第4話 人類を滅ぼす者




 そのまま玄関で靴を脱ぎ、居間にあがった。

 部屋の真ん中にちゃぶ台と座布団があり、和ダンスやラジオなど最低限の家具家電が置いてある。


 軽く手を洗い、姉ちゃんとちゃぶ台を挟んで向かい合った。


「それで、今後のことだけど――」


 姉ちゃんが切り出す。


「――とりあえず、明日の祈動きどう適性検査を何とかしないといけないわ。」


 ――きどうてきせいけんさ?


 なんだそれ。


「なにそれ?」

「え!?それすらも忘れちゃったの!?」


 今日一番の驚きと共に姉ちゃんは立ち上がった。

 そのまま何か言いたげにした後、ゆっくり腰を下ろす。


 なんかやばいこと聞いちゃったかな……


「――でもある意味、忘れちゃって幸せかも。ほら、これのことよ。」


 そう言って一枚の封筒を渡してきた。

 封筒を受け取って中身を見ると、そこには紙が入っていて、縦書きでこう書かれていた。






 祈動適性検査通知書


 広瀬 志道 殿


 右の者、祈動適性検査執行につき、左記日時に検査会場に出頭し、本書を検査官に届け出るべし。


 出頭日時:昭和五十一年八月八日 午前九時

 検査会場:多摩陸軍飛行場内 祈動演習場


■注釈

 本検査は、祈動基本法に基づく国民の義務であり、正当な理由なくこれを拒否した場合、懲役、禁固、または罰金等の刑事罰を科せられるため注意されたし。


 昭和五十一年七月十三日

 陸軍省 祈動整備局






「なにこれ?」


 なんか、最後に物騒なことが書いてあるんだけど……。


「文字通り、祈動適性検査の案内よ。いったいどこから説明したものかしら……」


 そう言って、姉ちゃんが話してくれた内容は、到底信じられないものだった。


 いわく――




 この世界には“くろかげ”という、人類に敵対する生物が存在している。


 “黒キ影”は、1941年12月にハワイ諸島で初めて確認され、今日まで35年間に渡って人類と交戦状態が続いている。


 現在までにハワイ諸島、アフリカ大陸全域、南アメリカ大陸全域、ユーラシア大陸中央部が“黒キ影”の支配領域となっており、これ以上の侵略を防ぐため、世界のあちこちで戦闘が行われている。


 だが、“黒キ影”は熊や獅子といった大型の猛獣を遥かに上回る巨体と筋力を備えていて、数も極めて多い。

 さらには、“咒力じゅりょく”と呼ばれる未知のエネルギーを操る力があり、そのエネルギーを用いて殺傷能力のある黒い光線を放ち、さらには物理的な攻撃を弾く斥力場せきりょくばを体表に展開することができる。


 この斥力場が非常に強力で、上位の“黒キ影”に対しては、銃や砲弾、爆弾といった人類の既存兵器は効果が薄い。

 その“黒キ影”の脅威により、人類は苦戦を強いられている。


 その唯一の例外が“祈動士きどうし”と呼ばれる、祈ることで精神力により物体を動かしたり、空を飛んだりする超能力を行使できる人間であり、その中には“黒キ影”の斥力場を中和させる力もある。

 そのため、基本的には祈動士の力を借りることによって、初めて人類は“黒キ影”に対抗できる。


 祈動士は大変貴重で、統計的に2万人に1人の割合でしか存在しない。

 祈動適性検査は、そんな貴重な祈動士を確保するため、満18歳になった全ての日本国民に男女問わず課せられる、祈動士の適性を判定する検査である。




 姉ちゃんの説明の要点をまとめると、こんな話であった。


「………………」


 さすがの姉ちゃんの言葉でも、すぐには信じられない。


 つまり、ここは並行世界――パラレルワールドということになる。


 過去にタイムリープしたと思ったら別人になっていて、しかもそこはパラレルワールドだった。

 完全に漫画やアニメ、ライトノベルの世界である。




 だが――




 そう考えると、家に帰るまでの違和感――やたらと軍関係の看板やポスターが多かったのも頷ける。

 この世界は、人類どうしではなく、人類以外の敵と戦争をしているのだ。

 事実、「日本とアメリカって戦争したの?」と姉ちゃんに聞くと、「“黒キ影”の出現により、直前で日米戦争は回避された」という答えが返ってきた。


 姉ちゃんの言葉を頭の中で消化していると――


「ああ!それにしても、明日が検査日なんてついてないわ!志道しどうの記憶喪失のことを考えると、このまま病院に連れていきたい。でも――」


 姉ちゃんにしては珍しく、少し言いよどむ。


「姉ちゃん?」


 言葉の先を促す。


「さっきの通知書にも書いてあったでしょ?検査の前日に記憶喪失とか、どう考えても嘘をついてると思われるに決まっているし。それであなたの身に何かあったら私――」


 姉ちゃんはそう言って辛そうな顔をする


「それに、今のあなたは覚えていないかもしれないけど、志道は子供の頃から祈動士になることを夢見ていたの。今日だって、明日の適性検査が無事に受けられるよう、神社にお祈りしていたに決まっているわ。そんな志道の一生に一度の挑戦を奪ってしまったら、記憶が戻った時に、きっと許してもらえない。」


 姉ちゃん、そこまで――


 悩み続ける姉ちゃんに、俺ははっきりと告げた。




「姉ちゃん。俺は明日の適性検査、受けるよ。」

「志道!?」


 姉ちゃんは顔を上げて俺を見つめる。


「だって、姉ちゃんを困らせたくないし。それに、世界がピンチなんでしょ?自分が力になれることならやってみたい。」


 あと、自分でも不謹慎だと分かっているが、祈動士の話を聞いて、少しだけワクワクしている自分がいるのも事実だった。


 祈動とは、要するに元の世界における念動力サイコキネシスのことであり、物語の中でしか存在しなかった超能力である。

 そんなものが実在すると知ったら、ぜひ使ってみたいと思うのが普通だろう。


 まあ、それに……


「2万人に1人なら、選ばれない可能性の方がはるかに高いじゃん。気楽に受けてくるよ。」

「志道――」


 そういうわけだ。


「――わかったわ。あなたの意志を尊重する。気をつけてね。」

「ああ、任せておいてよ!」


 こうして、俺は祈動適性検査とやらを受けることになった。



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