第5話 ここに転職したい

次の日の朝。


「ペロ、今日はまず何をしようか?」


「ギルドに行こう!

 ジョンさんに、

 サクラちゃんのこと聞いてみようよ!」


確かに、スキルを持つジョンさんに聞けば、

何か分かるかもしれない。


「そうだね」


俺はそう答え、身支度を整えた。

……もっとも、身支度といっても、

昨日と同じスーツに袖を通し、

靴を履いただけだ。


サクラのこともそうだが、

まず、収入を得る方法を見つけて、

新しい服を買いたい。


転生前なら、

スメルハラスメントで、

訴えられる覚悟が必要だ。


俺とペロは家を出て、

昨日と同じ森の道へ向かった。


――そして、昨日と同じように、

ペロが先頭に立って、走り出す。


……いや、待て。


「速っ!?」


昨日とは比べものにならないスピードで、

ペロの背中が一気に遠ざかり、

あっという間に見えなくなった。


「ちょっと! ペロ!」


とても付いていけるはずがない。

そう思いながらも、反射的に走り出す。


――その瞬間だった。


体が、軽い。


地面を蹴った感覚が、

昨日とはまるで違う。


気づけば俺は――

ペロと、並んで走っていた。


いや、違う。


「……え?」


少し踏み込んだだけで、

ペロの横を、すっと追い越してしまった。


俺の方が、速い。


「ハジメ! すごーい!」


「いや……すごーい、じゃないだろ」


明らかにおかしい。


昨日までの俺なら、

数百メートル走っただけで、

息が上がっていたはずだ。


なのに――

今は、呼吸ひとつ乱れていない。


(……これはまさか、

 もう一つのスキルの効果か?)


胸の奥が、じわりと熱を帯びる。


俺は走りながら、

自分の体が昨日とは別物なことを、

意識していた。


ギルドに到着したのは、

家を出てから三分もかかっていなかった。


昨日は家からギルドまでは二十分。

とんでもない速さだ。


「ハジメ、すごい!

 でも、アタシも昨日より、

 すごく速く走れるようになったよ!」


……アタシも?


もう、わけがわからない。


――やっぱり、俺のスキルの効果なのか?


ギルドの中に入ると、

カウンターの向こうでジョンが顔を上げた。


「おや。もう来たのかね」


「ジョンさーん!」


「昨日は、よく眠れたかね」


「はい。よく眠れました」

(部屋はめちゃくちゃでしたけど)


俺は、昨夜起きたことを一通り説明した。


体が温かい光に包まれたこと。

嗅覚や動体視力が鋭くなったこと。

そして、今朝の異常な走力。


さらに、ペロの走力まで上がっていること。


ジョンは腕を組み、静かに頷いた。


「なるほど。

 嗅覚、動体視力、走力。

 いずれも犬が人間より遥かに優れた能力だ」


「あ……」


確かに、言われてみれば――


「ペロ。

 昨日と比べて、走力以外に、

 変わったところはないかい?」


「うん!あるよ!

 遠くの匂いも分かるし、

 動いてるものも、もっとはっきり見える!」


え?

それは初耳だ。


「なるほど。

 いや、信じがたいことだが――」


ジョンは、こちらを見て断言した。


「整理しよう。

 ハジメくん、君はおそらく、

 ペロの能力を引き継いだのだろう。

 そして同時に、

 ペロ自身の能力も引き上げている」


「……!!」


「つまり、

 獣人がもつ能力を共有し、

 さらに能力を引き上げるーー

 私が見たこともない、聞いたこともないーー

 圧倒的なスキルだ」


――なんてことだ。


「名付けるなら、

 共に在ることで強くなるーー

 "共生者"スキルといったところだろうか」


――凄い。

このギルドマスター、理解が早すぎる。

超有能なトップだ。


この人がトップで、さらに超ホワイト。

こんな組織の採用情報は、

逐一チェックしておかなければならない。

転職のチャンスを逃さないためにも。


……いや、今はそんなことどうでもいい。


「この世界では、

 人間はスキルを持つが、

 基本的に身体能力では獣人に劣る。


 だが――

 君のスキルは例外だ。

 極めて強力で、そして珍しい」


ジョンは続けた。


「昨日ここに来た時、

 まだ能力が発現していなかったのなら、

 発動条件は――心の結びつきだろう」


……やっぱり。


温かい光に包まれたのは、

俺が心からペロに

「またよろしく」と言った、

その瞬間だった。


「……すごく、スッキリしました。

 ありがとうございます」


「うむ。

 このスキルを持つ者が、

 君のように優しい人間で良かった」


……?

なにか含みのある言い方だ。


そのとき、ペロが割って入った。


「ジョンさん!

 ハジメが、サクラちゃんのこと、

 聞きたいんだって!」


――そうだ。

俺は気持ちを切り替え、

サクラのことを話した。


「なるほど……。

 では、手を握ってくれるかね」


「えっ」


「少しだけだ」


恐る恐る、ジョンの手を握る。


しばらくして――


「結論から言おう。

 サクラは、この世界にいる」


「!?」


「やったね、ハジメ!」


「……うん」


「ただし、

 そう近くにはいない」


ジョンは一枚の大きな紙を広げた。


「これは、

 フクロウのロウが調べた地図だ。

 これはここから、

 半径二十キロほどの範囲のものだが……」


彼は、地図のさらに外側を指した。


「サクラは、

 この遥か北にいる」


「北……」


心臓が、大きく脈打つ。


サクラは、生きている。

この世界で、どこかに。


「すぐに探しに行きたい気持ちは分かる。

 だが――」


ジョンの声が、低くなる。


「北の地域は、少し危険なんだ」


――それは、

俺がこれから知ることになる、

この世界の“もう一つの現実”だった。

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