嘆の声を漏らす。
だから、称賛するほどではないのだけれど――
「だけど私がいる限り、貴女の未来は決して奪わせない! だって私は常若の園からやってきた魔法少女、ジェミナスゥゥゥ――」
「ジェミナスリリィ。アンタも好きだったのね?
「ほあっ!?」
同担であることを認め、記憶に新しいその名を呼んだ。
すると突然、目の前にいたコスプレ魔法少女……いや、先日転入してきたばかりのクラスメイトは、素っ頓狂な声を上げ飛び退いていく。
同時にその懐から、これまた既製品のマジカル・リリィベルステッキを取り出し、こちらへ先端を突きつけた。
「なっ、なっ、なっ……なぁにを言ってるのかな
「
「ふあ……ふあぁぁぁっ!?」
「や、普通に分かるってば」
お面からはみ出した特徴的すぎる地毛に加え、少し高めなその地声。それでいったい、いつどこで誰を誤魔化せると思っていたのか?
だからせめて、クオリティアップの意図も含めて、ウィッグか染髪は必要だと言ったのだ。
学校帰りの教習所。更にその講習が終わった夕暮れどきの帰り道。
互いを見つめ合う私たちの真ん中で、コスプレ魔法少女の握る市販のステッキは、いつまでもファンシーな効果音を響かせた。
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