第6話 引継書が見たいとか言ってる場合じゃない
「……北の地域が、危険とは?」
俺の問いに、
ジョンは一度だけ、ほんのわずかに視線を落とした。
「うん。
正確に言うとね――
北には、一人の危険な“飼い主”がいる」
「……飼い主?」
思わず、聞き返していた。
この世界は、飼い主と獣人である相棒が、
再会して、穏やかに暮らしていく――
そんな場所だと、どこかで思い込んでいた。
だけど――
危険な飼い主がいるだって?
「まず、昨日話したね。
他人のスキルを鑑定できる者が、
以前はこのギルドにいた、という話を」
「はい」
「その鑑定スキルを持っていたのが、
レオンという男だ。
私の前の、ギルドマスターだよ」
ジョンは、静かに言葉を続けた。
「……半年前に亡くなってね。
彼の後を、
このギルドの職員だった私が引き継いだ」
……前ギルドマスターからの引き継ぎ。
このギルドを引き継ぐ――
並大抵の覚悟や管理能力では、到底務まらないだろう。
引継書がどんなものなのか、
正直かなり気になるところだが……
今は、それどころじゃない。
「レオンが生きていた頃、
一人の飼い主がこの世界にやってきて、
ギルドを訪れた。
……今から、一年ほど前の話だ。
ジョンは、当時を思い返すように、
一拍置いてから言葉を続ける。
「その飼い主の名は、ポール。
イギリス人で――」
そこで、
ジョンの視線が、ふと横へと逸れた。
カウンターの脇に止まっていた、
フクロウの獣人――ロウ。
「……この、ロウの飼い主だった」
「え……?」
思わず、声が漏れる。
隣にいたペロも、驚いたように耳をぴんと立てた。
ロウは、
ほんのわずかに羽をすぼめる。
まるで――
胸の奥にしまい込んだ何かを、
そっと守るかのように。
「レオンは、いつものように、
ポールのスキルを鑑定した。
そして――
そこに、とんでもないものを見た」
思わず、
ゴクリと喉が鳴る。
「それは――“服従スキル”」
「……服従?」
「一人の獣人を、
意のままに操ることができるスキルだった」
背筋に、
冷たいものが走る。
それは、使い方を誤れば――
コンプライアンスの欠片もない、
最悪のハラスメントスキルだ。
ジョンは、
感情を抑えるように、淡々と――
だが、はっきりと言った。
「レオンは
『君のスキルは見えない』と、嘘をついた。
鑑定できなかった、とね」
――守るための嘘。
だが。
「……あるとき、
ポールは自分のスキルの正体に気づいた」
ジョンの声が、
ほんのわずかに低くなる。
その低さが、
この先に起きた出来事の重さを、物語っていた。
「そして……」
その先を、
本能的に聞きたくない気がした。
「ロウをおいて――
私の相棒だった、
ドーベルマンのジャックを操り、
連れて行ってしまった」
「……っ!!」
言葉を失う。
ロウは、さらに羽をすぼめ、
そのまま俯いてしまった。
「私が現世で飼っていて、
この世界で再会した相棒――」
ジョンは一度、言葉を切った。
「大型のドーベルマン、ジャック。
彼は、獣人の中でも
群を抜いた力を持っていた」
そう言って、
ジョンはギルドの壁や柱を、
ゆっくりと見渡した。
「このギルドも、周辺の建物も、
多くはジャックの力があってこそ完成したものだ」
その言葉のあと、
重たい沈黙が、ゆっくりと落ちた。
「……突然、ジャックは暴れ出した。
誰も、止められなかった」
ジョンは、わずかに目を伏せる。
「――私の声も、
まったく、届かなかった」
それは、
飼い主として――
決して認めたくなかった現実だっただろう。
「そして、ジャックを連れて行くとき……
ポールは、こう言った」
ジョンは、
言葉を選ぶように、一拍置いてから、告げる。
「――『力がすべてなんだ』、と」
俺の胸の奥が、
ぎゅっと締めつけられた。
「きっと彼は、
ロウと別れたあと、
現世で、相当辛い思いをしたのだろう」
ロウが、
喉の奥で、かすかに鳴いた。
「その感情を抱えたまま、
この世界に転生し――
最強の獣人、ジャックを
“手に入れること”を選んだ」
……そんな理由で、か。
「そして……」
ジョンは、一度だけ言葉を切る。
「ここからは、
君にとって、かなり辛い話になる」
そう言って、
俺をまっすぐに見た。
「私のスキルは、
ロウの飼い主――
つまり、ポールのおおよその居場所を、
今も把握している」
嫌な予感がする。
――まさか。
「ポールは、
ここからはるか北の方角に拠点を移した。
……この地図の、さらに向こうだ」
ジョンは地図の端を指し、
その先を、見るともなく見つめた。
「そして、それ以降――
この世界にやってくる、
飼い主の“相棒”の位置を鑑定すると……
ある傾向が、はっきりと見えてきた」
嫌な予感が、
ゆっくりと、確信に変わっていく。
「多くが、
ポールの居場所の近辺に集中している」
「……それって」
俺の声は、
自分でも驚くほど低かった。
「私は、こう考えている」
ジョンは、
一切の迷いなく言った。
「ポールは、ジャックの力を使って――
まだ飼い主と再会していない獣人たちを捕らえ、
軟禁しているのだと」
頭の中が、
音を立てて真っ白になる。
「……そして」
ジョンは、
ほんの一瞬だけ、言葉を切った。
その間が、
ひどく長く感じられた。
「君のサクラが、
今いる場所も――」
一拍。
「そのポールの拠点と、
ほぼ同じ場所なんだ」
……なんてことだ。
心臓が、
大きく、嫌な音を立てて脈を打つ。
サクラは、この世界で生きている。
だが……
そこは、危険な場所。
――飼い主は、善人ばかりではない。
俺は、
この世界が持つ
“もう一つの現実”を――
はっきりと突きつけられていた。
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