第4話 値札の付かない人間
商人ギルドは、村の中心にあった。
教会ほど荘厳ではなく、冒険者ギルドほど騒がしくもない。
石造りの建物は無駄がなく、入口には擦り切れた看板が掛かっている。
文字は整っているが、飾り気はない。
「ここが商人ギルドか」
「うん。村で一番、感情が薄い場所」
セラが、いつもの調子で言った。
「褒めてるのか?」
「たぶん」
中に入ると、空気が少しだけ冷たく感じた。
声はある。人も多い。だが、誰も無駄話をしていない。
机に向かう者、帳簿をめくる者、品を確認する者。
視線は久遠に向くが、すぐに逸らされる。
(……興味がない)
それが、正直な印象だった。
「いらっしゃい。登録かい?」
受付の女が言った。年齢はわからない。
声の高さも、表情も、一定だ。
「はい」
「身分証は?」
「……ありません」
「問題ない」
即答だった。
教会でも、冒険者ギルドでも、一瞬止まったやり取りが、ここでは流れるように進む。
「技能は?」
「……特に」
「体力は?」
「普通です」
「じゃあ、雑務からね」
淡々と、紙が差し出される。
「荷の仕分け、価格確認、伝票運び。
できなければ減額。できれば加算」
それだけだ。
(名前は? とか、信仰は? とか、聞かれないんだな)
久遠は、内心で安堵していた。
「ここ、居心地いいでしょ」
セラが小声で言う。
「……否定しない」
「ここではね、“何者か”は関係ない。
役に立つか、立たないか。それだけ」
倉庫での作業は単調だった。
箱を運び、印を確認し、数を数える。
だが、不思議と疲れにくい。
「おい、そっち違う」
声をかけてきたのは、同じ作業をしている男だった。
「その箱、今出すと損だ」
「……損?」
「今は値が落ちてる。昼過ぎまで待て」
理由はそれだけ。
親切でも、冷たくもない。
「ありがとう」
そう言うと、男は軽く頷いただけで戻っていった。
「人間関係、楽だね」
セラが言う。
「深入りしない」
「期待もしない」
天使は、倉庫を見回した。
「ここはね、裏切られても怒らない場所だよ」
「……それはそれで、寂しいな」
「でも、傷つきにくい」
久遠は、箱に貼られた値札を見た。
数字だけが、整然と並んでいる。
(俺には、値札は付かない)
少なくとも、ここでは。
作業を終えると、銀貨が渡された。
「日銭だ。明日も来るなら、同じ時間に」
それだけ。
外に出ると、村の喧騒が少し遠く感じた。
「どう?」
セラが聞く。
「……悪くない」
「でしょ」
天使は満足そうに頷いた。
「教会は正しさを求める。
冒険者は力を求める。
商人は、価値だけを見る」
久遠は歩きながら考える。
どれも、完全ではない。
だが――。
(逃げ場は、確かにある)
少なくとも、この村の中には。
だが同時に、気づいてしまった。
どこにも、長く居られる場所はない。
教会は息苦しい。
冒険者は危険すぎる。
商人は、冷たすぎる。
「……やっぱり、出ていくしかないか」
「たぶんね」
セラは、あっさり答えた。
「でも、逃げる準備はできてきた」
久遠は、銀貨を握りしめる。
価値で測られる場所。
そこに居た時間は短かったが、確かに役に立った。
――逃げるためにも、金は要る。
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