第08話_愛野さん家の事情
学校の帰りに愛野と喫茶店に立ち寄る。
注文した品が届くのを待ってから、愛野にスマホを借りた。
スマホの電池が昼には切れかかるようになり、そろそろ買い替え時かと考え、参考までに愛野の真新しいスマホの使い心地を確かめさせてもらう。
ただその際に、どうしても気になって仕方がないことがあり、尋ねる。
「なぁ、愛野。この待ち受け……」
「いいでしょ、前に春留ちゃんに撮ってもらったやつ」
愛野のスマホ画面には、以前鳩浦さんの撮影会で撮られた写真が待ち受けとして設定されていた。
「ダメかな?」
「ダメではないが。どうなんだ、これ。ひとに見られて変に思われないか」
「へーきヘーき」
「愛野が気にしないんなら、別にいい……のか?」
愛野の回答に疑問を拭えなかったが、別にいいかと受け流すことにした。
すると手にしていた愛野のスマホがメッセージを受信する。
通知画面には送信相手の宛名がお母さんとなっており、メッセージの冒頭内容は『彼氏はいつ紹介してくれるのでしょうか?
』となっていた。
愛野に彼氏がいるとは聞かされていなかった俺は、少なからず動揺してしまった。
「愛野、お母さんからメッセージ届いてるぞ」
俺からスマホを受け取った愛野は、メッセージを確認すると後ろめたげに俺に視線を寄越して来た。
「太椋くん、見ちゃったかな。さっきのメッセージ」
「彼氏がどうとかってやつか?」
「あー、うん、そんな感じのやつ」
「目に入ったのは冒頭だけだけどな」
珍しく歯切れの悪い愛野は、スマホを握りしめて頭を抱えていた。
「しかし、愛野。これまでそんなそぶりなかったが、彼氏居たんだな」
「え、いないよ」
「?」
あっけらかんとした愛野の返答に、さっき母親から送られて来たメッセージはなんだったのかと疑問に思っていると、愛野は俺が疑問符を浮かべているのを察したようだった。
「お母さんの言ってる彼氏って、たぶん太椋くんのことだから」
「……は? なんでそんなことになってるんだ」
「多分この待ち受けが原因かも」
「さっき大丈夫そうなこと言ってたが、思いっ切り誤解生んでるじゃねーか」
「お母さんとそんなやり取りしてるって知ってるのお父さんくらいだし、誰に見せるわけでもないから別に実害ないかなって思ってたんだよね」
「いやまぁ、確かに内輪だけの話題として語られてるだけなら、問題なさそうだが」
「でしょ?」
なんか誤魔化されたような気分だが、実際に愛野の家族と顔を合わせることも、そうそうないだろうしな。
「太椋くん、さっきのメッセージの内容気になる?」
「気にならないと言えばウソになるが、知る必要はないだろ」
「太椋くんの知らないところでボクとの結婚話が進められてるとしても?」
「かなり突飛な飛躍をしてるな。なんでそんなことになってるんだ」
「うちの親、かなりの心配性っていうか、過保護なんだけど、それとは別にうちの血筋とも関係する事情がちょっとあってね……」
意味深なことを言った愛野はしばし黙り込んで、何事かを考え込んでいた。
かと思うと意を決したように、俺の目を見据えて来た。
「今日、太椋くんの部屋に泊まってもいいかな」
「別にいいが、宿泊申請書の保護者記入欄どうするんだ?」
「それなら大丈夫」
そう言った愛野は、鞄からクリアファイルを取り出す。
クリアファイルの中には、既に保護者記入欄に署名がされた宿泊申請書が10枚近く用意されていた。
「ほら、前もってお母さんたちには書いてもらってるから」
「準備がいいと言っていいのか……これは」
「あとは日付入れて太椋くんがサインしてくれるだけなんだけど、お願い出来る?」
「わかったよ」
手渡された宿泊申請書の1枚にサインして愛野に返す。
「で、わざわざ泊まりに来てまで、今回はなにをするつもりなんだ」
「そろそろボクの事情を話そうと思ってさ。これ以上黙ってるのもなんだか申し訳ないし」
「そんなに畏まるようなことなのか?」
「太椋くんにも関係することだしね。ただかなり不可思議な内容だから、信じてもらえるかは、わかんないけどね」
愛野は手元の冷めたミルクティーを飲み終え、一息つくと席を立った。
「……太椋くんがずっと知りたがってたことも、知れると思うよ」
愛野が口にした言葉は、俺の心の奥深くを捉えた。
一瞬、愛野の意味ありげな微笑みに気を取られていたが、俺は手元のミルクココアを一気に飲み干し、愛野の後に続いた。
夕食の食材を帰りがてら買い揃え、ふたり並んで寮に帰宅する。
エントランス前で、愛野が宿泊申請の手続きを済ませるのを待ちながら、日が沈むのが随分と早くなったのを感じた。
「お待たせ」
パタパタと駆け寄る愛野と一緒に自動ドアを抜け、エレベータに乗り込んだ。
いつも愛野が泊まりに来るときとなにも変わらないはずなのに、どうにも落ち着かなかった。
エレベータから部屋までの廊下がいつもより長く感じてしまう。
玄関の鍵を開け、愛野に先に入るよう促す。
一歩遅れて俺も玄関に入り、背後で玄関扉が閉まると、いよいよもって、強い焦燥感めいたものに苛まれた。
「太椋くん、なんだか緊張してない?」
「……かもな」
俺が変に重苦しい空気を創り出しているのを崩すように、愛野は右人差し指でつんっと俺の額を一度突いた。
「眉間に皺寄ってるよ。そんな怖い顔しちゃダメなんだからね」
「あー、なんだ。すまないな」
俺は自分の髪を掻き乱し、手で目元を覆った。
「あんなこと言われたらどうしてもな」
「それって、やっぱり会って間もない頃にボクに聞いてきたこと?」
「まぁな」
「じゃ、お夕飯食べながらゆっくり話そっか」
夕飯は秋刀魚の塩焼きに味噌汁とシンプルなものに落ち着いた。
「ボク、焼き魚食べるの下手なんだよね」
「骨に沿って水平に箸を入れて、上半分から食べ進めていけば、そこまで変に身が崩れることはないぞ。反対側の身を食べるときに、わざわざ裏返したりしなければな」
「そなの?」
「下半分の身の小骨は、少しわずらわしいかもだけどな」
もくもくと秋刀魚を食べやすいように、箸で解体する愛野は、話のことなど忘れて食事に集中しているようだった。
これはメニュー選びが悪かった俺の落ち度なので、ただただ愛野のたどたどしい食事を見守る他なかった。
「ごちそうさま。なんかごめんね、食事しながら話をしようって言ってたのに」
「いいさ、明日は休みで、夜も長いんだしな」
「それなら、もう寝るだけって感じにしとこっか」
「そうだな」
片付けや入浴などを済ませ、就寝するばかりとなった俺と愛野は、ベッドに隣り合って座っていた。
「なんか新婚初夜って感じだね」
「なんでそうなる」
落ち着かない空気を混ぜっ返した愛野は、大きく伸びをして仰向けにベッドに倒れ込んだ。
「ねぇ、太椋くん。サキュバスって知ってる?」
天井を見上げながら、愛野はそんなことを言った。
質問の意図はわからなかったが、俺はそれにありきたりな答えを返す。
「あれだろ、男にエロい夢をみせて精気を喰らう悪魔かなんかだっけか」
「そう、それ」
「そのサキュバスがどうしたんだ」
仰向けになる愛野に目を向けると、愛野は自身の目を左腕で覆い隠していた。
「えっとね。ちょっとオカルトな話になるんだけど、うちのご先祖さまってね、偉い人を悪夢から守る『
確かに愛野が前振りしていたように不可思議な内容だったが、夢の女の子と瓜二つな愛野のこともあってか、すんなりと話を聞けていた。
「じゃあ、愛野はその先祖返りかなにかで夢に関する能力を持ってるとかなのか?」
「うーん、ちょっと違うかな。何代か前のご先祖さまが、サキュバスと夢の中で知り合ったらしくってね。なんていうかその……結婚したらしいんだ」
愛野は目を覆っていた腕を退かす。
すると愛野の瞳の縁は、淡く桃色の光を帯びていた。
がそれも気のせいかと思うほど短い時間で消えてしまった。
ただ愛野の瞳と目が合った瞬間、心なしか胸が高鳴ったように感じた。
「太椋くん。今、ドキッとしなかった?」
「言われてみると、そんな気もしないでもなかったかなってくらいだけどな」
「それがサキュバスの魅了の力なんだ。ボクが使うのは弱っちいけどね。こんな感じでボクの中にはサキュバスの血が混じってるんだ」
ふと愛野の話す内容に疑問を覚える。
「なぁ、愛野。サキュバスってのは、女なんじゃないのか? だったら男の愛野は」
「そだよ。男の淫魔はインキュバスだね。でも、ボクの場合は、サキュバスの血を引いてて魅了の対象も男なんだよね。身体は男なんだけどね」
愛野の声には、どこか自嘲めいたものが混じっていた。
「サキュバスの血が入って以降、ずっとうちの血筋には男児は産まれなくなってたんだ。でも、代を重ねてきたことでその制約も薄れたのか、男のボクが産まれた。単にそれだけならよかったんだけどね」
「なにか問題でもあったのか?」
合いの手を入れるように質問を投げかける。
「サキュバスの血と男の身体がかみ合わなくて、精気を上手く摂取することが出来なかったんだよね。精気がなくても死ぬようなことはなかったけど、身体は常に不具合を抱えた状態になってたんだ」
「それで病院に」
病院のことを聞いたのは夢の中でだったような気もするが、もうそれを気にする必要はないだろうと口に出した。
「うん。で、5歳になったときにサキュバスとしての能力が目覚めたんだけど、それも不完全でね。夢の中に入れるっていうものだったんだけど、誰の夢にも接続出来なくて、ただただ誰も居ないまっさらな空間に目覚めるまで閉じ込められるだけだったんだ。あれはちょっとキツかったかな。寝ても夢の中で眠ることも出来ないから、何日もずっと起きてるようなものだったから」
愛野の手が俺の存在を確かめるように、俺の手を握った。
「でね、何日も起きっぱなしで頭がおかしくなりそうだったとき、ボクの夢に迷い込んだ子が居たんだ……ううん、迷ってたのはボクの方かな」
愛野はつかんで居た俺の手に頬擦りする。
「その子は泣いてたボクによくしてくれてね。朝まで一緒に居てくれてたんだ」
「やっぱり、夢の中で逢っていたのは愛野だったんだな」
「正確にはサキュバスとしてのボクだけどね。夢の中ではサキュバスの血が色濃く出てるからか、どうしても女の子の身体になっちゃってたし」
愛野はごろりと寝返ると俺の腰に抱き着いて来た。
「やっぱりさ、太椋くんは女の子のボクと現実で逢いたかったのかな?」
「どうだろうな」
「と言うか、信じてくれるんだね。こんな突拍子もない話なのに」
「そりゃ、高校入学まで面識もなかったのに毎日のように夢で逢ってたらな。困惑よりも、納得感の方が勝ってるよ」
安心したのか、愛野は深々と息を吐いた。
話は一区切りついたので、俺は以前から気になっていたことを尋ねることにした。
「高校で顔を合わせて以降、夢に出てくることはなくなったが、なにか理由があるのか?」
愛野はねこのように俺の身体に押し付けていた額を離し、澄んだ大きな瞳で俺の顔を見上げてくる。
「こうして太椋くんに直接触れられるようになったからだよ」
「それって、なにか意味があるのか?」
「そだね。前はさ、夢の中でしか逢えなかったから、夢の中で太椋くんから漏れ出る精気をわけて貰ってたんだけど、今はこうして肌で触れて直接精気をわけて貰えてるから夢の中に入る必要がなくなったんだ」
愛野は精気を貰っていると言っていたが、俺には精気を奪われているような自覚症状はなにもなかった。
「それって、俺である必要はあるのか?」
ふと疑問に思い、そんなことを訊いた。
「あー、その辺のこと説明してなかったね。ボクが精気をわけてもらえるのは太椋くんだけだよ。サキュバスとして夢の中で繋がれるのも太椋くんだけってのも大きな理由だけどね。ボクの身体が男だからか、他の人からは上手く精気を受け取れないんだ」
その答えを聞いて、俺はなぜか安堵していた。
「さて、寝よっか。それとも向こうでお話の続きでもする?」
胸のわだかまりが解消されたのか、愛野はいつもの無邪気な笑顔を浮かべた。
俺は返事の代わりに、家で飼っているねこを相手にするように、ぽんっと愛野の頭に手を乗せ、髪を乱さないようにそっと撫でた。
「どったの?」
「いや、わざわざ向こうで話さなくても、夜は長いんだし、話をするならこっちでいいんじゃないか」
「なになに〜、太椋くん。そんなにボクと夜通しお話したいの」
すっかりいつもの調子が戻ったらしい愛野は、いつもよりスキンシップが過剰なようだった。
にしても愛野のサキュバス周りのことを聞いた今だと、過保護だという愛野の家族が俺を囲い込もうとしてるって話は、あながちウソでもないのかもな。
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