第9話 護衛という名のイレギュラー
野盗騒ぎのあと、商隊は予定より早く野営に入った。
焚き火は三つ。
護衛たちは輪になり、武器の手入れをしながら酒を回している。
久遠は、その少し外側に座っていた。
「……妙だよな」
低い声でそう言ったのは、護衛の一人だった。
「戦ってねえのに、仕事した気分になる」
「言うな」
別の男が笑う。
「剣も振らねえ。前にも出ねえ。なのに、結果だけは出す」
視線が、久遠に集まる。
悪意ではない。
だが、値踏みするような目だった。
「新人」
ラグが声をかける。
「昼の判断、あれは勘か?」
「……わかりません」
久遠は正直に答えた。
「ただ、嫌な感じがしただけです」
「それで、皆を止めた」
ラグは少し考え込み、それから言った。
「普通は逆だ。証拠があって、判断する」
「……はい」
「だが、あんたは先に止める」
焚き火が、ぱちりと音を立てた。
「護衛としては、使いづらい」
その言葉に、久遠の肩がわずかに強張る。
「だが」
ラグは続けた。
「死なねえ」
誰かが、小さく笑った。
「確かにな」
「結果だけ見りゃ、優秀だ」
褒められているのか、そうでないのか分からない。
久遠は視線を落とした。
(まただ)
役に立ってしまっている。
「ねえ」
セラが、焚き火の向こう側で宙に浮かびながら囁いた。
「もう気づいてるでしょ?」
久遠は答えなかった。
「君、護衛じゃない」
「……分かってる」
「でもね」
セラは楽しそうに笑う。
「護衛より厄介」
夜が深まるにつれ、空気が変わっていった。
遠くで、獣の鳴き声。
風向きが、わずかに変わる。
久遠の胸が、ざわついた。
「……嫌な感じが、します」
声に出した瞬間、会話が止まった。
「今度は何だ?」
「敵か?」
「わかりません。ただ……」
久遠は、焚き火の外――闇の濃い方向を見た。
「ここに留まるのは、よくない」
沈黙。
誰も、すぐには動かない。
「根拠は?」
商人の一人が言った。
「時間も距離も計算してる。ここを動くのはリスクだ」
正論だった。
「……従う理由がない」
その言葉に、久遠は何も返せなかった。
イレギュラー。
そういう扱いだ。
結局、野営は続行された。
幸い、何も起きなかった。
少なくとも、その夜は。
だが――。
「外れたな」
誰かが言った。
「勘、だろ?」
軽い調子。
だが、久遠にはそれで十分だった。
役に立たなかった。
それだけで、少し息ができた。
焚き火から離れ、久遠は夜空を見上げる。
「……難しいな」
「でしょ?」
セラが隣に来る。
「当たり続けると、縛られる。外すと、信用されない」
「どっちも、逃げにくい」
「うん」
セラは頷いた。
「だから君は、イレギュラー」
久遠は思った。
護衛として役に立つほど、ここに居てはいけなくなる、と。
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逃げ切った先に何があるか エピファネス @epiphanes
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