第8話

 仕事が終わった翌日の、少し遅い朝。

 ノールの工房でふたりきりの時間を過ごし、溶け合って境が無くなったような体温を素肌で分かち合いながら、まだ淡く滲む微睡みを瞼の上に溶かしていた時間。何ものにもジャマをされない幸福感に浸るおれの腕の中で、愛しい人が無防備に身じろぐ。


「おはよ、ノール」

「ん……、はよ。ヴァル。なに、もうおきるの……?」


 おはようと言いつつ、ノールはまだ眠りの側に近い方にいるみたいだ。

「まだ寝てていいよ。からだ、しんどくない?」

「ンー……、へいき」

「よかった」

 瞼にキスをひとつ落として今日はゆっくり過ごそうと告げると、ノールはうんと掠れる声で答えて擦り寄ってくる。その肩をブランケットに包み直したときだ。

 

 おれたちは、突然鳴り響いた通話端末のコール音で起こされた。


 

「――ッ!」



 あきらかに苛立ちながら飛び起きて、ノールが通話端末を手に取った。

「なに、どこから……?」

 おれもしかたなく身体を起こす。腕の中にあった温もりが一気に冷めて、穏やかな眠気と雰囲気があっという間に消えていく。


「組合からだ。……んだよ、こんな朝早くから。俺たちが休暇に入ったことくらい知ってんだろ……っ! ああ、もう、しつこいな!」

 発信先を確認して、ノールは寝起きの低い声で不機嫌に零した。

 いつまでも鳴り続け止まる様子のない音に、とうとう端末の通話をオンにする。


 蕩けていた寝顔を機嫌の悪いものへと変えたノールの言うとおり、おれたちが休暇に入ったことなんて組合側も把握しいてるだろうに、朝から何の用があるっていうんだ。間違いでした。なんてことだったら長い文句のひとつでも言ってやろうか。そう思って、通話端末を持つノールの背中に腕を伸ばしたら、ノールの声が数秒で驚きと焦りのものに変わった。

「えっ……」

 強張る肩、伸びる背中。触れる肌から感じるのは早くなる脈拍。

 緊張するようなことでもあったんだろうか。ノールの顔を覗き込むと、緊張と言うには鮮やかな歓喜の色が滲んで見えた。

「……?」

 何かと尋ねようとするおれを、ノールの手が止める。


「いいえ。ハイ。はい、ふたりで。……わかりました。すぐ、向かいます!」


 短い通話を切って、視線はようやくこちらに戻った。

「どうしたの? 何か、トラブルがあったとか?」


「トラブルじゃないけど……。ヴァル、すぐ出かける支度してくれ」


「?」


「師匠からの呼び出しだった……。あのひとが、ムーサに戻ってるって!」


 そう言う顔は、不機嫌の影も無い。おれが昔から知ってる明るい笑顔に変わっていた。

 そうなる原因は聞き逃せない単語の、そのひと。


「師匠って……、ナトアさん?」

「そう、俺の師匠、ナトアさんだよ。急げ! あの人待たせちゃ色々マズい」

「わ……、わかった! 急ぎ、マス!」


 そう言って、ノールはベッドを飛び出すと、急いで出かける準備に入る。


 その背中を追って、おれも急いで身支度を調えた。

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