切なさは秋の夕暮れ

夏目 六花

 


その日も、陽菜と月子は一緒に下校していた。

高校3年生の秋。部活の引退、迫る大学受験、母校との別れ。

校門前の見事な銀杏並木が見られるのもあとわずかだ。

二人は、いつもよりゆったりとした足取りで歩いていた。



二人が通う高校は、中高一貫のエスカレーター式の高校だ。

陽菜は中学からそのまま高校に入学し、一方月子は高校受験で入学したいわゆる外部生だった。

そんな二人が親友と呼べるまで仲良くなるのにそう時間はかからなかった。

「陽菜と月子で、まるで朝と夜みたいだね」

そんな話を、いつもしていた。



なんとなく会話が途切れ、二人の間にひゅうっとやさしい風が吹いた。

それを待っていたかのように、月子が話を切り出した。



「…あのね、話があるの。」


「ん、何…?どうしたのそんなに改まって。」



その声は陽菜でさえ聞いたことのないような声色だった。

陽菜は直観的に、これから月子が話そうとしていることがとても大きなことなのではないかと考える。

何か良くないことでもあったのか。

どんな理由かはわからないが落ち込んでいるのか、悩んでいるのか。

どれも見当違いな感じはしていたが、陽菜を不安にさせるには十分だった。



静かな風が吹く中、月子が口を開く。



「…河瀬君に、告白されたの。付き合ってほしいって。」


河瀬。

陽菜が中学生の頃からずっと、好きだった人だ。


「…そうなんだ。」



不自然な間が空く。突然のことに陽菜の頭の中は一瞬真っ白になった。



陽菜は河瀬との日々を思い出す。

好きになった特別なきっかけなどは無かったように思うが、陽菜は気づけば河瀬のことを目で追うようになった。



月子は聡い。

自分の、河瀬への気持ちはとっくに気づいていただろうと陽菜は思う。

同様に月子の気持ちにも陽菜は気づいていた。そして河瀬の気持ちにも。



何でも話せる仲だった陽菜と月子で、唯一お互いに話せなかったことがこのことだった。



「それで?なんて返事したの?」

陽菜は少しだけ震えた声で言う。


「…私もずっと好きでした、って言ったよ。」

月子は穏やかに、しかしはっきりと告げた。



その答えに陽菜は咄嗟に、“意外だ”と思った。



優しすぎる月子は、時に自分を犠牲にしてでも他人を守ることがあった。

そしてそれは月子の良い所でもあり悪い所でもある。

少なくとも、いつも近くで月子を見ていた陽菜はそう思っていた。



何か揉め事が起こりそうなとき、それが起こる前には月子が必ず一歩引いて妥協するのだ。

「自分が我慢すれば全て丸く収まる」という月子の姿勢を見て苛つくこともあった陽菜は、いつも思っていた。

なんで言い返さないの。あんたは本当にそれでいいの。悔しくないの、悲しくないの、と。



けれど一方で、月子がそうすれば事態は以前より遥かに良くなることがとても多かった。

困ったような笑顔で、「ほら、大丈夫だったでしょ?」と言う月子に対して、陽菜は何も言えなかった。



月子が河瀬からの告白にそう返事をしたことに、陽菜はただただ驚いていた。ショックだとか、悲しいとかの前に、まず頭に浮かんだのは“意外だ”という感情だった。

なぜなら、月子は自分の為に河瀬からの告白を断ったのかもしれないと、聞かされた瞬間に感じたからだ。

いつも一歩引いて自分を犠牲にする月子のことだ。親友の気持ちを優先する為に、自分は身を引こうとしたのかもしれない。

陽菜はそう感じた。



「そっかあ。良かったじゃん、河瀬のことずっと好きだったでしょ?」


「…陽菜、気づいてたの?」


「当たり前でしょ。私たちどれだけ一緒にいたと思ってんのさ。」



陽菜は何でもなかったかのように、努めて明るく返す。

河瀬への気持ちをずっと心に秘めていた陽菜。自分の気持ちを伝えることもなく、卒業間際というところまで来てしまったことを少しだけ後悔していた。

しかし陽菜は自覚している。

自分が河瀬へ思いを伝えることができなかったのは、変な強がりのせいだったことを。

月子と河瀬、2人の気持ちに気づいた頃、そのとき既に陽菜はこの気持ちが実らないと悟った。上手くいかないのはわかり切っていた。

陽菜は完璧主義者だ。そんな自分が「失敗」することは間違いなくて、それが自分でも認められなかった。だから逃げていた。



河瀬への思いをなんとか押し殺そうとする。

付き合ってほしいとか、月子じゃなくて自分を好きになってほしいとか、そんな傲慢なことは何も思っていなかった。

陽菜は、ただ河瀬のことが好きだったのだ。



しかし同時に陽菜は、改めて自分の河瀬への思いが強かったのかを実感する。

ひりつくように喉が痛かった。痛くて、苦しい。

自分は平静を装えているだろうか、親友の恋が実ることを心から喜んでいるように見えるだろうか。

陽菜は、私は大丈夫だから、と心の中でくり返す。

月子、私は大丈夫だから。

だから、気づかないで。

お願いだから気づかないで。

祈るような気持ちだった。



「陽菜」



名前を呼ばれる。穏やかで、とても優しい声だった。

月子は、多分気づいた。その上で陽菜に言った。



「私、河瀬君のことを好きになってよかったよ。河瀬君に告白されて、うれしかった。」



ああ。月子はこういう子だった。この言葉を聞いた瞬間、陽菜はそう思った。

普段よく見るような、自分を犠牲にし一歩引く月子の姿が一瞬頭をよぎる。

けれど月子は、自分が絶対と思ったことに関してだけは一切身を引かないのだ。

譲れないものをきちんと守る強さがある。

そしてそれはとても凛々しくて、美しい。



「…月子。その想い、大事にしなよ。」


「うん。」



月子ははにかみながら頷いた。




***




会場内の拍手でふと我に返る。

ネイビーのドレスに身を包んだ陽菜は、高校生の頃のことを思い出していた。

月子から、河瀬とのことを聞かされた日。月子の芯の強さを感じた日。

あれから数年経ち、今日は月子と河瀬の結婚式だ。



陽菜は友人代表のスピーチを任されていたのだが、特に原稿は用意していなかった。今感じる、ありのままを話そうと思っていたのだ。

私は月子が大好きだ。河瀬のことも好きだ。そんな二人が共に生きていくこと、それはなんて素晴らしいことなんだろう。

陽菜は心の底からそう思った。



月子、幸せになりなよ。

あんたなら絶対大丈夫。



司会から、友人代表のスピーチをお願いしますと名前を呼ばれる。

月子の一番の友達である自分を誇らしげに思いながら、陽菜はピンと背筋を伸ばしてマイクの前へ向かった。

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