第02話_お泊りさんはサキュバス?
聞き慣れないスマホのアラームが鳴っている。
体感的にいつもの起床時間より、早く感じた。
そんな設定をした覚えのなかった俺は、ヘッドボードの上で充電してるスマホに手を伸ばそうとしたが、出来なかった。
「いい夢見れた?」
「……」
寝起きの耳元で囁かれた声に硬直する。
俺と同じベッドには愛野の姿があり、なぜか愛野は添い寝していた。
「昨日の夜は……すごかったね」
愛野は恥ずかしげに口元を隠し、つぶやく。
「愛野、お前さんなぁ……ほら、出た出た」
「あわわっ、落ちちゃう落ちちゃう」
俺のベッドに潜り込んでいた愛野を、ぐいぐいと押し退けると、愛野はベッドから落ちないようにと慌てて身体を起こしていた。
「愛野はそっちの布団で寝るって話だっただろ。なんでこっちに入ってきてんだ」
床に敷かれた客用布団を示しながら詰め寄ると、愛野はどこか不満げな顔をしていた。
「なんだよー、ちょっとどっきりさせようとしただけじゃんか。そんなにムキになんなくてもいいのに〜」
そうぶつくさとぼやきながら、愛野は俺の前であることを気にせず、パジャマを脱ぎ始めた。
「ちょい待て、お前さんは洗面所で着替えてこい」
パジャマを脱ぎかけていた愛野の背を押し、洗面所に押し込む。
愛野はそれが不満なのか、ドア向こうから上半身だけを覗かせる。
「男同士なんだし、別に一緒に着替えてもよくない?」
「よくありません」
そう言い切って、今度こそ洗面所のドアを閉めさせた。
これがあと数日続くかも知れないと思うと、深いため息が漏れ出た。
そもそもなんでこんなことになってるんだろうな。
前日の日曜早朝。
俺は朝食後に部屋の掃除を軽く済ませ、一息つくのにミルクココアをつくろうと牛乳を電子レンジで温めていた。
そこへ珍しくエントランス前からインターホンが鳴らされた『ピンポーン』という音が響いた。
こんな朝早くに誰だろうかとモニターを確認すると、そこには愛野の姿が映されていた。
受話器を取り、愛野に呼びかける。
「愛野、こんな朝早くにどうかしたのか?」
「あ、よかった。太椋くん、よかったらなんだけどボクを助けてくれないかな」
いつもやたらと元気な愛野の少しばかり憔悴したような声音に心配になる。
なにか厄介ごとに巻き込まれでもしてるのかと気になった。
ここから入館許可を出せればよかったが、入居している生徒が不用意に部外者を招き入れないよう制限されているために、監視カメラの設置されているエントランスまで直接迎えに行く必要があった。
「すぐ行く、ちょっとそこで待っててくれるか」
「うん」
電子レンジが牛乳の温め終わりを告げているのを無視して、俺はエントランスに急ぐ。
エレベータを降り、エントランスに出る。
エントランス前には愛野が所在なさげに壁に背を預け、大きなキャリーケースをバリケードのように身体の前に置いていた。
自動ドアの開閉する音で、はたと俺の姿に気付いた愛野はなにやら1枚の紙を手に駆け寄って来た。
「太椋くん、なにも聞かずにこれに署名してくれないかな」
手渡された紙に視線を落とすと、見出しには宿泊申請書とあり、署名欄にはご丁寧に付箋が貼ってあり『ここにサインをお願い❤️』とメモされていた。
いろいろと言いたい事はあったが、ここで言い合いをするのは不毛だと仕方なく署名することにした。
そこで筆記具がないことに遅ればせながら気付く。
それを察したらしい愛野が、すっとボールペンを差し出して来た。
「これ使って」
「ん、ああ」
受け取ったボールペンは、どこかで買って来たばかりだったのか、まだ未使用の状態だった。
ペン先の樹脂を取り除き、渋々ながら署名欄に『太椋
「これでいいのか?」
「ありがと、ちょっと待っててね」
愛野はそれだけ言い残すと、パタパタとエントランスを出て行き、10分程で戻って来た。
愛野の手には1枚のカードがあり、どうやら臨時の入館許可証のようだった。
「お待たせ。じゃあ、行こっか」
「どこへ、とは聞きたくはないが。俺の部屋に来るつもりか」
「そんなこと言っちゃって、わかってたくせに〜このこの〜」
愛野が肘で俺の脇腹を楽しげに小突いてくるのを受け止めながらため息をつく。
「家出……ってわけじゃないんだよな。保護者の署名欄にご両親のサインあったしな」
「もちろんだよ」
「ただなぁ、宿泊期間が1週間になってたのはどういうことなんだ」
「その辺の事情は部屋についてから話すね」
そう言った愛野は重たげにキャリーケースを引きながら臨時の入館許可証でエントランスに入って行った。
まだエントランスに俺が立ち止まっていたからか、愛野はこちらを振り向き催促する。
「ほら、行こっ」
「わかったよ。荷物は俺が運ぶよ。なんか重そうだしな」
「いいの?」
「ああ」
愛野が引いていたキャリーケースを受け取り、引いてみるとなにが入れられているのかわからないが、妙に重かった。
「なにが入ってるんだ、これ。着替えだけの重さじゃないよな」
「現物になるけど……宿代、かな?」
「別にそんなもの気にする必要はないが」
「そういうわけにはいかないよ。それにお父さんとお母さんに持って行きなさいって渡されちゃったしさ。男の子のひとり暮らしならきっと入用だろうからって」
愛野の返答にますます中身がわからなくなってきた。
入居している階にエレベータが止まり、愛野を案内するように先を行こうとして俺の部屋の前に誰かが立っているのが目に入った。
「たーむくくん、あっそっびましょ〜」
能天気な様子でインターホンを鳴らしていたのは同じ階に入居しているクラスメイトの
「蘇明、宿題は片付いたのか?」
「いや〜、それがまだなんだなぁ。だもんで、太椋さんにご教授いただこうと──な、ななな」
俺の少し後ろに控えていた愛野に気付いたらしい蘇明は、小脇に抱えていたノート類をバサバサと取り落としていた。
「そんなこと言って、今回も丸写しする気なんじゃないか。今日くらいは自分でやれよ」
この後、愛野に説明を聞かなきゃいけないこともあり、蘇明には悪いがここは引き下がってもらうことにした。
硬直する蘇明に説教くさい言葉を送り、俺と愛野は部屋に入る。
ドアが閉まる直前、愛野は蘇明に対して、じゃあねとばかりにひらひらとちいさく手を振っていた。
「で、説明してくれるんだろうな」
「実はさ、家のリフォームで1週間くらい仮住まい用意しなきゃだったんだけどさ。両親の長期の出張に合わせてスケジュール立ててたから、ボクだけはどうしようかってことになって……それで最初はホテルにって決めてたんだけど、お母さんがそれは心配だって言い出してさ。だったら学生寮に住んでるお友達のところに泊めてもらうよって、苦し紛れに言っちゃったんだよね。そしたらそれでお母さんも納得してくれてさ。太椋くん……迷惑だったかな?」
不安そうに俯く愛野の額をこつりと軽くノックする。
「迷惑だとは思ってないさ。ただ前もって相談してくれてりゃ、とは思うけどな。事前に迎える準備とかも出来ただろうし」
「じゃあ、いいの?」
こしこしと額を擦りながら瞳を潤ませた愛野は、へにゃりと笑っていた。
「そう言ったつもりだったんだが、断った方がよかったか?」
「もー、太椋くんは素直じゃないなぁ」
「にしても寮生でもないのに、よくあんな手続き知ってたな」
「まぁね〜」
いつもの調子を取り戻した愛野は、てしてしと俺の腕を叩いた。
「そんで、そのキャリーケースでなにを持ち込んできたんだ?」
「お米だよ」
「そりゃ助かるが、どんだけの量持って来たんだ。着替えだけにしては重いとは思ってたが」
「えっとね、確か10㎏だったかな?」
「10㎏って、ふたりで消費するにしても1ヶ月くらいかかりそうな量だぞ」
「お父さんは男子高校生ならこのくらい食べるんじゃないかって言ってたんだけど。太椋くんは、お食事わりと控えめな感じ?」
「そんな事はないと思うが、昼はパンで週に一度は夕飯が麺類だったりするから、その辺りで消費量が抑えられてるのかもな」
長々と玄関先で話し込むことになっていたが、いい加減に部屋に案内しようとして考え直した。
フローリングを傷付けずに、あの重さのキャリーケースを部屋に運び込むのは厳しい。
なので先に米だけ出してもらうことにした。
「愛野、荷物から米だけ出しといてくれ、そのままだと床を傷付けずに運ぶのは一苦労しそうだしな」
「そうだよね。うん、わかった」
靴を脱ぎ、キッチンで使い捨て布巾を数枚手に取り、愛野に渡す。
「あとこいつでタイヤ綺麗にしといてくれ」
「はいは〜い」
愛野がキャリーケースから取り出したブランド米の米袋を受け取りはしたが、保管場所に困ってしまった。
普段はジッパーバックに小分けにして冷蔵庫で保管しているが、いつもの感じだとMサイズのジッパーバック10袋くらいになりそうだ。
冷蔵庫の4分の1ちょっとは埋まっちまうが、一応なんとかなるか。
詰め替えに時間取られるだろうし、まだ未開封なんだから、ひとまずは日の当たらない場所に一時的に置いておくしかないか。
しかし、冷蔵庫の圧迫具合を考えると1ヶ月くらいは食料の買い出しは、こまめにやるしかなさそうだな。
……日曜の朝から、なんで俺はこんなことで悩んでるんだろうな。
急遽、食料がふたり分必要になったので、俺たちは買い出しに出かけることにした。
冷蔵庫の中身も心許なかったしな。
「昼はどうする。しばらくは米を多めに消費する献立になるとは思うが。食べたいものとかあるか?」
「そだねー、カレーとかいいんじゃない」
「ああ、そうだな。それなら米を多めに炊いてもどうにかなりそうだ」
俺たちはエコバッグを手に学園前の商店街をめぐって、必要な物を買い揃えていく。
愛野は俺の部屋に住み着くつもりなのかと言いたくなるくらいに、日用品を買い足していた。
そんな買い物の過程で商店街の定員さんらに、お似合いのカップルだねなどと言われる場面が何度かあったが、愛野が悪ノリして腕に抱きつくなどして俺で遊んでいた。
俺は俺で『あんまり似てないですけど兄弟なんです』と雑に訂正するしょうもない攻防を愛野と繰り広げていた。
「こうしてふたり並んで買い物してると新婚夫婦みたいだね」
「親に買い出しを任された兄妹くらいが関の山なんじゃないか」
「えー、そうかなぁ。ボクはそうでもないと思うんだけど」
「それは愛野が妙な茶々を入れるからだろ」
無邪気にはしゃぐ愛野を伴って寮に戻ると、今度はエントランス前で蘇明と出くわした。
「なっ、お前ら今度は仲良く買い物デートをお楽しみだったのか」
「そうだよー」
にこにこ笑顔で肯定の返事をする愛野の頭に、ぽすんと軽く手刀を落とす。
愛野は頭をさすりながら抗議の目を向けて来たが無視した。
「くだらないこと言ってないで、さっさとやらにゃならんこと片付けるぞ」
「はーい。それじゃね、蘇明くん」
「蘇明も早めに宿題片付けとけよ」
エントランスに入ると、背後で蘇明が『ちくしょー、青春見せつけやがってよー』などと戯言を抜かしていた。
それを耳にした愛野は愛野でくだらないことを口にした。
「いや〜、照れちゃうね〜。やっぱりボクらって、そう見えちゃうみたいだね」
「よく飽きないもんだな」
「ふふん、そりゃね」
俺のあきれ返った言葉もどこ吹く風といった感じで、愛野は始終ご機嫌な様子だった。
昼食というには多過ぎる量のチキンカレーを作った俺たちは、山盛りのカレーを前に両手を合わせた。
「「いただきます」
」
「うん、おいしーね」
「だな」
もくもくと食べ進めていると、愛野は早速おかわりを所望していた。
愛野に比べて食事に時間のかかる俺は、満腹になるのは愛野よりも早く、早々に『ごちそうさま』とスプーンを置いた。
対する愛野は、見た目に反して健啖家だったらしく、炊いていた三合のご飯を綺麗に食べつくしていた。
「結構食べるんだな」
「太椋くんは、身体おっきいのにそんなになんだね」
「かもな。それにしてもそんだけ口にして、丸くなってないのが不思議なくらいだな」
「んー、なんかボクって普通の食事だと燃費が悪いみたい」
普通のという言い回しに引っかかるものを感じたが、たいした意味もないだろうと気にしないことにした。
「そいえばさ、太椋くん」
「ん、なんだ?」
「なんか電子レンジに牛乳の入ったマグがあったけど、あれってなにかのおまじない?」
愛野に言われて今更のように思い出した。
愛野が訪問してくる直前に温めて、完全にそのまま忘れていた。
朝から放置してたとなると、飲むにはちょっとリスキーかもな。
「いや、昨晩ミルクココアつくろうとして温めて、そのまま忘れてたんだよ」
「太椋くんでもそんな失敗するんだね」
「まぁな」
それから雑事を片付け、愛野の宿題を手伝ったりなどしていると、時が経つのも早いもので気付けば夜になっていた。
夕飯は調理に時間を取られたくなかったので、愛野の宿題を手伝っている合間に仕込んでいた炊き込みご飯と味噌汁で済ませた。
「後片付けは俺がやっとくから愛野は先にシャワー済ませちまってくれ」
「太椋くん、一緒に入らないの?」
「アホなこと言ってないで、さっさっと行ってこい」
愛野にバスタオルを投げ渡し、俺はシンクに運ばれた食器類などの洗い物を手早く片付け、部屋で読書しながら浴室で鼻歌を歌う愛野がシャワーを済ませるのを待った。
愛野と入れ替わるようにシャワーを浴び、部屋に戻るとベッドの上には、なぜか枕がふたつ並んでいた。
俺は容赦なく余分な枕をどかした。
「えー、せっかく添い寝してあげようと思ったのに」
「必要ない」
「ちぇー、つまんないの」
愛野はベッドからどかされた枕を抱きかかえながらほおを膨らませていた。
客用の敷布団を出し、床に敷いていると愛野は枕を抱きかかえたままベッドの上でゴロゴロとしていた。
「そっちがいいなら変わってやるよ」
「ううん、ボクが床でいいよ。このベッドだと、たぶん落っこちちゃうし」
「そんなに寝相悪いのか?」
「そんなことないと思うけど、お布団いつも畳の上に敷いて寝てるから、ベッドだと眠りが浅くなっちゃいそうな気がしてさ。なんか好きになれないんだよね、ベッドって」
含みのある愛野の言い分に、以前放課後の教室で見た夢の中で愛野が病院に半分住んでいたと言っていたのを思い出した。
あれが事実だったかどうかはわからないが、その辺りと関連するようななにかがあるのかもしれない。
「そういうものか」
「そういうものだよ。でも、太椋くんが人肌が恋しいって言うんなら一緒に寝たげてもいーよ」
布団を敷き終えても、愛野はベッドに寝そべったまま降りようとしないので、俺はベッドに背を預けて床に座った。
「それはないから安心しろ」
「もー、太椋くんは頑なだなぁ……」
そう言いながら愛野は俺の頭を無造作に撫でる。
俺はされるがままになっていると、力尽きたように愛野の手が滑り落ちた。
どうしたのかと背後を振り返ると、愛野はすうすうと寝息を立てて眠っていた。
午前中は重たいキャリーケースを引いてここまで訪ねて来たり、買い物で歩き回ったりとして、俺が想像していた以上に疲れていたのかもしれない。
このまま寝かせてもいいが、少し気掛かりなこともあり、愛野を抱え上げて布団の上に寝かし直す。
はっきりとは言わなかったが、ベッドを苦手とするようなことを言っていたしな。
布団を掛けてやり、寝かしつけるようにお腹の辺りをとんとんとやさしく触れた。
「おやすみ、愛野」
消灯し、布団に潜り込んだ俺も愛野の後に続くようにして眠りに落ちた。
「あっ、太椋くんだぁ」
寝惚けたような様子の愛野に覆いかぶされる。
唐突な状況に事態をのみ込めない俺は、少なからず焦った。
十中八九夢だとは思うのだが、なぜこんな夢を見ているのか理解に苦しんだ。
「太椋くん、そんなに無防備だと、パクっと食べられちゃうんだよ。こんな風に……」
なにを考えてるのかわからないが、愛野はいきなり俺の首筋をかぷりと甘噛みした。
かと思うと、ちゅっと音を立てて俺の首筋に吸い付いていた。
すぐに愛野を引き剥がそうとしたが、どうにも身体に力が入らず、されるがままになってしまった。
どうにか満足したらしい愛野が口を離すと、身体の妙な脱力感は次第に薄れていった。
「やっぱりボクには、太椋くんがいないとダメみたい」
とつぶやいた愛野は俺の胸元に頭を預けて満足げに眠りに付いてしまった。
愛野の背を軽くとんとんと叩き、俺は天井を見上げる。
胸元に乗る愛野の体温を感じながら、抜けきらない脱力感に身を任せ、再び深い眠りへと戻るように意識を手放した。
翌朝、目覚めると愛野がベッドに潜り込んでいたわけだが、実際に夢のようなことしたわけじゃないよな?
あんな夢を見て、俺は欲求不満だったりするのかと頭を抱えたくなった。
そんな困惑を拭うように冷たい水で顔を洗った。
いつもより少し早い起床ということもあって、ゆったりと朝食を食べていたら、いつの間にやらいつもの登校時間をとうに過ぎていた。
「太椋くん、早くしないと遅れちゃうよ」
この調子が1週間続くのかと思うと、わずかながら後悔に苛まれたが、一度受け入れた以上は文句は言ってられないよな。
「ほら、早く早く〜」
先を急ぐ愛野に手を引かれ、部屋を出る。
エレベータ前には、俺らと同じように出遅れたらしい生徒の姿があった。
それは昨日から度々顔を合わせていた蘇明だった。
「蘇明くん、おはよ〜」
「お、おう。お前らも寝坊か?」
どこか挙動不審な様子で蘇明は、ちらちらと俺の方に目をやりながら愛野に返事を返す。
「いや〜、昨日は太椋くんが寝かせてくれなくってさ〜」
「なに言ってやがる。早々に寝落ちしてただろーが」
身体をくねらせながら妙なことを言い出す愛野の後頭部をこつんとノックする。
折よくエレベータが到着し、俺と愛野は乗り込むが、蘇明は呆然とした様子で直立していた。
「蘇明、乗らないのか?」
「お、おう」
「どうした。調子でも悪いのか」
「んなこたぁ、ねーぜ」
慌てたようにエレベータに乗り込む蘇明を待って、1階のボタンを押した。
1階に到着するまで、なぜか蘇明は俺にチラチラと視線を送って来ていたが気にしないことにした。
「じゃ、教室でな」
「またね〜」
「お、おう」
俺らの言葉をどこか上の空で受け取る蘇明を残し、俺は愛野に手を引かれ、エントランスを抜けた。
早朝と同じように、ひとがまばらな通学路をふたりで駆けながら、こんな日がたまにはあっても悪くはないかと思えた。
「朝から仲良しさんだね、おふたりさんは」
そう言って出迎えたのは小中と同じ学校で過ごしていた幼馴染の
「そうか?」
「そりゃ、おてて繋いで登校してりゃーね」
「でしょ〜」
「いや、腕を引かれてただけで、手を繋いでたわけじゃないぞ」
「遠目で見てたらそんなのわかんないって。それに一緒に登校してる時点でね」
卯廻の茶々に乗っかる愛野の言葉を否定してみせるが、卯廻にバッサリと跳ね除けられてしまった。
「ん、太椋、その首の跡どったの?」
「うん?」
「それってまさか……」
なにやら驚愕した様子を見せる卯廻は、よろめくように数歩後ろに下がった。
変に驚いてみせる卯廻に言われたと思しき場所に手を触れるが、痒みも腫れもなく、特に違和感を感じなかった。
「なんだ、ダニにでもやられたか。週末に布団干したばっかりだったんだがな」
「いや、アンタそれって」
卯廻は自分で確かめなよと言わんばかりに、無言で俺に手鏡を手渡して来た。
渡された手鏡で自分の首元を確認すると、どうも赤くアザが出来ているようだった。
まさかとは思いながらちらりと愛野に視線を向けると、愛野はにんまりと艶かしく笑っていた。
かと思うと、背伸びするようにして俺の耳元に口を寄せた。
「痕、残っちゃったね」
囁くようにそれだけ言った愛野は、俺たちを残して自分の席に向かった。
俺は卯廻に手鏡を返しながら、寮で蘇明がやたらと俺に視線を向けていた理由を悟ってげんなりとした。
「ま、まぁ、アンタたちの関係にとやかく言いたくはないけど、節度くらいは守りなさいよ」
「誤解だ」
事実は事実だけに、俺は苦し紛れにそう言うしかなかった。
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