第3話 冒険者ギルドという逃げ場
村の外れに、その建物はあった。
教会が「整っている」とするなら、ここは「雑然」としている。
木の扉は傷だらけで、壁には剣痕のようなものが残っている。
中からは笑い声と怒鳴り声、金属がぶつかる音が漏れてきていた。
「……騒がしいな」
「うん。だから好きな人も多い」
セラが楽しそうに言う。
「ここが冒険者ギルド?」
「正確には、この村にある冒険者ギルドだね。
村の規律とは、あんまり仲良くない」
久遠は一瞬だけ、教会の方向を振り返った。
あの静けさと、この喧騒。まるで別世界だ。
扉を押し開けると、空気が変わった。
酒の匂い。汗の匂い。血と鉄の匂い。
長机には、鎧姿の男や、軽装の女、獣人らしき影までいる。
「新顔だな」
早速、視線が刺さる。
「細いな。戦えるのか?」
「田舎村にしては、面白そうじゃん」
遠慮がない。
だが――測る視線ではあるが、揃えようとする視線ではなかった。
「ここでは、誰も“正しさ”なんて聞かないよ」
セラが小声で言う。
「聞かれるのは一つだけ」
受付台の向こうから、筋骨隆々の男が声を張った。
「――金になるか、ならないかだ」
久遠は、思わず息を吐いた。
(……楽だな)
不謹慎かもしれないが、正直な感想だった。
「仕事を探してる?」
受付の男が言う。
「はい。できることは……」
そこで言葉に詰まった。
(できること、か)
戦えない。
強くもない。
特別なスキルがある自覚も、今のところはない。
――ない、はずだ。
「雑用でもいいよ」
男は気にも留めない様子で言った。
「薬草採取、見張り、荷運び。
危険度は選べ。死にたくないなら、低いのにしとけ」
その言葉は、驚くほど率直だった。
教会では聞けなかった種類の優しさ。
「……低いので」
「賢明だ」
即答だった。
依頼票を受け取った瞬間、背中にぞわりとした感覚が走る。
理由はわからない。
だが――嫌な予感だけが、はっきりとあった。
「……これ」
久遠は、無意識に声を出していた。
「?」
「この依頼、少し……」
言葉にしようとした瞬間、その感覚は薄れる。
「どうした?」
「……いえ、なんでもないです」
受付の男は肩をすくめた。
「迷うならやめとけ。代わりはいくらでもいる」
久遠は、依頼票を机に戻した。
「別のをください」
一瞬、周囲が静かになる。
「理由は?」
「……わからないんです」
正直な答えだった。
男は久遠をじっと見たあと、鼻で笑った。
「面白いな。直感派か」
別の依頼票が差し出される。
それを受け取った瞬間、さっきの嫌な感覚は、嘘のように消えていた。
(……気のせいじゃ、ない)
久遠は確信する。
「今の、気づいた?」
ギルドを出たあと、セラが言った。
「……ああ」
「君、危険を避けた」
「偶然だ」
「偶然にしては、都合がいい」
セラは、にやりと笑った。
「やっぱり君、面白いよ」
「褒めてないだろ」
「褒めてるよ。
――逃げる才能がある」
久遠は、空を見上げた。
この村には、教会がある。
規律がある。
正しさがある。
だが同時に、
こうして逃げ込める場所も、確かに存在していた。
(……まだ、逃げられる)
その事実だけで、胸の奥が少し軽くなる。
だが、セラは楽しそうに続けた。
「ただしね」
「?」
「冒険者は、自由だけど無責任だ。
困ったとき、守ってくれると思わない方がいい」
久遠は、苦笑する。
「それでいい」
守られない代わりに、
縛られない。
それくらいの距離感が、今の久遠にはちょうどよかった。
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