民意裁判所の最後の1票

ちびまるフォイ

反対する人がいないのが、正しい判決

「では被告は殺人をしたことを認めるのですね?」


「はい。俺はたしかにあの男を殺しました。

 でもそれは彼女を守るためだったんです!」

「ステキ!」


「いえ、でもあなたは彼氏ではないでしょう?

 本当の彼氏を殺すことは正当化できないのでは?」


「できます! 愛があるから!」

「うれしい!」


「……では、民意裁判官による答えを決めます」


民意投票権のある人たちが一斉に民意を送信する。

無罪か有罪か。結果が表示された。



「ということで、殺人を犯した被告は"無罪"とする」



「ひゅー! 愛してるぜ子猫ちゃん!」


民意裁判所を出たアイドルは、出待ちしていたファンに投げキッス。


大人気アイドルグループの不動のセンター。

その顔面偏差値は重要文化財にも指定されているほど。


そんなイケメンの頂点に立つ彼のファンは、人口の半数を占めるほど。

圧倒的な組織票が彼の素行の悪さを無罪放免としていた。


「ファンのみんな! 今回も組織票ありがとう!

 みんなのお陰で無罪になったよ!」


そう感謝されるのが嬉しくてファンたちは今日もアイドルに民意を捧げる。


たとえアイドルが万引きをしても。

スピード違反をしても、覚醒剤を持ち込んでも。


「民意の結果……。無罪とします!」


すべて民意が過半数を超えるので無罪放免。

そんな状態なので警察も徐々に逮捕すらしなくなっていった。


「だって逮捕したところで無罪になるんだろ?」

「冤罪逮捕って言われるし……」

「それに逮捕した時点で、ファンに住所暴かれて袋叩きされるんだもん……」


すっかり警察も萎縮し、なく子も黙るファン達となっていた。


そんな折、とあるドームコンサートのMCでアイドルがマイクを持った。



「今日はこの場を借りて、みんなに伝えたいことがあります」



ファンがざわつく。

引退か、解散か……。


息を呑む会場のファンたちにアイドルは頭を下げた。


「実はみんなのチカラを貸してほしいことがある。

 俺のファンが先日、顔がムカつく人を殺してしまった!

 このままじゃ民意で普通に有罪になってしまう。

 

 俺は自分のファンから犯罪者なんて作りたくない!

 みんな、ファンを助けるために民意を貸してくれ!!」


ファンたちはサイリウム色の涙を流した。

神である彼が自分たちに頭を下げてくださってあらせられる。

本来は命令する立場である彼が、わざわざ力を貸してくれと。

そんなの断れるわけがない。


アイドルを無罪にするのもファンの役目。

アイドルを支えるファンを無罪にするのも、当然ファンの役目。


自分たちは常に一心同体。

アイドルを支える志を持った家族なのだから。


温かいファンの声援でアイドルも涙を流す。


「みんな、ありがとう! 民意で常識を変えよう!!」


アイドルの声かけをきっかけに署名運動などもはじまり、

どこぞのファンが起こした殺人事件はファンの組織票により民意無罪となった。


殺人を許されたファンは泣いてファンに感謝した。


「みんなありがとうございます! 一生ファンを続けます!!」


この一件もあり、ファンの人口はますます増えていった。

別にアイドルが好きじゃない人もファンを自称するようにまでなる。


どうして好きでもないのにファンクラブに入るのか。

その回答はみんな同じだった。


「え? だってファンなら何しても許されるんでしょ?」


晴れてファンクラブ会員に入れた人間はファンカードが発行される。

どんな犯罪をしても、カードを出せばどのみち民意で無罪になる。


人口が増えたことでファンによる組織票は、

多数決で判決を決める民意裁判所における決定打となっていた。


好き放題やるアイドルを支える、無法者のファンたち。


それを面白く思わない人も一定いることにアイドルは気付いた。

そしてまたコンサートの折にマイクを握ってよびかける。


「ファンのみんな、今日も応援してくれてありがとう。

 今日はみんなに力を貸してほしいことがあります」


「「 なーーにーー? 」」


「アンチを殺してほしい」


その呼びかけに対し、文句を言うファンは誰もいなかった。

アイドルのファンを自称している以上、アイドルのご意向は絶対だ。


「実は……民意裁判所で多数決をやっていても、

 一定数が反対意見になるのが最近増えてきている。

 その原因はアンチだ。彼らは俺達の絆をバラバラにしようとしている」


ファンたちの目に殺意の炎が灯る。


「みんなでアンチを殺して、世界をよくしよう!!

 人間どうしが助け合って無罪にする世界にしていこう!」


「「 おおーー!! 」」


ファンたちは立ち上がった。各々の手に凶器を持って。


それからは民意裁判で、ファンの組織票と逆に入れた人間には

住所を特定してファンたちが殺しにかかるようになった。


でも心配無用。

殺してもファンが助けてくれる。無罪は確約だ。


怖くなったアンチたちは口を閉ざして隠れてしまう。

ファンたちはアンチを含めたそれっぽい人の粛清もはじめる。


自分たちは無罪なので悪くない。

たとえ全然違う人を殺してもファンが許してくれる。


自分は絶対に正しい民意の指示のもとに動いているのだから。


暴徒化したファンたちの凶行が続いた数日後。

ファンたちにもっともショッキングなニュースが飛び込んできた。


「そんな!! 彼が……彼が死んじゃうなんて!!」


アイドルの死。

引退よりも衝撃的な記事にファンたちは言葉を失った。


犯人はすぐにとっつかまった。

アイドルを殺したのは、これまで支えてきた濃いファンだった。


「私……ファンでいるのが怖くなっていった……。

 どんなに悪いことも罪悪感なくやれてしまう自分がいて、

 でもファンを辞めるとアンチ認定されるのも怖くて……」


大好きなアイドルさえいなくなれば、

ファンたちも正気に戻るはずだからと殺人を行ったという。


うすうす気づいていた民意というなの催眠術から覚めるファン。

一方でなんてことしてくれたんだと激昂するファン。


あれだけ一丸となっていたファンは分断されてしまった。

アイドルを殺したファンがどうなるのか。


国民が民意裁判所の多数決を待った。


「では、民意を集計します!」


裁判所では投票された民意の数を数えていく。

無罪と有罪。どちらが多く投票されるのか。


集計結果が出る。


「み、民意は……」




「ドロー! 同数です!!」


裁判所のファンたちは目を見開いた。

完全に同数で二分されてしまった。


アイドルを殺したファンなどファンではない。

そんなやつは有罪に決まっているという民意票。


ファンの暴走を止めるためにやむなく行った。

自らの手を汚した救世主は無罪であるべきだという民意票。


それはきれいに二分されて有罪無罪どちらも決められなくなった。

その後も何度民意を集計し直しても同じ結果になる。


民意裁判所はお手上げだった。


「これでは有罪も無罪も決められない!

 民意はどっちにすべきなんだ!」


民意に反した判決を出せば、裁判所の外で住所特定されて襲われるかもしれない。

民意に即した判決を出さねばならない。


でもその民意が完全にわかれてしまっている。

民意裁判所が暗礁に乗り上げたとき、ファンのひとりが起立した。


「もう一度、民意を集計し直しましょう」


「何を言っとるんだね。もう何回も集計しなおした。

 そのうえで毎回ドローになってるから困っているんだろ」


「いいえ。次は必ず決まります」


「なぜそんなことが?」


聞いた民意裁判官だったが、ファンの手に持つ凶器で察しがついた。

もちろん止めることなどできはしない。

ファンに逆らうことなど民意に対する反逆なのだから。



2時間ほどが経過した。


注目の民意裁判所の判決が出るとテレビが入ってきた。


「さあ、結果はどうなったのでしょう! 突撃します!」


裁判所の扉が開かれる。

そこはファンの屍がいくつも横たわる血溜まりができていた。


その中央でひとり。


最後に生き残ったファンは高らかに叫んでいた。



「あははは! もうこれで私が民意だ!!

 反対するやつはみんな殺してやった!! あははは!」




決選投票が行われ、有罪1票:無罪0票。


民意裁判所の判決はくだされた。

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