第3話 1年の文化祭
「1組と2組は合同でやりましょう!」
そんな風に言っていたのは誰だっただろうか。
最初は「どうなんだろう?」という意見もあったが、最終的には全員が納得した。
理由は単純。2クラスともやりたいものが「お化け屋敷」だったのだ。
迷路のような雰囲気たっぷりの空間を進んでいきながら、そこに来た人を驚かしたり、少し謎解きをさせたりするあの企画。
テーマやアイデアがあったとしても、なかなかそれを形にするためにはスペースの問題もあり、出来ないこともあった。
しかし、合同でやるなら準備の際の手は2倍になるし、スペースも倍。なにかと都合が良いのもあり、一緒にやることになった。
1年生の初めての文化祭。なんとなくわくわくしていたのはみんな同じで、しかも他クラス合同ともなると、特別感も増す。
俺はというと、特段工作に加わるほど器用でもないので、壁にするパネルをスプレーで塗る作業をしていた。
「あ、しまった」
「お、どうした響~?」
光一は俺の小さなぼやきに気づいた。
「スプレーが空になっちゃった。最後の1個だったんだけど、もう少し足りなかったみたいだな」
「じゃあ買い出し行ってくるか? 場所分かるだろ?」
「ああ。分かるよ」
「OK!
「お、助かる。じゃあ行ってくるわ」
そうして買い出しに行った後、戻ってきたときに彼女はいた。
淡い紫のウェーブ髪をひとつに束ねた少女が、ジャージ姿のままボーっと壁を見つめていた。手にはごみ袋を握りしめて。おそらく、1組でごみ捨てをしに行く途中だろう。
なんとなく彼女から目が離せなくなった。というのも、ただ呆けているだけなのかもしれないが、なんとなく困っているような気がしたからだ。
少し迷ってから、声をかけた。
「大丈夫?」
パッとこっちを見たときの彼女の「何が?」という声が忘れられない。
透明感のある綺麗な声で、それをよく覚えている。
「えっと……」
ジャージに書いてある名前を見て、彼女が”月城”という名前であることに気づいた。
「月城さん? ゴミ捨て場ならあっちだけど……」
そう言って俺は、月城さんが見ている方向とは逆方向を指す。
「ん、ありがと」
コクリと頷いてすたすたと反対側に歩いていくが、なんだか心配だ。多分、あの子道がわからないんだよな?
「ごめん、ちょっと待ってて!」
大慌てで俺は自分のクラスに戻る。「お帰り!」という光一の声を、頷きひとつだけで流した。
「なんかたまってるゴミとかない?」
「お! ちょうどいい感じに、ほら! 捨ててくれんの? 響、マジサンキューな! ジュース奢るよ」
「大げさだって、ごみくらいで。立ってたからついでに!」
発泡スチロールの入ったごみ袋を受け取ると、俺はすぐに月城さんのもとに戻る。
「月城さん!」
声をかけられた彼女は、やっぱりごみ袋を持って立ちどまっていた。ちょっと待ってって知らない人に言われて待ってくれているだなんて、優しいな。
「ごめん、実はさ、俺もごみ捨て頼まれてたの思い出して。一緒に行かない?」
そう言った俺に対して、彼女の桃色の丸い瞳が一瞬揺らいだような気がした。でも、すぐに真っすぐな目でコクリと頷く。
「よし、じゃあ行こうぜ」
上がった息を隠しながら、俺は彼女を案内した。
月城さんと話したのは、この1回きり。それ以降は特にこれといって話をすることもなかった。
――それが、橘くんとの出会いだった。
私は薄々、彼のやさしさから出る嘘に気づいていた。彼はあの時、ごみ捨てなんて頼まれていなかっただろう。
私が方向音痴でゴミ捨て場までの道が分からないのを察して、フォローするようにわざわざ一緒に行こうと言ってくれたんだと思う。
文化祭が終わったあと、廊下ですれ違ったりするときに、自然と彼を目で追うようになっていた。
温かい心を持つ彼の名前は、橘響というらしい。なんだか素敵な名前だな、と思った。
彼のことをもっと知りたい。仲良くなりたいし、あの時のお礼をちゃんとしたい、と思っていたのに、私は何もできずに進級しちゃった。
2年生で同じクラスになれたと知ったときは飛び上がりそうなくらいだった。
でも、いざお礼といっても、あれから5か月も経っちゃってるし、あの時ちょっと話しただけで、橘くんは忘れているかもしれない。
そう思うと、なかなか言葉にすることができなかった。もともと口下手だし、何考えてるか分からないってよく言われるし。
陽葵ちゃんは、「叶奏は分かりやすいよねぇ」なんて言ってくれるけど、それはきっと仲良くなった時に分かるものであって、きっと私は――そう、気難しいタイプに見られがちなんだと思う。
そんな私が、電車の中で思いついたこと。彼と話しているときに考えたことだった。
とある歌手が歌っていた曲で「自分の好きな歌が、その人の好みかは分からないけど、それでもいろいろなことを伝えたいから歌にする」なんていうものがあった。
要は、私もそれをやろうと思っている。
でも、難しく考えれば考えるほど、曲は浮かばないし、そもそも歌で感謝をするっていうのはなんか気持ち悪くない? と迷走している。
「今回、曲を作りたい」とバンドメンバーに伝えたのはいいけど、さすがに曲を作りたくなったこの理由までは伝えてない。
練習する日数とかも考えると、あと1か月くらいで曲は完成させないとさすがに間に合わない。
やばいやばい、滅茶苦茶焦ってきた。どうしよう。
でも、これはきっと、私自身が乗り越えるべきことだよね。うん。
よし、頑張るぞ。部室で私は意を決して、再び作詞用のルーズリーフと向き合った。
「おぉ、叶奏は今日も超真剣だねぇ~♪ 明鏡止水って奴ぅ?」
全然そんなことないよ、陽葵ちゃん。むしろ私は大焦りだよ。
……今日、通学中にガッツポーズしてた橘くん、なんか可愛かったなぁ。
いやいやダメダメ! しっかり集中しないと!
お礼の歌、お礼の歌……。ああ、浮かばない……!
「叶奏? そんなに紙見つめてたら、穴空いちゃうよ~?」
くるりと私は陽葵ちゃんの方を向いた。今にも泣きそうな気持ちだったけど、きっと顔には出てないんだろうな。
「陽葵ちゃん、ちょっといい?」
「ん? どしたの?」
「助けて欲しくて」
紙パックの乳酸菌飲料を飲んでいた陽葵ちゃんは、私がそう言うと待ってましたと言わんばかりにちゅぽんとストローから口を離した。
「陽葵ちゃんにお任せ♪」
瞳に星を浮かべて親指を立てる陽葵ちゃんが、私にはとても頼もしく見えた。
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