束の間の、

 部屋中に漂う美味しそうな匂いとトーストの焼けた音で、俺はふと目を覚ます。固い床から起き上がり、狭いキッチンへと視線をやれば、そこにはリュウヤの姿があった。


「あ、おはよ。起こしちゃった?」


 リュウヤは俺に気付くと、笑顔を浮かべて振り返る。そして、もうちょいで出来るから待ってて、と言うと俺に再び背を向けた。


 ◇◇◇

  

「勝手に使っといてアレだけどさあ、この家食いもん無さすぎない? あれじゃあ体壊すよ」


 そう言いながら、リュウヤは俺の前に皿を置く。皿の上に並ぶのは湯気を立てる半熟の目玉焼きと、こんがりと焼き目のついたトーストだ。


「……これリュウヤが作ったのか?」

「当たり前でしょ。じゃなかったら、今オレは何してたわけ?」


 テーブルの向こう側に座ると、リュウヤは俺の言葉にけらけら笑う。俺はそんなリュウヤの反応に若干イラつきつつも、キッチンへ向かい醤油を手に取った。

 キッチンの隅には既に洗い終えられたフライパンなんかが並んでいて、リュウヤの手際の良さに俺は小さく嘆息する。

 まさかコイツに料理ができて、しかも食生活のことで何か言われる日なんてのが来るとは。

 

 俺はアイツに背を向けたまま、悔し紛れに言い返す。


「……お前高校のときの調理実習覚えてねぇの? まさかあんなことやらかしたヤツが料理出来るようになってるとは思わなかったんだよ」


 高校一年生の調理実習、俺らは同じ班だった。

 隣で電子レンジを操作していたコイツが「あれ? 卵ってレンチンしたらダメなんだっけ?」と言い放ち、それと同時に卵が爆発したのを俺は多分一生忘れないし、忘れられない。


「……覚えてないなー。まぁほら、七、八年も経てば人も変わるもんでしょ。ってかこんなん料理の内に入んないし」


 リュウヤは笑って誤魔化そうとする。そんなリュウヤに言い返そうと俺は振り向き、それと同時に首を傾げた。


「あれ、なんでお前自分の分は作ってねぇの?」

「……あー、いや、オレは腹減ってないから」


 そう言い終えた瞬間リュウヤの腹からぐー、と大きな音が鳴る。

 リュウヤはバツが悪そうに腹を押さえて、目を泳がせた。俺はそんなアイツの様子に小さくため息をつくと、冷蔵庫を漁る。

 冷蔵庫の中身は上段に何本かの発泡酒と、ドアポケットには調味料。他には卵が二、三個と中段にペットボトルの飲み物が数本ゴロゴロと転がっているだけだ。

 確かにこれは小言を言われても仕方ないか、と納得しながら俺は卵に手を伸ばす。


「ばーか、何遠慮してんだよ。つーか腐らせても困るし、むしろ食え」


 俺の言葉を聞いて、リュウヤはぎくりと体をこわばらす。そしてしばらく視線をさまよわせたあと、恐る恐るといった様子で切り出した。


「……なあアキ。……昨日言ってたの、本気か?」

「おう」


 俺が間髪入れずに返答すると、リュウヤはウンウン唸りながら頭を抱える。俺はそんなアイツを横目に、火にかけたフライパンへ卵を落とした。


 ――そして話は昨日の夜へと遡る。

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