第3話 アイアンドラゴン

ギルドを出て、大通りを歩く。 久しぶりの王都の石畳は、山道に慣れた足には少し硬すぎた。


「あの、師匠! 待ってください師匠!!」


背後からパタパタと小走りでついてくる気配がある。 先ほどガストンに絡まれていた少年だ。


俺は足を止めずに答える。


「俺は師匠じゃない。それに、弟子を取るつもりもない」


「でも! さっきの剣技……いえ、神技! あんなの見たことありません! 斧の刃だけを斬り飛ばすなんて、一体どういう理屈なんですか!?」


少年は目をキラキラさせて食い下がってくる。 どうやら、俺が適当にごまかした「手品」という言葉は信じていないらしい。


「理屈なんてない。ただ、感謝しただけだ」


「感謝……ですか?」


「あぁ。斧に、空気に、そしてガストンの未熟さに」


(……斧に感謝して斧を壊す……? 哲学的すぎる……やはりこの人は、とんでもない領域の達人だ……!)


少年が勝手に何かを納得して頷いている。 俺はため息をついた。悪い子じゃなさそうだが、俺には聖女に金を返すという目的がある。子守をしている暇はないのだ。


「悪いが、俺はこれから金を作らなきゃならない。ついてきても構わないが、相手はしてやれないぞ」


「お金……ですか? それなら、良い稼ぎ場所があります!」


少年――名前はアルというらしい――が、とある場所を提案してきた。


          †


「……おい、アル。ここはお前、『死神の森』じゃないか?」


王都の北に広がる鬱蒼とした原生林。 そこは、かつての俺たちDランク冒険者にとっては「立ち入り禁止区域」であり、熟練のBランク以上がパーティを組んでようやく探索できる危険地帯だ。


「はい! ここの奥に生えている『万年雪の薬草』なら、ギルドで高値で買い取ってくれるんです! 師匠の腕なら、森の浅い場所くらい余裕ですよね?」


アルが張り切って案内する。 なるほど、薬草採取か。地味だが確実だ。聖女に返す金貨数枚分なら、数日かければなんとかなるだろう。


「わかった。じゃあ、手分けして探そう」


「はい! ……って、師匠!? そっちは森の深部ですよ! 『鉄甲竜(アイアン・ドラゴン)』の縄張りです!」


アルが慌てて叫ぶが、俺は首を傾げた。 鉄甲竜? なんだそれは。 俺が山で修行していた時、たまに邪魔しに来ていたあの硬いトカゲのことだろうか。あいつら、すぐに刃こぼれするから薪割りの練習台にちょうどよかったんだが。


「大丈夫だ。気配はするが、大したことはない」


「た、大したことない……!? 災害指定モンスターですよ!?」


ガサガサッ、と茂みが揺れる。 アルが顔を青くして腰の剣を抜いた。


現れたのは、全身が黒鉄の鱗に覆われた巨大な竜だった。 全長は十メートルほど。吐き出す息が熱気となって周囲の草を枯らしていく。


「グルゥゥゥゥ……ッ!!」


竜が咆哮を上げる。 アルが腰を抜かした。「お、終わりだ……こんなの、騎士団が来るレベルじゃないか……」


俺は木刀に手を添えた。 懐かしい。山で何度も見た顔だ。いや、個体は違うかもしれないが、あの硬そうな質感はそっくりだ。


「下がってろ、アル」


「し、師匠! 逃げましょう! 木刀じゃ傷一つつきません!」


俺は一歩前へ出る。 竜が巨大な前足を振り上げた。単純な質量攻撃。当たればミンチだろう。 だが、やはり。 遅い。 風のそよぎよりも、木の葉が落ちる速度よりも、遥かに遅い。


俺は竜の前足を見上げ、そして深く息を吸った。 この立派な鱗を育ててくれた大自然に。そして、俺の糧となってくれる命に。


「――感謝」


スパァンッ!!


森に乾いた音が響いた。 直後、竜の巨体が「ズレた」。


振り下ろされた前足ごと、胴体が袈裟懸けに両断されていた。 断面があまりに滑らかなため、血が吹き出るまでに数秒のタイムラグがあったほどだ。 ズシィィィン……と、巨竜が沈黙する。


「ふぅ。……少し深めに入りすぎたか」


俺は木刀を振って血糊(といっても、付着してすらいないが)を払い、腰に戻した。 振り返ると、アルが口をあんぐりと開けて固まっていた。


「……し、師匠?」


「ん? あぁ、薬草だったな。探そうか」


「いやいやいや! 薬草どころじゃないですよ! ドラゴン! ドラゴンを一撃!? しかも木刀で!?」


「硬い薪を割るのと同じだ。繊維に沿って刃を入れれば、力なんていらない」


「ドラゴンの鱗を繊維って言った……」


アルが震えている。 俺は首を傾げつつ、倒れた竜に近づいた。


「この鱗、何枚か剥いで持っていくか。薬草より高く売れるだろ?」 「売れるどころか、一枚で家が建ちますよ!!」


俺は適当に手でバリバリと鱗を引き剥がした。 硬い。山で使っていた岩皿の代わりになりそうだ。 十枚ほど剥がして重ね、紐で縛って背負う。まるで薪を背負う木こりのようだ。


「よし、帰るぞアル。これだけあれば、聖女様への借金も返せるはずだ」


「……師匠。僕、一生ついていきます」


「だから弟子にはしないって」


俺は背中の重み(といっても羽毛のように軽いが)を感じながら、森を後にした。 この時の俺はまだ知らなかった。 「ドラゴンの鱗を薪のように束ねて担いでくる浮浪者」が、王都の検問でどれだけの大騒ぎを引き起こすかを。

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