らしくなくてもそうしなきゃって思ったんだ。

「……遠くって言うならさ、俺と一緒に何処か行こうぜ」


 リュウヤの袖を掴んだままでそう言うと、目の前のアイツは戸惑うように瞳を揺らした。


「な、何言ってんの? ……急にそんなこと言い出すとか、アキらしくないじゃん」


 リュウヤは俺から視線を外して、吐き捨てるように言葉を放つ。

 この発言が自分らしくないことなんて、俺がいちばん分かってる。それでも俺はどうにかしてコイツを引き止めなきゃいけない、って思ったんだ。


 ぐっと喉に力を込めて、無理やりに言葉を絞り出す。

 

「別にいいだろそんなの。……お前ひとりにしたら何しでかすか分かったもんじゃないし。リュウヤのそばには……、誰かストッパーになれるヤツが居なきゃだろ」


 お前のことが心配なんだ、なんて簡単な一言すら伝えられない自分のことが腹立たしい。

 唇を噛み締めながらそろりと顔を上げると、アイツは困ったみたいに眉を下げていた。そして俺の視線に気付くと、くしゃりと顔を歪める。


「そっか、……アキはそういうヤツなんだよな」


 そうつぶやいたリュウヤの表情は、笑っているはずなのにどこか泣き出しそうに見えた。


 ◇◇◇

 

 再びリュウヤを座らせると、俺もその隣に腰を下ろす。ふたりでベッドを背もたれみたいにしながら、俺らはぽつりぽつりと言葉を交わした。


「……ごめんな。迷惑かけて」

「別に迷惑なんて思ってねぇよ。……まぁ、迷惑かけたって思うんなら、今度倍にでもして返してくれ」

「ハハッ、なんだよそれ」

 

 俺はリュウヤの謝罪を鼻で笑う。なんでコイツは変なところですぐ気を使うんだか。

 倍にして返してくれ、という俺の言葉に、リュウヤは笑みを浮かべていた。その表情にさっきまでの暗さはなくて、俺は内心ほっとする。


「……つーかアキはオレについてくとか言ってたけど、仕事とか大丈夫なの? 明日って平日だろ?」


 リュウヤの素朴な疑問に、俺はぎくりと肩を震わせる。

 いや、分かってた。この質問が避けられないってことぐらい。

 

 俺は静かに視線をずらして、ぼそぼそと呟く。


「いや……、仕事は……その、……辞めた、から」

「……は!?」


 アイツは目を丸くすると、ぐいと上半身をこちらに乗り出してくる。近い近い。離れて欲しい。


「な、なんで!?  お前就職決まったとき、あんなすっげー喜んでたじゃん!」

「まぁ、それはそうなんだけど……」


 俺は平静を装って言葉を続ける。


「なんつーか、上司との折り合い悪くてさ。情けないけどそれだけだよ」


 なんとなくパワハラだとかなんて話は決まりが悪くて言えなかった。リュウヤはふーん、と納得してないような声を出す。


「……まあアキがそう言うんならそういうことでいいけどさ」


 リュウヤは静かに姿勢を戻すと、口を尖らせながら小さくこぼした。俺は雰囲気を変えようと、話を切り出す。


「そ、そういや明日どうしような。ただ遠くって言ったってどこら辺行くかは決めないとだろ?」


 レンタカーなんて借りるのはどうだ、と俺が言うと、リュウヤは心配そうな顔で口を挟む。


「……一応言っとくけど、オレまともに金持ってないよ?  アキだって今仕事してないんだったら……」

「それは大丈夫。……俺元々貯金してたから。それに、二人だけなら車中泊でいいだろうし。」


 もちろん貯金してたのなんて嘘だし、金に余裕なんかない。本当だったらこんなことしてる場合じゃないのは分かってるけど、それでも俺には一度ついてしまったこの嘘を突き通すしか無かった。

 リュウヤはじっと俺を見たあとで、ふいと目を逸らす。


「……ほんとさ、ありがとな。アキ」


 リュウヤは噛み締めるように呟いた。あまりに真っ直ぐな感謝の言葉がこそばゆい。


「……おー。ほ、ほらもう早く寝ようぜ! リュウヤだって 色々あって疲れてるだろうし、な?」


 俺はつい明日の予定を立てることも忘れて、リュウヤに早く寝るよう促した。電気も消えて真っ暗になった部屋で、俺はひとりごつ。


「多分……、感謝するのは俺の方なんだよ」


 会社を辞めてから、ずっとこの部屋で一人きり。このままじゃいけないってことは分かってるのに、きっかけがないと言い訳をして、俺はずっと動けないままだった。これからもそうなるっていう漠然とした確信だけがあったんだ。そして、――そこに現れたのがリュウヤだった。

 ちらりとベッドに目をやると、リュウヤは既に眠りについているようだった。俺は自分も早く寝ようとまぶたを閉じる。


 二人分の寝息が響く一室を、澄んだ月光だけが静かに照らしていた。

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