第9話 夜イベント

「なあ……響、おい!」


 みんなが寝静まった夜。テントで眠ろうとしていた俺を、同じくテントで寝るはずの光一が叩き起こす。


「なんだよ、もう寝とけって」

「シーッ!」


 光一がいつになく真剣な表情で、俺のことを制す。


「大きな声出すなって! 何時だと思ってんだよ」

「その言葉、そっくりそのまま返していいか?」

「まあまあそう言わずに! だって、お前さぁ……」


 こんな風に光一が真面目な顔してるときには、ロクでもないことを考えているに違いない。


「女子の寝顔見れるぞ、今忍び込めば」


 ほらな。


「あ、その呆れ顔! さては、また光一はろくでもないこと考えてるな? だろ!」

「お前はエスパーか?」

「ただの親友ソウルフレンドさ」


 何でこいつはかっこつけられるんだよ、これで。


「とにかく、一緒に来いよ! 安全確認だよ、安全確認! クラスメイトの寝顔は、俺たちが守るんだ!」

「なんだそりゃ、わけわからん」

「まあまあ、お前は満足したかもしれないけど、俺は正直物足りないんだよ。陽葵ちゃんとも話したいしぃ?」


 それが本音か。


「相当お気に入りなんだな、輝山さんのこと」

「いやぁ、お前の入れ込み具合には負けるよ……」

「ん? 何の話だよ?」

「はぁ……自覚なしかぁ。まあいいや。とにかく行くぞ」


 半ば無理やり、俺はテントの中から引きずり出された。いや、普通に眠いし寝たいんだが……!

 そんな俺の感情に気付かないふりをして、光一はズンズンと進んでいく。

 女子の寝ているテントに辿り着くと、まるで命をかけた戦いに臨むかのような顔で、俺の方を振り向いた。


「いよいよ、入るぞ。まずは美香ちゃんと叶奏ちゃんのいる、このテントへ!」

「おい待て。なんでそこから行くんだよ」

「フッ」


 鼻で笑って肩をすくめる。彼がふところから取り出したのは、パーティーゲームの定番、ONEカードだ。

 4色の数字や様々な効果がある記号が描かれたカードを駆使して、自分の手札を無くした人が勝ちの王道カードゲーム。ルールを知らない人はたしかに居ないだろう。


「俺、グループワークで叶奏ちゃんとあんまり話せなかったの、ちょっと悔しいんだよ」


 それは、俺もそうかもしれない。ただ、俺はそれに騙されるには光一のことを知りすぎてしまっている。


「本音はそっちか?」

「いいや。寝顔を見てホッコリしたい」

「だよな」


 先に言うべきなのはどう考えてもその建前の方だろ。

 

「よし、入るぞ」


 まるで心霊ドキュメンタリーのような緊張感で、光一はゴクリと唾を飲む。

 この先に、月城さんが寝てるかもしれない。

 ……俺も、喉が渇いてきた。

 意を決して、光一はテントのファスナーを開け――ようとする。


「あ、あれ? ファスナーどこだ? え?」

「……おい、見つからないか?」

「い、いやいや、まさかそんなはず……ちょっと暗くて見えづらいかもな! えっと、スマホのライト使って……と」


 パッと光一が明かりをつけた、その瞬間だった。

 大きな音でサイレンが鳴る。どうやら、光に反応して動く仕掛けがされていたようだ。


「な、なんだこれ!? おいおいマジかよ! クソ、トラップだ!!」

「大掛かりなことしてるなぁ」

「いや感心してる場合か! どうすんだよ!」


 突如、近くのテントの入口が開く。そこから出てきたのは、輝山さんだった。ゆるいトレーナーに身を包んだ彼女が、ウキウキの表情で光一を指差す。


「容疑者、確保〜!」

「ちょ、待て! 誤解だ! 俺はただ……」


 さて、今のうちにゆっくり退散するか。大きな音に驚いたクラスメイト達も出てきている。

 囲まれると俺まで共犯と思われかねない。


「おい! 響! 助けてくれよぉ!」


 涙目で俺に助けを求める光一。すまない、親友ともよ。先に行く俺を許してくれ。


「問答無用! 響も逃がさないぞぉ〜!」


 楽しそうな輝山さんに両肩を掴まれた。しまった、逃げ場を失った。


「これ、俺も御用対象なのか?」

「もちろん♪ 無事で済むと思うな〜?」

「ま、待ってくれ。これは冤罪だ。俺は何度もアイツを止めようと……」

「ははははっ! 命乞いか! 今更遅いぞ橘響くぅん!」


 いつの間にか出てきていた戸塚さんに身体をロープでぐるぐる巻きにされている光一が、俺のことを嘲笑う。


「いやぁ、マジで陽葵の言う通りになるとはね。用意しといてよかったわ」

「用意が良すぎるって! 俺はただ、夜の時間も皆と遊びたいなって思ってぇ〜!」


 よく見ると、ひょっこりと月城さんも顔を出していた。眠そうな目を擦っている彼女を見て、邪魔して申し訳ないという気持ちが急に湧いてくる。

 ただ、ここで出てきてくれたってことは、やっぱり月城さんも、あまり遊べなかったことをちょっと後悔してたんだろうな。

 

「残念だけど、夜は寝る時間だからな」


 拘束された俺たちの元へ、狩谷先生も現れる。ポリポリと頭をかき、大きくため息をついた。


「悪いのはコイツらってのは当然として、夜にそんなデケェ音鳴らすな。俺の貴重な寿命も縮むから」

「うい、さーせーん」

「はぁ……」


 少し考える素振りをして、「お前ら」と狩谷先生が手招きする。


「遊びたい気持ちは分かるから、俺と約束しろ。騒がずに静かにするって約束するなら、目ぇ瞑ってやる」

「本当!?」


 輝山さんが目を輝かせる。もしかしてだけど、輝山さんもみんなと遊びたかったのか?


「だから、デカイ声出すなって。その代わり、文句言われたら今の1年がこれ出来なくなるかもしれねぇから。その責任も背負ったうえで遊べよ、いいな?」

「あ、ありがとう、狩谷先生かりせん!」

「鷹野、お前はダメだ。1回俺と話してからにしろ」

「マジかよ! 最悪だ!」


 声だけは抑えて、光一が倒れる。ロープに巻かれて倒れた光一は不憫に見えるが、主犯だから仕方ない。


「その代わり、マジで頼むぞ。俺、これ以上職員室で嫌われたくねぇよ。戸塚、橘、頼むぞ」

「分かりました」

「大丈夫でーす」

「え、せんせ! あたしはー?」

「お前はこっちサイドだから」


 と、狩谷先生は指差した光一を、そのまま連れて行った。

 多分あいつは、キャンプ場の掃除とかをしてから合流だろうな。

 さすがにテントは狭いので、狩谷先生が用意してくれたランタン型の携帯ライトをテーブルに置いて、高一の持ってきたカードゲームを、持ち主抜きで遊んだ。


「よぉし、あたしラースト♪」

「陽葵ちゃん、早いね」


 月城さんも楽しそうだ。顔には書かれてないけど、俺にはなんとなくそう思えた。

 桃色のゆったりとしたパジャマは、彼女にとても似合っている。

 

「ふふん! あたし、ラッキーガールだから♪」

「響くん、陽葵は絶対黄色残してるから、色替えよろしく」

「ちょ、なんで分かるの〜!?」

「輝山さん、声大きいって。あと、それで黄色確定したな」

「あっ! やっちゃったぁ〜!」


 4人でひとしきり、静かな声で盛り上がり、声を殺して笑って遊んだ。狩谷先生の粋な計らいには、心から感謝だ。


「はぁ……ゴミ捨てやらされた……」


 光一がゲッソリした顔で戻ってきた時には、俺達は既にスマホタイムだった。

 適当にSNSを見て、面白かったものをその場で共有する、あの他愛ない時間である。


「お、おかえりー。これ楽しかった〜♪ ナイス持ち込みだね」


 戸塚さんが綺麗に片付けたONEカードを、輝山さんが返す。光一はそれを見て「あぁ、もう遊びまくっちゃったのね」と肩を落とした。


「はぁ、結局俺、全然遊べてないじゃんかよぉ」

「ま、今日で全部が終わる訳じゃないんだからさ」

「そうは言ってもよぉ美香ちゃん、俺たちの青春の時間は今しかないんだぞ? 来年は受験とかもあるしさぁ」


 今年から少しは準備しとけよ、なんて言葉を俺は飲み込む。


「よし、決めた! 俺は決めたぞ!」


 決意を固めて、光一は月に向かって手を伸ばす。


「ゴールデンウィーク、どっか時間作って皆で遊びに行こうぜ! 俺、この日を取り戻したいよ!」

「あ、ウチはパス」


 決意に満ちた光一の提案を、戸塚さんはハッキリと断った。

 

「親が旅行に行くから、毎年弟どもの面倒見なくちゃだからね。ウチのGWは家族サービスウィーク」

「なんか、それもいいな! で、3人は!?」

「俺は、まぁ大丈夫だけど」

「私も」

「うんうん、いいねいいね♪ あたしも遊びた〜い♪」

「よっしゃ! 行こうぜ!」


 こうして、俺たちはGWでも遊ぶくらいの絆を深めることができた。

 この時の俺は知る由もない。




「は? 来れなくなった?」


 GW当日。まさか、あんなことになるなんて――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る