第09話_魅了未満のアプローチ
「太椋くん、みてみて、冬服」
「そいや、来週から衣替えだったな」
「だよ。久しぶりに袖通したし、せっかくなら太椋くんに1番に見せたげよーと思ってさ」
愛野は冬服姿でくるくると回って、はしゃいでいた。
愛野の冬服姿を目にするのも大体4ヶ月ぶりくらいになるが、初めて愛野の姿を目にしたときの印象は今も色濃く記憶に残っている。
「その姿を目にしてから、半年くらい経つが、愛野は変わらないな」
「残念なことに高校入ってから身長なんてミリも伸びてないからね、ボク。それに比べて太椋くんと来たらひとりどんどん大っきくなっちゃてさー。ちょっとそこに立ってみてよ」
愛野に言われるがままにベッドから腰を上げる。
愛野は目の前に立ち、身長を確かめるように俺の頭に手を伸ばした。
俺と頭ひとつ分は身長差のある愛野は、クラスでもかなり小柄な方だった。
「うーん、やっぱりサキュバスの血が影響してるのかなぁ」
「愛野の家系が元々そういう感じなんじゃないのか?」
「どうかなぁ、お母さんは170後半くらいはあるし、お父さんも太椋くんくらいはあるんだよね」
「そうなのか?」
「だよだよ〜、だからやっぱりサキュバスの血が悪さしてるんじゃないかって思うんだよね、ボクは」
事実はわからないが、愛野はわけ知り顔で腕を組み、ひとり首肯していた。
「確かに愛野が華奢なのはそれが理由なのかもな。手脚も細いし、ウエストもちょっと心配になるくらいだしな」
「そうなんだよね。太椋くんよりたくさん食べてるんだけどね」
愛野の健啖家ぶりを知っていると、より不思議に思えた。
「なんていうかサキュバス的には、この体型がベストなのかもね。声変わりする気配もないし、喉仏も全然目立たないしさ。男っぽい身体の変化は、ことごとくオミットされてる感じなんだよね。体毛も全然生えてこなくて全身ツルツルだしね」
自身の身体の変化を赤裸々に話す愛野は、恥じらいをどこかに忘れてしまっているとしか思えなかった。
「そんなことまで俺に聞かせてどうするんだよ」
「気になるんじゃないかなーって思ってさ。なんなら確かめてみる?」
そう言った愛野は、スカートの中に手を入れ、着用していたストッキングに手をかけていた。
「おふざけが過ぎるぞ」
エスカレート気味な愛野の振る舞いに釘を刺すように、額をこつりとノックした。
「もー、恥ずかしがっちゃってさ。それとも太椋くん自らの手で脱がしたかったの? ボクは抵抗しないよ」
「変な前振りをするな。俺はやらないからな」
愛野は自身がサキュバスだと明かして以降、ふたりだけで居るときは、この手のおふざけが頻繁になされるようになった気がする。
「太椋くんは、奥手だね」
「奥手とは違うと思うが」
「そんなんじゃ、欲しいものがいつか目の前に現れても逃しちゃうよ……なので」
溜めるように、一度言葉を切った愛野は右手で左眼を数瞬だけ覆い隠し、片目をつぶった。
「ボクのサキュバスの魅了能力を使って、素直にさせてあげるよ」
「遠慮する。嫌な予感しかしないしな」
「えー、つまんない。ちょっとくらい付き合ってよ」
愛野に迫るように追い詰められ、後退りした俺は足を取られてベッドの上に倒れ込む羽目になった。
俺に覆い被さるようにして、ベッドに乗り上げてきた愛野は、左眼を閉じたまま俺に迫った。
「そんな逃げることないのに」
愛野の左眼が開かれる。
愛野の瞳は淡く桃色の光を帯びていて、どこか怪しい雰囲気を漂わせていた。
「これで魅了にかかっちゃったね。……今ならちょっとくらい魅了のせいにしちゃってもいいんだよ」
そう言い終わる頃には、愛野の瞳は元の色に戻っていた。
「……なんてね。少しおふざけが過ぎちゃったね」
愛野は体勢を起こし、膝立ちになると俺から視線を逸らす。
「やっぱり出来損ないのサキュバスのボクじゃ、効果ないのかもね」
消沈したようにつぶやく愛野は、肩を落としてもじもじと両手の指を絡ませていた。
そんな愛野の姿を前に俺は、愛野の魅了の能力で一時的に高まった胸の鼓動が、治まらずにいた。
落ち込む愛野の頬に手を伸ばそうとして、直前で引き返させ、自分の目元を覆った。
冷静さを取り戻すように数拍置いてから口を開く。
「愛野、サキュバスであることを無闇に固執する必要ないぞ。らしく行こうぜ、今まで通りな」
これまで愛野が積み上げてきたアイデンティティが乱されているようで、見ていられなかった俺は、そんな風につい余計なことを言ってしまっていた。
しばし押し黙っていた愛野だったが、深々と息を吐くと俺の余計なお世話に愛野は耳慣れた声音で応じた。
「そだね。ボク、変にサキュバスであることを意識し過ぎちゃってたのかも」
すると愛野は両手で顔を覆って俯いてしまった。
「あー、なんか急に恥ずかしくなってきちゃった。ホントになんでボクあんなことしちゃったんだろ」
そう嘆く愛野の耳は真っ赤に染まっていた。
やっといつもの愛野が戻ったようで、俺は胸を撫で下ろした。
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