第03話_偽装の恋人(前編)
いつものように俺の部屋を訪れた愛野は、珍しく神妙な様子で、以前勝手に持ち込んできたクッションの上に正座すると、俺に相談を持ちかけて来た。
ベッドに腰掛けてよくよく相談内容を吟味すると、なんともコメントに困ってしまった。
「……話をまとめると、その
「そうなんだよ、何度も断ってるのにさ」
「男だって言ったらどうだ。信じなかったとしても、さすがにそこまであからさまにされたら引き下がるくらいはするだろ」
「それが全然信じてもらえなかった上に、男子を相手にするのを恥ずかしがってるとでも思われてるみたいでさ。昨日なんて校門の前で待ち伏せされてたんだよ。こんなことされるのも、もう3日目だしさ……さすがに疲れちゃうよ」
心底参ったといった様子の愛野は、がくりと肩を落として項垂れていた。
「そいつも相当だな。三顧の礼じゃあるまいし、心象が良くなることはないってわかりそうなもんだが」
「そうなんだよ。だからね、ついウソ言っちゃったんだ。彼氏がいるから無理だってさ」
「……それでそいつは引き下がったのか?」
そう聞き返すと愛野は後ろめたそうに、口元で両手の人差し指を突き合わせながらもごもごと答えた。
「あー、えとね。そしたら『その彼氏に会わせてください』って言ってきちゃってさ」
「……で?」
嫌な予感を感じながらも続きを促す。
「今度の日曜に会わせてあげるって言っちゃった。……太椋くん、彼氏役お願い❤️」
「お前さんなぁ、またそうやって事前に相談もなく巻き込みやがってからに」
俺は両拳で愛野のこめかみをぐりぐりと遠慮なく強めにはさみ込んだ。
「あうあう」
「はぁ……」
愛野がトラブルを持ち込むのはいつものことだが、今回の件は放っておくわけにもいかないしな。
「それ、引き受けるよ」
「いいの?」
「困ってるんだろ。これ以上付き纏われて、なにかあってからじゃ遅いからな」
待ち伏せやらなにやらで、印象的には相手は半ばストーカー化してるようなものだしな。
「それじゃ、ボクが太椋くんを立派な彼氏にコーディネートしちゃおっかな」
俺が彼氏役を引き受けたことで、いつもの調子を取り戻した愛野は、早速クローゼットを物色していた。
そうして迎えた日曜。
待ち合わせ場所の
相手の反応を様子見するためか、愛野が先んじて猪狐狸に声をかける。
「ごめん、猪狐狸くん。待たせちゃったかな?」
「あ、愛野さん」
今日の愛野はやたらと女の子らしさを強調するかのように、ガーリー系の衣装に身を包んでいた。
愛野の私服姿に見惚れたらしい猪狐狸は、褒め言葉を口にしようかと迷っているのか、そわそわとしていた。
ここで余計な時間を与えるのもどうかと思い、俺も猪狐狸の前に姿を見せる。
「どうも、愛野の彼氏の太椋です」
俺の名乗りを聞いた猪狐狸は、驚愕とも嫉妬とも取れないなんとも凄まじい顔をしていた。
「は、はじめまして、
俺に気圧されまいかとするように名乗る猪狐狸は、緊張からか冷や汗をかいているようだった。
「それで俺に会いたかったそうだが、君はどうするつもりなんだ。ただ俺たちの関係に横から水を差したかっただけなのか」
「……僕はただ見極めたいだけです。貴方が本当に愛野さんに相応しいのかどうか。そして僕の方が、貴方より相応しいと証明してみせます」
強い意気込みを見せる猪狐狸を強く見据え、それを跳ね除けるように言葉を返す。
「それは俺から愛野を奪うってことか。言っておくが、俺は誰にも愛野を渡す気はないぞ」
これでいいんだよな、とちらりと愛野に視線を送る。
愛野はほんのりとほおを赤らめて、恥ずかしげに口元に手の甲を押し当てて表情を覆い隠していた。
「べ、別に僕は愛野さんをトロフィーのように扱おうとしてるわけじゃありませんよ。ただ僕という人間を愛野さんに知って欲しいんです。そのくらいの切っ掛けくらいあってもいいじゃないですか。なんの接点もなく、終わりたくないんです」
「そうか、わかったよ。君がそれで満足するというのなら付き合うよ」
引き下がる様子のない猪狐狸に、俺は次の方針を求めて愛野に呼びかける。
「愛野、どこか行きたいところはあるか?」
「えっとねー、最近オープンしたショッピングモールあったじゃん。ちょっと遠いかもだけど、あそこ行かない?」
「下手にあちこち回るより、それが無難か」
事態が余計に面倒な方向に行っているような気もしなくもないが、仕方がないとため息を飲み込む。
後ろを付いてくる猪狐狸には聞かれないように、俺は愛野の耳元に口を寄せる。
「これからどうするんだ、愛野」
「それなら簡単なことじゃん。ボクらがラブラブなのを見せつければいいんだよ」
「ラブラブって、言われてもなぁ」
後ろ頭をかきながら、頭を悩ませる。
ラブラブってのが具体的にはわからないが、ここは俺なりに演出するしかないのか?
猪狐狸の視線もやたらピリピリとして刺々しく、キツいものがあるしな。
移動で使ったバスが急ブレーキをかけて、愛野が転びそうになるのを抱き止める。
といったパプニングもあったが、無事にショッピングモールに到着した。
ショッピングモールは、まだオープンしたばかりというのもあってか、かなりの賑わいを見せていた。
「愛野、目当てのテナントとかあるのか?」
「いくつかめぼしいのはチェックしてあるよ。そこ周りながら、途中良さげなとこあったら寄り道って感じいいかな。猪狐狸くんもそれでいい?」
「え、あ、はい」
施設案内するように先を行く愛野に導かれ、俺たちはモール内を巡って行った。
愛野に好みの服を選ばされたり、ゲームセンターで猪狐狸に勝負を挑まれたり、カラオケで愛野の美声を披露されたりと、なんだかんだでいつも通りに楽しむことが出来ていた。
これが愛野とのラブラブな様子にとやらに結び付いていないのは少々考えものだったが、猪狐狸は猪狐狸で勝手に自己嫌悪に陥っているようだった。
ただ愛野だけは、今日という日を充分に満喫しているようだった。
「これだけ回ると、さすがにちょっと疲れちゃったね」
後ろ歩きで俺たちの前を行く愛野の背後で、追いかけっこする子供たちがこちらへと勢いよく駆けてくる姿が目に入り、咄嗟に愛野を抱き寄せた。
子供たちは俺たちなど目に入っていない様子で駆け抜けて行ってしまった。
「平気か?」
「……うん。ありがと、大丈夫だよ」
「普段から危なっかしいんだから、ちゃんと前向いて歩けよ」
そう注意すると愛野は、なぜかご機嫌な様子で、ぎゅっと俺の腕に抱き付いて来た。
「どうした急に」
「ふふ、いーじゃん。恋人同士なんだしさ」
猪狐狸に対してここまで見せつけるように振る舞って大丈夫か、と思わなくもなかったが必要なことだろうと、愛野がやりたいようにさせ、それを受け入れた。
休憩がてらに立ち寄った喫茶店で、愛野はカップル限定スイーツとドリンクを当たり前のように頼んでいた。
スイーツの方はともかく、ドリンクの方はどうなんだ。
カップルストローなんて飲みにくくて仕方ないと思うんだが。
なんて多少躊躇いを覚えていると、愛野が期待した目で俺に催促していた。
俺は諦めの境地でストローに口を付けた。
その間、愛野はにこにことこのシチュエーションを楽しんでいた。
そんな俺らのやり取りを猪狐狸は白けたような顔で眺めていた。
「もうなんというか、もう胃もたれしそうなくらいお腹いっぱいですよ。ただなんていうか、思ってたより初心な恋愛を楽しんでるんですね。太椋さん、かなり遊び慣れてそうなのに」
愛野が選んだきれいめカジュアルなコーディネートがそういった印象を与えていたのか、猪狐狸はそんなことを言ってきた。
「ボクたちは高校生らしい青春を謳歌してるからね。今しか出来ない甘酸っぱい恋をひとつずつ大切に満喫してってるんだよ。簡単に消費されちゃわないように、忘れられない思い出をいっぱいつくりたいからね。キスするときも雰囲気に流されるんじゃなくて、毎回シチュエーションにこだわってるんだ〜」
愛野の中ではどんなストーリーが出来上がってるのか、やたらすらすらと言葉が紡がれていく。
よくそんなに澱みなく言葉が出てくるものだと感心すらしてしまう。
「そんなに親しげにしてらっしゃるのになんで、苗字呼びなんです?」
普段から名前でなんて呼び合わないから意識していなかった。
確かに恋人同士なら名前で呼び合う方が自然だよな。
「今まで意識してなかったな。付き合い始めてからも友人関係の延長みたいなところが抜けきれてなかったのかもな」
仲のいい友人同士でも普通に名前で呼び合ってても変じゃないし、問題ないよな。
「なぁ、亞夢」
俺からの名前呼びは想定していなかったのか、愛野は顔を真っ赤に染め上げていた。
それを誤魔化すように愛野は勢いよく立ち上がった。
「ボクちょっと席外すね」
それだけ言い残した愛野はパタパタと、この場を足早に離れて行った。
気疲れからため息が溢れそうになるのを我慢していると、俺の代わりに猪狐狸がため息を漏らしていた。
「太椋さん。おふたりがお似合いだというのは悔しいですが、事実のようです。今更、僕が割り込めるような、薄っぺらい関係じゃないのは充分に理解しました。なんというか、今回はご迷惑をお掛けしました」
謝罪の言葉と共に深々と頭を下げる猪狐狸の後頭部を目に、俺は彼に対する認識を改めた。
愛野には悪いが、今回に関しては、このやり方は俺には許容できそうもない。
「……悪いな、猪狐狸。俺と愛野はまだ付き合ってはいないんだ」
「え、は?」
俺の発言に猪狐狸は目を丸くしていた。
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