第11話_ボクがボクである為に

 登校すべくエントランスを出ると、冷たい空気にさらされ、吐息が白く染まる。

 寒さに耐えながら寮を出ると、入口前に愛野が立っていた。


「おはよ、太椋くん」

「愛野、こんな朝早くに待ってたのか?」

「ううん、今来たとこだよ。なんだか今日は早くに目が覚めちゃったから、太椋くんと一緒に登校しようと思ってさ」

「今日一段と冷え込んでるからな。寒さで目覚めたようなら、部屋の暖房や寝具を見直した方がいいかもな」


 なんとなしにそんな助言をしたが、愛野は期待していた返事が返ってこなかったとでも言いたげだった。

 どちらともなく通学路を歩き出す。


「ここまで寒いと、近いうちに雪でも降りそうだよな」

「太椋くんは雪、降って欲しい?」

「寒いのはちょっとな」

「そっか。ボクは好きなんだけどな、雪」

「意外だな。寒いのは苦手なんじゃないかと勝手に思ってたよ」


 愛野はどこかねこっぽいところがあるので、その辺りの印象から俺が勝手にイメージを紐付けてたらしい。


「どーゆーイメージ?」

「ねこみたくこたつで丸くなってる感じかな」

「太椋くんの中では、ボクってそーゆーイメージなんだ」

「まぁな」


 サキュバスよりはそっちの方が愛野らしいしな。

 それを思うとサキュバス的なことに変に固執しなくなった愛野になら、前々から疑問に思っていたことを聞いても問題なさそうだな。


「なぁ、愛野」

「なに?」

「前々から聞こうと思ってたんだが、なんで女装してるんだ?」


 俺の質問にきょとんとした愛野は、どこか呆れたように笑った。


「本当に今更だね」

「女の子を恋愛対象に思えなかったことや、例の事に固執することも少なくなったんなら、わざわざ女装する理由もなくなったんじゃないかと思ってな」

「あー、太椋くんはそういう風に受け取ってたんだね」


 納得いったという様子の愛野は、とんとんと数歩大きく前に出ると、くるりとこちらを振り返った。


「ねぇ、太椋くん。ボクのこの格好って似合ってるかな?」

「ああ、よく似合ってるよ」

「ありがと。我ながら自画自賛しちゃうけどさ、この格好ってボクによく似合ってるよね。それって、充分な理由になり得ないかな。ボクはボクがボクらしくなることが出来るこの格好が好きだよ。別にあのことがあったから、そうしてたってわけじゃないよ」


 俺は勝手に愛野が重いものを胸の内に溜め込んでいるんじゃないかと思い込んでいたらしい。

 愛野はサキュバスじゃなく、愛野なのにな。

 俺の方がサキュバスだとかなんだとかを気にし過ぎてたみたいだ。


「だからさ、ボクがボクである事を見失わないでね」


 愛野の言葉に、俺は愛野自身と向き合えていなかったのだと自覚させられた。


  

「みんなでパーティやんない? ちょうどクリスマスだしさ」


 終業式を目前に控えた教室で、卯廻は唐突にそんな事を言い出した。


「前もって周知してるならともかく、みんな予定あるんじゃないか」

「だいじょぶだいじょぶ。太椋以外には既に連絡済みだからね」

「場所は?」

「太椋の部屋」

「さすがに許可が下りないだろ、男子寮だぞ」

「それも問題ないよ。ねっ、亞夢ちゃん」


 卯廻に話を振られた愛野は、俺と違って前もって話を聞かされていたらしく、動揺の色はなかった。


「問題ナッシングだよ。長頼おさらいさんにも門限までならってことで許可もらえてるし」

「長頼さん?」

「管理人さんだよ。よく宿泊申請書の手続きしてもらってるんだ」

「あんだけ頻繁に泊まりに来てりゃ、そりゃ管理人さんとも顔見知りか」


 俺自身は管理人さんとは、ほぼほぼ面識なかったが、愛野はかなり親しいようだった。


「許可が出てるんなら、別に構わないが。誰が来るんだ?」

「あたしでしょ、あとは蘇明、代篠、美織みおりちゃんに芹那ちゃん、それと香恋かれんね」

「お前は鯉墨とふたりがよかったんじゃないか」

「門限後は、そーするつもりだよ」

「さいですか。というか、蘇明も来るんならあいつの部屋でもよかっただろ」


 そう苦言を呈すると卯廻は、少し嫌そうな顔をした。


「いや、なんかあいつの部屋男臭そうだし、そんなとこに香恋は連れて行きたくないしね。太椋の部屋なら亞夢ちゃんも頻繁に出入りしてるみたいだし、そうそう男臭くはなってなさそうだなって思ってさ」

「ひどい偏見と選定理由だな。あいつをパーティに誘ってるのも不思議なくらいなんだが」

「だってあいつ人目がある前で土下座してくるんだもん。あれで突っぱねるの無理だって。仕方ないからストッパー役として代篠も呼んどいたんだけどさ」


 その情景がありありと浮かび、なんとも言えない気分になった。


「それで俺はどうすればいいんだ。今聞かされたばかりで、準備もなにもないんだが」

「それはうちらでやっとくから、太椋は部屋だけ貸して。それだけだとあれだってんなら、亞夢ちゃんの買い出しの手伝いとかでいいんじゃない。あたしらも行くし」

「適当だな」


 終業式が終わっての帰宅後、俺は愛野と一緒に卯廻との待ち合わせ場所に向かった。

 待ち合わせ場所の商店街入口には、既に待ち合わせしていたふたりの姿があった。


「悪い、遅れたみたいだな」

「まぁ、誤差の範囲じゃない。来なきゃ来ないで、あたしらはデートを楽しむだけだし」

「買い出しじゃなかったのかよ」

「それはそれ、これはこれ、ってなわけで二手に別れますか」

「待ち合わせの意味とは?」


 そんなやり取りを卯廻としてると、それまで傍観していた鯉墨が待ったをかけた。


「ちょっと初花ういか、約束したんでしょ。ごめんね、太椋くん」

「いつものことだしな。気にするなよ、鯉墨」


 鯉墨とは卯廻と同様に小中と学校が同じで、付き合いこそ長いが、所属クラスの教室が離れていることもあって最近は顔を合わせていなかった。

 卯廻は鯉墨と付き合っていることもあって、頻繁に会いにいっていたようだけどな。


「太椋くん、太椋くん、どーゆー知り合い?」

「もしかして愛野は面識なかったのか」


 それを肯定するように愛野はこくこくと頷いていた。

 愛野って、こういうとき人見知りするようなタイプだったかと思いながら、鯉墨を紹介する。


「彼女は鯉墨香恋、卯廻の恋人だよ。んで俺ら3人は一応幼馴染ってところかな」

「よろしく、愛野さん」

「亞夢でいいよ。初花ちゃんもそう呼んでるし」

「じゃあ、私のことも香恋って呼んで。それはそうと、ふたりは恋仲なの? ウワサで聞く限り、かなり仲良さそうだけど」


 ぐいぐいと話し込む鯉墨に、愛野も押されがちになっていた。

 こうなってくると放って置かれた卯廻が黙ってないはずが、どうにも静かだった。


「卯廻、どうしたんだ。珍しく静かじゃないか」

「ふっ、わかってないな、太椋は。ふたりのときにはみられないはしゃぎ方をする香恋をみれる絶好の機会をあたしが逃すはずないでしょ」

「なんでもいいが、このまま話し込んでたら時間なくなるぞ」

「それもそっか。ふたりとも〜、そろそろ買い出し行くよ」


 そう言って、愛野たちの会話に割り込んだ卯廻は、鯉墨の手を取っていた。


「さっ、行くよ。おふたりさん」


 鯉墨と手を繋いだ卯廻は、デートでもするようにふたりで先に行ってしまった。


 パーティで使えそうな小物類や、クリスマスらしいオードブルなどを買い揃え、準備は万端と寮へと続く坂道を歩く。

 卯廻たちは楽しげに会話しながら、もう随分と先を歩いていた。

 ゆっくりとした足取りで隣を歩いていた愛野が、ふと口を開いた。


「ねぇ、太椋くん。幼馴染っていいね」

「うん? どうした急に」

「あんなに仲良さそうだし、これまで積み上げてきた時間が全然違うんだろうなって、実感するよ」

「なに言ってんだ。それなら、俺と愛野も同じくらい一緒に過ごしてきただろ」

「え?」


 愛野は立ち止まり、目を丸くして俺を見上げていた。


「こっちだと、まだ知り合って1年も経っちゃいないが、向こうでは10年近く一緒だっただろ。ある意味では俺らも幼馴染みたいなものだし、羨む必要はないんじゃないか」

「そう……だね」


 愛野はなにかを我慢するようにくしゃりと笑っていた。

 そうして立ち止まって俺と愛野が話していると、かなり先まで行ってしまった卯廻たちが、俺たちの遅れに気付いたらしく、大きく手を振って俺らを呼んでいた。


 寮の前に付くと、卯廻が事前に知らせていたのか、真角さんと茶蔵さんが待っていた。


「やほ、みんな。あと来てないのは代篠くん?」

「代篠なら先に来て蘇明の部屋に居るはず」


 真角さんと卯廻がそんな会話をしていると、エントランスから話題の当人が姿を見せた。


「代篠、蘇明は?」

「あー、なんだ。あいつ完全に寝落ちしちゃってるっぽい。インターホンも電話も全くの応答なし」


 代篠は申し訳なさそうに報告する。

 それを聞いた卯廻は、呆れたとばかりにぽつりとひとことコメントした。


「……遠足が楽しみな小学生か」


 どうやら蘇明はパーティが楽しみ過ぎて、興奮のあまり、昨日は寝れてなかったらしい。

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