第4話 白銀金貨
王都の入り口にある検問所。 ここは本来、犯罪者や魔物の侵入を防ぐための場所だ。 だが今のこの状況は、明らかにその範疇を超えていた。
「き、騎士団を呼べぇぇぇ!! 緊急事態だ!!」 「正体不明の男が『戦略級物資』を大量に持ち込もうとしているぞ!!」
警備兵たちが顔を真っ青にして走り回っている。 槍を構える者、鐘を鳴らす者。 その中心にいるのは、俺とアルだ。
「……なぁアル。俺はただ、街に入りたいだけなんだが」 「師匠、諦めてください。その背中の『薪』が全部悪いんです」
アルが遠い目で答える。 俺の背中には、先ほど剥ぎ取った鉄甲竜の鱗が十枚ほど束ねられている。 紐で括っているので見た目は少しワイルドかもしれないが、ただの素材だ。なぜこれほど騒ぐ必要があるのか。
「貴様! その背中のもの……どこで手に入れた!?」
震える手で槍を突きつけてきたのは、守備隊長らしき男だった。
「どこって、そこの森で拾った……というか、剥いだんだが」
「森で剥いだと!? 『
「どうやってと言われても……こう、手でメリメリと」
「手で!? 嘘をつくな!!」
隊長が怒鳴る。いや、本当なんだが。 少し接着が強かったが、感謝を込めて指に力を入れたら綺麗に剥がれたのだ。
「隊長! こ、これを見てください!」
恐る恐る鱗に近づいた部下の兵士が、素っ頓狂な声を上げた。
「この鱗……『断面』がおかしいです!」
「なんだと?」
「剥がされた跡じゃありません! 鱗そのものが、何らかの鋭利な刃物で『両断』されています! しかも、切断面が鏡のように滑らかで……」
兵士たちがどよめく。 隊長が脂汗を流しながら、俺を凝視した。
「鉄甲竜の鱗を……両断だと? そんなことができるのは、伝説の聖剣か、あるいは剣聖クラスの使い手しか……」
隊長の視線が、俺の腰にあるボロボロの木刀に止まる。 そして次に、俺のボロ布のような服と、伸び放題の髭を見る。
「……いや、ありえん。どう見てもただの浮浪者だ。おそらく、森で伝説級の武器を持った冒険者がドラゴンを倒し、その死体からこいつが鱗をくすねてきたに違いない!」
なるほど、そういう解釈か。 俺としては誤解でもなんでも、通してくれるならそれでいい。
「それでいいから、通してくれないか? 俺は借金を返しに行きたいんだ」
「なっ、貴様! 盗品の疑いがあるものを持ち込ませるわけには……」
「――通してやりたまえ」
その時、凛とした声が響いた。 検問所の奥から現れたのは、白銀の鎧に身を包んだ女性騎士だった。 長い金髪をなびかせ、その腰には装飾の施された騎士剣が帯びられている。
「あ、あなたは……『剣姫』アイリス様!?」
兵士たちが一斉に敬礼する。 アイリス。その名は俺でも知っている。王都騎士団の副団長にして、若くして剣の天才と呼ばれる有名人だ。 かつてDランクだった頃の俺にとっては、雲の上のさらに上の存在だった。
アイリスは俺の前に立つと、鋭い視線で俺を見下ろした。 いや、俺ではなく、俺の腰にある木刀を見ているようだった。
「……そこの男。名は?」
「……リックだ」
「そうか、リック。その鱗、お前が斬ったのか?」
「そうだと言ったら?」
俺が答えると、アイリスはふっと笑った。嘲笑ではない。どこか楽しげな、肉食獣のような笑みだ。
「面白い。隊長、彼を通しなさい。何かあれば私が責任を持つ」
「は、しかしアイリス様! この男はどう見ても……」
「見た目で剣士を測るなと、いつも言っているはずだ。……それに」
アイリスは小声で、俺だけに聞こえるように囁いた。
「(貴様のその木刀……とてつもない『静寂』を纏っているな。……手合わせ願いたいところだが、今は公務中だ。ギルドへ行け。その鱗なら、王都中の商人が泣いて欲しがる)」
アイリスは兵士たちに道を開けるよう指示を出した。 俺は一礼すると、固まっているアルを連れて検問所を通過した。
†
「し、師匠……! あの『剣姫』に一目置かれるなんて、やっぱり凄すぎます!」
王都の中に入ると、アルが興奮冷めやらぬ様子で話しかけてきた。
「別に一目置かれたわけじゃないだろ。単に話がわかる人だっただけだ」 「いやいやいや! あの人は実力主義の塊みたいな人ですよ!? その人が『責任を持つ』なんて……!」
俺は肩をすくめた。 それより今は、この重い鱗を換金するのが先だ。
冒険者ギルドへ戻ると、先ほど以上の騒ぎになった。 俺がカウンターに「薪の束」をドスンと置いた瞬間、鑑定士が悲鳴を上げて卒倒したのだ。
「て、鉄甲竜の鱗……しかも十枚!? こ、これ一枚でミスリルのフルプレートが買えるんですよ!?」
「そんなにか? じゃあ、これ全部でいくらになる?」
「は、白金貨……いや、ギルドマスターレベルの決裁が必要になります! ギ、ギルドマスターを呼んでまいります!!」
受付嬢が半狂乱で奥へ走っていく。 俺はポリポリと頬をかいた。 聖女に借りた金貨数枚を返すつもりだったが、どうやらお釣りが来すぎて財布に入り切らないことになりそうだ。
「……なぁアル。俺はただ、借金を返して、Sランクを目指したかっただけなんだが」
「師匠。Sランクどころか、もう国賓(VIP)扱いですよ、これ」
待たされている間、俺はふと、目的の人物のことを思い出した。 聖女。 彼女は今、どこにいるのだろうか。 この大金を持って会いに行けば、彼女は驚くだろうか。 「時間ができた」と報告すれば、あの日のように微笑んでくれるだろうか。
だが、戻ってきた受付嬢の言葉は、俺の予想を裏切るものだった。
「あの……リック様。この鱗の買取手続きと並行して、緊急の依頼が発生する可能性があります」
「依頼? 俺はまだパーティも組んでない無職だぞ」
「いえ、ギルドマスターからの直接指名です。……実は、聖女エリス様が、あるダンジョンで行方不明になられたとの情報が入りまして……」
「――なんだと?」
俺の中で、何かが弾けた。 今まで「感謝」で保たれていた心の水面が、激しく波打つ。
「どこのダンジョンだ」
「は、はい! 王都の地下に広がる『奈落の迷宮』……その深層部です!」
俺はカウンターに置いた鱗を指差した。
「その金は、全額『聖女捜索』の費用に充ててくれ。装備も準備もいらない」
俺は木刀を握りしめ、ギルドの出口へと踵を返した。
「行くぞ、アル」
「は、はいっ! どこへ!?」
「決まっている。『奈落』へのピクニックだ」
俺の足は、自然と加速していた。 音速を超える準備運動(すぶり)は、もう済んでいる。 待っていてくれ、聖女様。 あなたがくれた時間は、あなたを助けるためにあったのだと、今証明する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます