第4話 体育の日

 それから1週間が経った。

 通学中や昼休み、帰り道など、月城さんと話す機会が多くなった。

 なんだか最近は月城さんから質問される回数が増えている気がする。少し前のめり気味に聞いてくるというか。


「橘くんは好きな食べ物とかある?」

「橘くんって、休みの日は何してるの?」

「橘くんのお気に入りアイテムとか、知りたいな」


 ……聞かれるたびに微笑む月城さんは可愛らしいんだけど、その度に俺は少しだけ胸が痛む。


「んー、割となんでも食べるかな」

「休みの日かぁ。寝て、家事して……そんなもんか?」

「なんだそれ、そういうのはないなぁ。強いて言うなら、このシャーペンとか? 中学からずっと使ってるし。……これは、物持ちがいいだけか」


 俺の質問への回答は、なんというか曖昧で、空っぽだ。

 月城さんと話ができるのは楽しいと思っている。思ってはいるが、自分のことを聞かれたりすると、すごく苦しくなる。


「響~!」


 机に突っ伏して考え事をしていた俺を、光一が起こしてくれた。


「……あ、次体育か」

「そうそう! 可愛い子がいつもはしない髪型をする時間だ!」

「ハッ、なんだそれ。お前あんまりジロジロ見すぎるなよ?」

「うまくやるよ」


 光一は、俺といるときにあまり俺のことを聞いてこない。居心地がよかった。

 そうとなれば着替えないと。さすがに体操服を忘れたとかはなかったよな。


 シャツを脱いで体操服に着替えようと手を伸ばした時に、教室の戸が開かれた。

 ――なんと、月城さんだった。

 すでに体操服を着ており、髪は結んでいない。髪ゴムを忘れて取りに来たのか?


「あ、ごめん」


 と声を上げて、表情を変えることなくすぐに戸を閉める。さすがの月城さんも、これは焦ったみたいだ。


「ビックリしたぁ~! なんか着替えてるときに女子が入ってくると心臓飛び出るかと思うよなぁ~」

「大げさだって。わざとじゃないわけだし」

「まあな! 俺たちの肉体美を見せつけてやったわけだし、フンッ!」


 ふざけてボディビルダーのようなポーズを取る光一。決して筋肉質というわけではないが、彼がサッカー部なのもあり、なかなかに仕上がっている。

 それに対してテンションの上がったほかの男子たちが、ボディビル大会の真似事を始めている。さて、騒がしくなってきたぞ。

 俺はそれに突っ込みを入れて笑いながら、着替えを完了させて廊下に出た。

 そこで、しゃがみこんでいる月城さんに気づいた。


「あ、大丈夫?」

「ひゃんっ!」


 彼女の子犬のような驚き声が廊下に響く。こんな風に驚く彼女を見るのは初めてだった。

 髪を降ろしていて、なんとなく普段より大人っぽくも見える。


「あ、えと、その……ごめんね? 男子は教室で着替えるもんね」

「いや、俺は大丈夫。髪ゴム? 取ってこようか?」

「すごい、エスパー?」

「いや、なんとなくそうかなって」

「ううん、大丈夫。陽葵ちゃんに借りる」


 ゆるゆると首を横に振る月城さんの目は、俯いていて俺と合わない。

 いつもまっすぐ俺を見てくる桃色の瞳を思い出して、少し違和感を覚える。


「具合悪い? 立てるか?」


 手を差し伸べると、それを合図と言わんばかりにすくっと立ち上がる。

 いつものクールな表情で、再び首を横に振る。ウェーブ髪がふわふわ揺れるたびに、制汗剤の少し甘い香りがした。


「ううん、大丈夫」


 振り返った月城さんと目が合う。その瞳から、つい目が離せなくなる。そして――。


「心配してくれてありがとう」


 軽く微笑んで、彼女は去っていった。

 その柔らかい笑みは、俺はすごく魅力的に感じた。それと同時に、胸にチクりと何かが刺さったような痛みが走る。

 無理をさせてしまったような、そんな気がして。




「嘘だろ! そんなことがあっていいのかよ!」


 愕然とする、体操服の光一。膝を床につき、強く両手で叩く。


「くそ、許さねぇ……俺はこんなの許さないぞ、先生!!」

「うるさいな鷹野!! 体育が男女別だっただけで騒ぐな!!」


 今日は男子が剣道、女子がダンスの授業の日だった。つまり、やる場所は別々だし、女子の体操服姿はおろか、この場に女子すら存在しないということだ。


「こんなことが許されていいのかよ、みんな!」

「その通りである! 我々は断固反対だぁ~!!」


 何故か光一の想いに呼応する男子も何人かいたが、もう一度恰幅のいい体育担当の教師・熊澤先生が「黙れ!」と一括すると全員が静かになる。そのくらいの迫力のある先生だ。


「くそっ、言論制圧かよ……」

「……"弾圧"な」


 悔しそうに奥歯を噛む光一に、俺はそれだけそっと呟いた。




 そんなこんなで時間は進み、昼休みが終わり、眠気と闘いながら5限を乗り越えた俺たち。

 6限目はCHRクラスホームルーム。つまり、クラスで何かを自由にやる時間だ。

 狩谷先生が提示してきたのは、班分けだった。


「お前らも知ってると思うが、2年になると校外学習があるんだよ。2週間後ぐらいかな。まぁやることはただのキャンプなんだけどな」


 クラスから歓声が上がる。興奮気味に光一も喜んでいる。


「騒ぐな騒ぐな、とりあえず最後まで聞いてから騒ぐようにしろよ、お前ら。いいか?」


 狩谷先生曰く、校外学習では、自然に触れつつあらゆるものを体感することで、自分たちのあり方を改めて考え直すなんていう哲学的な思想も込められているらしい。


「だからあくまで遊びに行くんじゃなくて、学習しに行くっていうつもりで臨むように。いいな?」


 しぶしぶといった感じで、みんなが口々に「はーい」と返事をする。


「こういう時は元気がねぇのなっ!」


 狩谷先生のツッコミに、クラスから笑い声が聞こえる。


「そんじゃあ雑に出席順で組むか。この機会に仲良くなっとけお前ら。3年はクラス替えないからな」


 と、配られたプリントに書かれていた班分けは、


『鷹野光一、橘響、月城叶奏、戸塚美香とつかみか


 の4人だった。


 どうやら俺は、月城さんとグループワークすることになりそうだ。

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