第6話 班分けの日――月城叶奏視点

 どうしよう、どうしようどうしよう!


 教室の戸を閉めた私は、自分の頬が紅潮して熱くなるのを感じていた。

 見ちゃった、男子が……橘くんが着替えてるところ!

 思ったよりほっそりしてたな……ちゃんとご飯食べてるのかな。

 って、そうじゃなくて!


 髪ゴム忘れちゃったから取りに行こうと思ったけど、そういえばそうだよね。男子は体育の時は教室で着替えるもんね。1年の時からそうだったのに、なんで忘れちゃってたんだろう。

 取りに行こうにも、どうしようもなく、項垂うなだれてうずくまる。

 目を閉じると、どうしてだか着替え中の橘くんの姿が浮かんで……。


「あ、大丈夫?」

「ひゃんっ!」


 びっっっっっっっくりした。

 自分でもびっくりするくらい大きな声が出ちゃった。

 やっぱりそこにいたのは橘くんだった。もう体操服に着替えており、私がいたことも予想外だったのかもしれない。

 どうしよう、髪も整ってないし、みっともないとか思われてないかな。

 とにかく、心配してもらってるし、何か言わないとだよね。

 

「あ、えと、その……ごめんね? 男子は教室で着替えるもんね」

「いや、俺は大丈夫。髪ゴム? 取ってこようか?」


 橘くんのこういうとこ。

 何かを伝えるまでもなく、分かってくれるとこ。

 すごく嬉しくなって、心がほわっとする。

 

「すごい、エスパー?」

「いや、なんとなくそうかなって」


 でも、この流れで私の机とか見られて、中にあるボツの歌詞ノートとか、そういうの見られるの恥ずかしいな。

 というか、絶対だめだ。あの中には、がある!

 

「ううん、大丈夫。陽葵ちゃんに借りる」

「具合悪い? 立てるか?」


 違う、違うの橘くん。大丈夫だから。ちょっとびっくりしちゃって。でも、今橘くんの方、恥ずかしくて見れない!

 ううん、勇気を出さなくちゃ。きっと橘くんを見れば、私も私のまま振舞えるはず。


「心配してくれてありがとう」


 今の私は、笑えてるのかな。

 わからないけど、心配しないでね、橘くん。

 私、きっと橘くんに、私の好きな音楽を好きになってもらえるよう頑張るから。




 曲がなかなか思い付かない私が、陽葵ちゃんに相談した時に返ってきた内容はこうだった。


 まず、私はある人に感謝を伝えたくて、それを歌にしたいと告げた。そのある人が誰なのかは言わなかったけど、陽葵ちゃんにはきっとわかられているような気がする。


「陽葵ちゃんにお任せ♪」


 と、彼女が提案してきたのは、その人の解像度を上げることだった。その人に感謝としてありがとうをどんな風に伝えるかを考えても出てこないのは、私にその人のことを理解できてない部分が多いからだというのだ。

 つまり、私の中で橘くんの解像度が低い状態。ぼやけた状態では、曲は書けないよ、と陽葵ちゃんは言う。もっともだ、と私も思った。

 それで、いろいろな橘くんの好きなものを聞いて、橘くんメモに取ってはいるけど、これと言って使えそうなものはなく、それどころかなんだか上手くかわされてる感じすらしている。

 要するに、あんまりうまく行っていない。多分、私の聞き方が悪いのかもしれない。




 そんな中で、美香ちゃんは橘くんと完璧に呼吸が取れているように見えた。

 美香ちゃんの提案に、橘くんが乗っかると、さらにそこに美香ちゃんが思い付きを加える。そうして混ざり合っていく色は、すごくきれいな色で埋め尽くされたパレットになっていて。

 本当に、素敵なことだ。

 私の1年のころからの友達と、新しくできた友達が、すごく仲が良い。それなのに、胸がざわつくような感じ。

 ――こんなの、良いワケがない。


「なあなあ叶奏ちゃん。なんか、あの2人いい感じじゃない?」


 鷹野くんが、私にこそこそ耳打ちしてくる。鷹野くんも、橘くんと同じく、私のことを気にかけてくれる。

 もしかしたら、暇だっただけなのかもしれないけど。

 

「いい感じ?」

「うん、雰囲気、相性良さそう~、みたいな。なんかすげぇな。響が活き活きしてんの、珍しいんだよ」


 活き活き……そっか、鷹野くんから見ても、今の橘くんって、すごく楽しそうなんだな。

 ――いいな。

 私と一緒にいる時の橘くんは、このくらい楽しいのかな。

 意味もないことを比べちゃってる。

 

「……そうなんだ」


 そんなそっけない言葉しか、私は返せなかった。




 帰りの電車。いつもは橘くんと帰れる日でわくわくするのに、なんだか今日は心がうるさい。

 なんとなく目を向けられなくて、本を読んでしまった。

 物語から、色々な人の感情を受け取って、それを音楽に載せるのが好きだったから、つい私がやってしまいがちなことだった。


「それ、どんな本なの?」

 

 そう言われてからはじめて気づいた。私は今、よくないことをしている。人といるのに本を読んじゃうなんて、ダメだよね。そう思って謝った。どんなふうに謝ったかは覚えてないけど、その時の橘くんがすごく困っていたのは分かった。

 どのくらい沈黙があったのか。何か、何か言わなきゃ。そんな気持ちだったし、あれだけ出てきていたくだらない質問も、世間話も、全部全部橘くんには鬱陶しいものだったかも、と思うと、泡みたいに浮かんでは消えていく。

 沈黙を破ってくれたのは、橘くんだった。


「……校外学習、同じ班になれて良かった」

「へ?」


 やっと、橘くんのことを見れた。

 同じ気持ちでいてくれたことが、なんだかすごく嬉しかった。


「いや、ほら、知ってる友達と一緒だったからさ。月城さんも、光一も。楽しくやれそうだなって思って」


 ああ、うん。そうだよね。そういうことだよね。

 ――何を期待してたの? 私。

 自分の中で膝がすくむみたいな衝撃があったことに戸惑った。そんな中でも、橘くんが話してくれたこのチャンスを逃したくなくて、なんとか返事をする。

 

「……うん、私も楽しみ」

「あと、戸塚さんもすごく良い人だった」

 

 ズキ。

 胸からそんな悲鳴が聞こえる。


「月城さんの周りには、いい友達がたくさんいるなって」

「ああ、うん……」


 なんで。美香ちゃんは何も悪くないし、橘くんだってそう。

 2人は仲良くなれそう。それは私にもすごく嬉しいこと。

 嬉しいことだけど、なんでちょっと泣きそうなんだろう。


「ごめんね、班の話し合い、全然意見出せなくて」

「いや、そうじゃないよ。というかアレは、俺たちが2人で話過ぎたというか……」


 違うの。私、そんなこと言いたいんじゃない。

 なんでわざわざ橘くんを困らせるようなこと言っちゃうんだろう。


「……ごめん」


 謝らないで。違う、違うの。

 悪いのは私なの。でも、何に謝ればいいのか分からないの。

 そんな漠然とした不安を、橘くんに伝えられるわけがなかった。

 言ったところで、余計に彼を困らせてしまうだけだと思ったから。

 その日は結局、それ以上の会話はできずに終わった。最後に「また明日」って言われたのに、「うん」と返すことしかできなかった。

 明日も話してくれるつもりでいるんだ、と思って、それは少し嬉しかった。

 明日はもう少し、ちゃんと話せる私になりたいな。

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