第04話_偽装の恋人(後編)

「まだ付き合ってないって、どういうことです。誰がどう見てもラブラブでしたよ」

「本当にそう見えたのか?」

「憎たらしいくらいでしたよ」


 猪狐狸は顔を歪めて情緒たっぷりに言ってのけた。


「仲のいい友人として普段からあんなもんだからな。恋人かって言われると、なんともな。今回に関しても、猪狐狸の付き纏いをやめさせる目的で、愛野と示し合わせてただけだしな」

「それ、言っちゃいます?」

「猪狐狸なら問題ないって思ったんだよ。愛野には相談せず、俺の勝手な判断だけどな」


 俺の説明を受けた猪狐狸は、呆れたとばかりに深々とため息をついていた。


「どうかしてますよ、太椋さん。愛野さんに恋人がまだいなって知って、僕がまた愛野さんに迫るようになったらどうするんです」

「猪狐狸はそんなことしないだろ」

「今日初めて顔合わせたばかりですよ、僕ら」

「いやな、猪狐狸の中に明確な線引きがあるようだったからな。これ以上は無理に踏み込んでくるようなことはないって思ったんだよ」


 猪狐狸は捲し立てるように俺の選択は、早計だったとくどいくらいに否定する。

 自身の名誉を傷付けるように、己を下げる発言を繰り返していた。


「それよりもです、太椋さん」

「な、なにかな?」


 なにやら使命感に燃えるようにして、猪狐狸はテーブルに手を付き、俺に顔を近付けてくる。

 なかなかの迫力に俺は、思わず椅子の背に背中を押し付けた。


「あれだけ愛野さんから好意を示されてるのに、まだ付き合ってないってどういうことですか」

「俺らのは兄妹のじゃれあいみたいなものだからな。そもそも愛野がそれを望んでないだろ」

「……」


 猪狐狸はマジかこいつとでも言いたげな顔をしていた。


「ああ、それとさっきの謝罪の言葉。愛野本人にいってくれ、あれであいつもかなり困ってたようだからな」

「……ですよね、すいません」


 反省する猪狐狸には酷かもだが、こんなやつだからこそ俺はひとつ頼み事をすることにした。


「それと最後にひとつ、あいつが男だって言ってたこと信じてやってくれないか」

「え……いや、さすがにそれは無理がありますよ。どっからどう見ても女の子じゃないですか」


 勢い込んで否定する猪狐狸に、俺ももっともだと思いつつも、愛野に対する俺の思いの丈を告げる。


「外見上では女にしか見えなかったとしても、あいつは男子を自称してる。そこにあいつはアイデンティティの重きを置いてるみたいだからな。それを信じてやりたいんだ」

「愛野さんを信じるからこそ、ですか。それなら……正直なところ心情的には受け入れ難いですが、理解はします」


 どうにか猪狐狸は納得してくれたようでよかった。


「助かるよ」

「にしても太椋さんは、酔狂ですね」

「そうか?」

「そうですよ。だって、発言と立ち振る舞いが矛盾している相手の恋人役なんですよ。ちょっと考えただけでも苦労するのが目に見えてますし」

「そうかもしれんが、目の前で困ってるやつがいたら手を貸すだろ。友人なら尚のことな」


 猪狐狸は愛野に対する気持ちの整理はついたのか、すっきりとした表情をしていた。


「太椋さん。貴方は愛野さんのことを友人としか思ってないかも知れませんが、仲睦まじいふたりはお似合いだと思いますよ、僕は」

「お似合いって、言われてもなぁ」

「尻込みしてるんですか。さっき僕におふたりが付き合っていないことを明かすとき、ご自分がなんで言ったか覚えてます?」

「なんか変なこと言ったか、俺」

「太椋さんは、『まだ』付き合ってないって言ったんですよ。要するに付き合いたい気持ちはあるってことなんじゃないですか」


 猪狐狸の指摘に、俺が無自覚に口にしていた言葉に息を呑むことになってしまった。

 俺たちがそんな言い合いをやいのやいのとやっていると、愛野が戻って来た。


「あれま、ボクのいない間に仲良くなったんだね」


 今回、待ち合わせ場所にしていた鯉墨公園に戻ると、猪狐狸は恥ずかしげにほおを掻きながら別れの言葉を口にする。


「僕はそろそろ帰ります。これ以上、おふたりの邪魔をするわけにはいかないですしね」

「ありゃ、もう帰っちゃうの?」

「ええ、愛野さんと遊ぶことも出来ましたし、いい思い出が出来ましたから。もう心残りはないですね」


 満足げな顔をした猪狐狸は、少し距離を置いたところで振り返り、声を張り上げた。


「愛野さんが男だったとしても、僕は好きです」


 突然の告白に愛野は驚いていたが、すぐに返事を返していた。


「ごめーんっ!」


 愛野の返事は初めからわかっていたのか、猪狐狸は大きく手を振りながら未練も見せずに立ち去って行った。


「断っちまってよかったのか?」

「む、太椋くんはボクが男の子と付き合うのに抵抗はないの」

「どうなんだろうな」

「もー」


 俺の返答が気に入らなかったらしく、愛野はほおを膨らませ、くるりと俺に背を向けた。


「ちょっとくらい妬いてくれてもいいじゃん」

「いや、俺ら恋人でもなんでもないからな」

「今日はまだ終わってないんだから、今はいいの」

「……それも、そうだな」


 愛野の言い分を受け入れ、俺は今日という日の約束を続行することにした。


「次、どこか行きたいところはあるか?」

「えっ?」

「今日はまだ終わってないんだろ」


 愛野の調子に乗っかってみたが、帰ってくる反応が予想出来ずに目を逸らしながら尋ねていた。

 すると愛野は返事の代わりに俺の腕を抱くと駆け出していた。


「どこに行くんだよ」

「展望台」


 愛野に腕を引かれて行った先は、いつもの通学路と買い物でよく使う学園のふもとの商店街だった。

 道すがら俺たちはクレープを買ったり、雑貨屋を覗いたりしながら愛野の考えたデートコースをたどって行った。


 学校付近にまで来たところで、俺たちは通り雨に見舞われた。

 俺たちは慌てて付近の公園の東屋に駆け込んだ。


「降ってくるとは思わなかったね」

「確か、予報は出てなかったと思うんだがな」

「傘ないし、どうしよっか」

「そもそもどこに行く気だったんだ」

「学校だよ。うちの学園って、青座嶺あおざみねを一望出来るところに建てられてるからね、あそこ自体が展望台みたいなものなんだよ」


 そう語りながら遠くに意識を向ける愛野の表情は、どこか憂いを帯びていた。


「へっちょ」

「これ着とけ、風邪引くぞ」


 くしゃみをする愛野が肌寒そうに見えたので、俺は羽織っていたジャケットを愛野に着せた。


「ありがと、太椋くん」


 雨が降り止むのを待ちながら、雨音に耳を傾けていると、ぽすりと肩に重さがかかる。

 見れば愛野がすうすうと寝息を立てて居眠りしていた。


 猪狐狸には愛野とお似合いだと言われたが、どうなんだろうな。

 愛野といるのは楽しいし、飽きない。

 たわいない日常も愛野といれば、特別なものに思える。

 俺たちの間にあるのが、友情か、愛情か、俺には判別出来ない。

 ようやく現実で出会えた愛野と、俺はどう向き合っていけばいいんだろうか?


 そんな悩みを抱えながら、今日一日での気疲れからか、俺も愛野の寝息に誘われるように眠りに落ちていた。


 後日、なぜか俺だけが風邪を引いていた。

 愛野は元気なようで、病欠した俺に電話をかけてきて『お見舞いに行くよ』と勢い込んで言っていた。

 常備薬なんてなにも用意していなかった俺は、申し訳ないながらも愛野にお見舞いを頼むことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る