ママにならないで 改訂版

間川 レイ

第1話

 私は昔から、この身体が嫌いだった。次第に丸みを帯びていく身体が。膨らむおっぱいが。生えてくる陰毛が、大嫌いだった。定期的に血を股間から垂れ流すこの身体が、大嫌いだった。だってそれは、私の身体が、女に作り変えられていく証だったから。ママになる準備を整えていく証だったから。


 ブラをつけるのも最初は嫌だった。だってママみたいで。私は女なんだって突きつけてくるから。おっぱいが膨らむのが嫌だった。ママにどんどん似ていくから。おっぱいが大きくなるのが嫌で、あえてワンサイズ小さなブラをつけていたこともあった。隠毛が生えてくるのが凄く嫌だった。私はもう大人の女なんだって言われているみたいで。ぶちぶち引き抜いても生えてくる陰毛が凄く嫌だった。始めての生理の時私は泣いた。お腹が痛かったからじゃない。これで子供が産める女になったと証明されてしまったから。私は女になんてなりたくなかった。私はママになんてなりたくなかった。ママみたいになりたくなかった。


 私のママは、美しい女だった。美しい女でしかなかった。私から見たママは気分屋で、怒りっぽくて。それでいて上昇思考が強かった。医者の奥さんになりたかったから今のパパと結婚したんだよ。そう言って憚らないママ。子供のころからママはいつだって苛立っていた。それは、私の頭が良くなくて、習い事や塾の成績が悪かったからかもしれないし、パパが結婚の時、絶対開業はしないと言ったのに結局開業してしまったからかもしれない。兎に角いつだって何かに苛立っていたママ。その怒りは大体私たち姉妹、中でも出来のよくない方の私に向けられた。


 なんでそんなこともできないかな。それ、前も言ったよね。本当に勉強したの。練習してその成績なの、ちょっと信じられないんだけど。そんな言葉たちなんて飽きるほど聞いた。やる気がないならやめなよ、なんて言葉だって。あるいは妹に向かって勉強しないとお姉ちゃんみたいになっちゃうよ。そういうのを聞いたり。あるいは悪かった学校の成績表をなんなの、これ!と顔面に叩きつけられたりもした。そう言う時のママには何を言ったって無駄だった。泣きながら謝ったところでうるさいと殴られるのが関の山。泣いたら許されるとでも思ってんの、なんて何度言われたことか。だからと言ってムッとした態度は決して取ってはいけないのだけど。親に向かって何その態度。全部全部お前が悪いんだろうがと絶叫されることになるから。


 絶叫するだけならまだマシな方だけれど。とりあえず手に持っている物を私に向かって投げつけて。謝れよ、なあ。誰のおかげで生きていけてると思ってると叫びながら何度も何度も私を殴る。あるいは出てけよこの屑。そう叫んで肩が外れそうな力でぐいぐい引っ張って、着のみ着ままで家を追い出す。それが例え、私がお風呂上がりで下着しか身につけていなくても。あるいは、あーあ、あんたなんて産まんだらよかった。そう吐き捨てて家を出ていくか。あんたらのせいで人生滅茶苦茶なんだけど。そう言って短期間の家出を繰り返したママ。私たちは閉ざされたドアの前でごめんなさい、ごめんなさい。悪いことしないから帰ってきてくださいと泣きじゃくることしかできなかったけれど。


 年を取って大きくなるにつれて、殴られたり家を追い出されたりというのはずいぶん減って、そちらはもっぱらパパの役割になっていったけれど。それでも何か機嫌を損ねたりすれば、私の分の食事だけ用意されないなんてざらで。仕方がないので余った料理や冷凍食品を一人で温めて食べていれば、何あれ、泥棒みたいと笑われたことなんて何度あったことか。あるいは勝手に洗い物増やさないでくれる、と言われたり。はたまた、みっともないね、あんなのになったらだめよと妹に言うとか。そんな毎日。パパだって成績が悪いとか、生活態度が悪いとかでこの屑、この気違いと罵りながら私を何発も何発も殴ったりしたけれど、辛いのはママのあのまるで私に興味のない瞳。そしてその癖私を叱るときだけパパと一致団結して。


 成績表を見せたら、何だこの成績は。どうやったらこんな馬鹿みたいな結果になるとパパに散々殴られるのが嫌で、つい成績表を渡さず隠していたのがばれた高校2年生の夏。かつてないほどパパは切れ散らかし、この恩知らず、恥知らずと帰ってきた私を玄関先で捕まえると何発も何発も私を殴ったパパ。最初はやめてよ!痛い!そう叫ぶ余裕のあった私だけどさすがに10を超えればもう泣くことしかできなくなる。やめて、痛い、ごめんなさい。そう泣いても謝っても許してくれなくて。20を超えて殴られていると次第に身体の感覚もぼんやりとして来て。玄関の片隅で身体を壁に寄りかからせている所を、まるでサンドバックのように殴られて。


 この屑、ゴミ、気違い。その三語を狂ったようにわめきたてられながら。殴られるはずみで、肩とか頭とか、壁に勢いよくぶつかるのを、どこか遠いところから眺めているような気分になって。私の肩の上に小さな私が乗っていて、自分が殴られたり髪の毛をつかんで柱の角に叩きつけられるのを、映画でも見るように眺めている気分。そうやって、ぼこぼこにされている私を、まるでゴミでも見るような目で見るママ。時折、パパのこの恩知らずがという怒鳴り声に合わせてわざとらしくうんうんと頷いて見せたり。あるいは、何十発か殴って、ようやくパパが満足して。さっさと風呂入って勉強しろと吐き捨てて去っていき。のろのろと脱衣所に向かった私。泥と涙とよだれで、制服を汚した私にだけ聞こえる声で、きったなと言ったママ。そんなことばかり覚えている。


 大学に入って、一人暮らしを始めた私。殴られることも、怒鳴られることも減った。それでもふと、鏡を見るたび、脱衣所で服を脱ぐたび思ってしまう。胸もだいぶ膨らんで、腰にくびれもできて、お尻も大きくなって。昔見たママの写真にそっくりな私。ふたえの目元とかが特にそっくり。そう実感するたび、手首を切りたくなる。股間から血を流すたび、おっぱいが大きくなるたび、私はママに近づいて行っている。あの、私をただ見ているだけだったママに。いつでも子供を産めるように、子供を育てられるようになった私。いつでもママになれる私。きっとママみたいに子供をいじめるママになる私。そういう時胸が無性に苦しくなって。我慢できずに手首を切るのだ。どうかママにならないでと祈りながら。

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ママにならないで 改訂版 間川 レイ @tsuyomasu0418

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