第10話_計画的告白騒動
購買で昼食のメロンパンとココアソーダを買い、いつものように屋上へ向かう。
今日、愛野はいつも談笑している女子グループの面子と昼食を摂るとのことだった。
愛野とはここのところ一緒に昼食を摂ることが多かったこともあり、久々にひとりでの昼を満喫することになった。
俺は人の出入りがほぼない特別教室棟の屋上に足を運ぶ。
ここは各学年の教室棟とはそこそこ距離があり、放課後でもない限りめったに人は来ない。
それをいいことに昼休みはよく独占させてもらっていた。
が今日はそうではないらしかった。
屋上の扉に手をかけ、少し押し開けたところで今にも消え入りそうな声が屋上から聞こえてきた。
姿こそ目に入っていないが、どこか緊張した雰囲気が扉越しにも伝わってくる。
この雰囲気の中、出ていくのはまずいだろうと俺は音を立てないように扉を閉めようとした。
「私と付き合ってもらえないかな」
「……ごめんね」
「うん、そうだよね」
聞こえてきたのは告白の応酬。
それも断った方の声は、かなり聞き慣れた声だった。
告白を断られた相手は、初めから結果がわかっていたらしく、どこか投げやりのように感じた。
足音が近づいてくる。
俺は咄嗟に隠れようとしたが、隠れられるような場所もなかったので階段を数段降りて、今来たように装おうことにした。
階段を登り直していると、扉の向こうから姿を見せたのは、愛野とよく話をしている茶蔵さんだった。
俯いたまま階段に足をかけた茶蔵さんは、俺が屋上への階段を登って来ているのに気付くと、足を止め複雑な表情を浮かべていた。
今、口を開いたらなにを言っても白々しくなりそうだと感じた俺は、挨拶代わりに片手を上げ、茶蔵さんの隣を素通りして屋上へ出た。
その間、茶蔵さんは微動だにすることなく、ただただ立ち尽くしていた。
屋上の扉が軋みを上げて閉まる。
屋上に出てすぐ見渡せる場所に、愛野の姿は見当たらなかった。
周囲に視線を走らせると、愛野はフェンスに手をかけ、青座嶺の裾野に広がる街並みを見下ろしていた。
物思いにふけっている愛野に話しかけるのも憚られ、俺は無言でいつものベンチに腰を下ろした。
愛野はカシャリとフェンスを鳴らすように離れ、俺のとこまで来ると隣に無言で腰掛けた。
「ごめんね、太椋くん。タイミング悪かったよね」
「俺に謝ることはしてないだろ」
「そう……なんだけどね」
「で、どうするんだ。あいつらと昼食一緒するんじゃなかったのか」
「どうかな。芹那ちゃんと約束はしてたけど、ここに呼び出す口実だったみたいだし」
愛野はベンチに腰を預け、空を見上げた。
「なんかさ、前にボクが男装したことあったじゃない?」
「ああ、そんなこともあったな」
「あれから芹那ちゃんとは、ぎこちなくてね。表面上はふつーに接してくれてたけど、やっぱり一度失った信頼は簡単には取り戻せないなって思ってたんだけど……なんか思ってたのと違ったみたい」
愛野は膝の上で組んだ指を落ち着きなく、にぎにぎとしながらため息をついた。
「あれでよかったのかな。でも、女の子がボクに恋愛感情を抱くとは思えないんだよね」
「それは例の件があるからか?」
サキュバスのことを直接口に出すのは躊躇われ、言葉を濁して尋ねた。
「この間、それに関して太椋くんには固執し過ぎないようにって言ってくれたじゃん。今思うと、芹那ちゃんには不誠実な向き合い方しちゃったかな。初めからありえないものとして拒絶しちゃってたし」
「それならもう一度きちんと向き合えばいいんじゃないか。前に自分で言ってただろ。女の子の大切な気持ちを受け取ったんならどうすべきかってさ」
半年前くらいに愛野が言っていたことを引用する。
それを聞いた愛野は目を伏せ、苦笑した。
「そうだね。ボク、行ってくるよ」
愛野はベンチから腰を上げ、パタパタと屋上を後にした。
ひとり残された俺は、昼食のメロンパンをもそもそと食べながら、愛野はどんな答えを出すのかと考えを巡らせていた。
「それで、茶蔵さんとデートすることになったと?」
「う、うん。そーだね」
その日の晩に俺の部屋に乗り込んで来た愛野は、あの後の顛末を俺に話して聞かせていた。
「それはわかったが、なんで俺のところに泊まりに来てるんだ」
「待ち合わせ場所、ボクの家からより、ここからの方が近いからね」
「ホテル代わりに便利に使われてんな、俺の部屋も」
「今日のお夕飯の材料持ち込みだし、これくらい多めにみてよ」
愛野が持ち込んだ材料で用意されたのは、水菜がたっぷりと使われた水炊きだった。
テーブルの中央には鍋があり、水菜の他に、しめじ、豆腐、鶏肉などが茹で上がっていた。
それぞれの器に取り分け、ポン酢だれでいただく。
「あったかいね」
「ここのところすっかり寒くなっちまったしな」
「だね〜」
和やかに夕飯を食べながら団欒していると、俺のスマホが着信を知らせた。
「悪い、電話だ」
画面を確認すると、着信相手は真角さんだった。
こんな時間にかけてくるのは珍しいなと、通話を受ける。
「珍しいな、どうしたんだ?」
「太椋くん、明日って、ひま?」
「特に予定はないが」
「じゃあ、10時に鯉墨公園の東口に来て」
「別に構わないが、なにをするんだ」
「なんか明日さ、芹那が亞夢ちゃんとデートするらしくってさ。心配だから、ちょっと様子を確認したいのよ。あの子、思い詰めると暴走しがちって言うか、今回もやらかしてるっぽいし」
「それ、俺も行く必要あるのか?」
純粋に疑問に思って、そう尋ねると真角さんは、俺に聞かせるように盛大にため息をついた。
「ちょっとそれ本気? 太椋くん、亞夢ちゃんのこと気にならないの」
「当人同士の問題だろうし、俺がどうこうするのもな」
「いやいや、ふたりのデートの邪魔はしないよ。変な空気になってないか、ちょーっと様子を見れればそれでいいの。とにかく、明日10時ね」
一方的に約束すると、真角さんは通話を切っていた。
「誰からだったの?」
「真角さんだよ」
「なんか珍しいね」
目の前の愛野も関わる内容だっただけに、通話内容に言及することも出来ず思わず苦笑してしまう。
「荷物持ちを頼まれたんだよ、男手が必要なんだとさ」
適当な内容をでっち上げ、愛野に伝える。
「えー、なに、デート?」
「それは100%ないな」
「断言しちゃうんだ」
「そりゃ、色気のある内容じゃなかったしな」
「ふーん」
愛野は疑わしげな視線を向けてきたが、それを雑に受け流した。
翌日、愛野は俺より30分早く部屋を出た。
真角さんに指定された鯉墨公園までは、それほど時間もかからずに到着した。
先に来ていたらしい真角さんは、腕を組み仁王立ちして待ち受けていた。
「遅れずに来たようね」
「一応、約束したからな」
「じゃ、行きましょ」
そう言った真角さんは躊躇いも見せず、足早に歩き出す。
「行き先はわかってるのか?」
「そりゃね。芹那にはデートコースの相談されてたからね」
足を止めることなく先を行く真角さんが、不意に足を止めた。
ぶつかりそうになりながら、俺も足を止める。
すると真角さんは、建物の角からひょこりと頭を出し、道の先をうかがっていた。
俺もそれを真似て頭を出すと、愛野と茶蔵さんが楽しげに談笑しながら並んで歩いているのが目に入った。
「案外うまく行ってるっぽい、かな?」
「少し気にし過ぎだったんじゃないか」
「かもね。はぁー、もう。休日だってのに私はなにしてんだろ」
真角さんは脱力したようにだらりと肩を落とし、しばらくすると復活したのか、俯かせていた頭を勢いよく上げた。
かと思うと両手でがしりと俺の手を握った。
「もー、なんか虚しくなってきたし、私らもデートしよ、太椋くん」
「……わかったよ」
鬼気迫る様子の真角さんに若干引きながら、俺は真角さんの提案を承諾した。
はからずも愛野が疑っていた通りになってしまったらしい。
真角さんの買い物に付き合わされてあちこち歩き回り、くたくたになりながら帰宅すると、愛野が部屋の中央で両手を腰に当て、膨れっ面をして俺を待ち構えていた。
「太椋くん、ボクに言うことはないかな?」
「取り立ててないと思うが、なにかあったか?」
そう疑問を返すと、愛野は不機嫌さを隠さず、ますます頬を膨らませていた。
「太椋くん、ボクは怒っています」
「そう……みたいだな」
愛野に距離を詰められ、たじたじになりながらも応じる。
「太椋くん言ってたよね、デートじゃないって」
「言ってたな」
「もー、ウソつきじゃん」
「まぁ、結果的にはウソつくことになっちまってたみたいだな」
成り行きでデートすることになった俺と真角さんの様子を、どうやら愛野はどこかで見かけていたらしい。
愛野は俺の胸元に額を押し当てるように、ぽすんと頭をぶつけてきた。
「もうウソついちゃダメだからね」
「わかったよ」
俺の返事を受け取った愛野は、それで満足したようだった。
俺と真角さんに関する話題はこれで切り上げ時だろうと、愛野に話を振る。
「で、そっちはどうだったんだ。デートだったんだろ?」
「うーん、解決したというか。逆に困ったことになったというか……ボクに関する問題自体はちゃんと解決したんだけどね」
「なんだ歯切れが悪いな」
「乙女の秘密にまつわることだからね、おいそれとは太椋くんには話せない感じかな」
「?」
言葉は濁されたが、愛野に関わる問題自体は解決したのなら、下手に詮索はしない方がいいかもな。
週明けの教室、愛野は俺の危惧などものともせずに、いつものメンバーとの間にあったぎこちなさなどウソのように談笑していた。
ただ代わりに真角さんがそわそわと落ち着きがないようだった。
「前々から聞きたかったんだけど、亞夢ちゃんは、付き合うなら男子と女子、どっちがいいの?」
そんな質問を愛野に投げかけたのは、茶蔵さんだった。
その質問に便乗するように卯廻が会話に割り込む。
「それ、私も気になる」
「えっ」
「ほらほら、どうなんだい」
卯廻の言動に、愛野はたじたじになりながら頰を掻く。
「……そうだね。ボクは好きになるなら性別なんて気にしないよ」
サキュバスであることで、女子に好かれることはないと思い込んでいた愛野の心持ちは、この週末で大きく変化したらしい。
そんな愛野を見守っていると、愛野がちらりとこちらに視線を投げかけ、微笑んだように見えた。
しかしそれも一瞬のことで、すぐに逸らされたため、気のせいのようだった。
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