第9話「抜け殻」

 ガラガラガラ。


 教室の扉を開けるかぬい。


「おい遅刻だぞ」

 担任がかぬいに注意しようとするが俺は一切動じない。


「先生。俺がんばってここまできたんです。確かに遅刻はしてしまったかもしれないけどここまできたことには変わりない。結果だけじゃなくて過程を見て欲しいんです」


 俺は先生に向かいそう言った。

 先生はどこか顔がひいていた。


「そ、そうか・・・まあ確かにちゃんときたもんな。じゃあとりあえず一時間目の準備をして席についてくれ」


「わかりました」


 俺は自分の席へと向かい座った。

 その瞬間、周りの奴がなぜかヒソヒソと話し始めた。


「なんだよ。今の。なんかかっこいいとでも思ってんじゃないの?」


 ヒソヒソと話す声は俺に丸聞こえだ。俺に聞こえるように話しているのかもしれない。


 俺はさっきの行動をよく振り返ってみることにした。


 まず俺は遅刻した。

 そして先生に謝ることもせずにここまで辿り着いた過程を見てくれと要求した。


 そしてあの引きつった先生の顔。


 そこから導き出される結論はただ一つ。


 俺はやってしまった。

 つい朝のランニングをしたからって調子に乗りすぎてしまったのだ。


 クラスで人気者でもない俺があんなことを・・・


 俺は両手を顔に当て後悔した。


『後悔などするな。結局過去を変えることはできない。その考えは脳のリソースを割くただの邪魔な思考だ』


(そんなこと言われたってあんなことやってしまったらそうなるだろ)


『じゃあ今から過去を変えるためにここで発言するか?さっきの発言は忘れてくれと』


(それは無理だけど・・・)


『そうなら考えるまでもない。今だけを見ろ』


 う...

 俺は反論できなかった。

 確かに過去や未来を考えても特に意味はない。


(まあそういうことか)


 俺は納得し休み時間だったので一時間目の教科書をとりにいこうとロッカーに向かった。


 そして椅子から立ち上がった瞬間。

「痛って」

 思わず声が出てしまった。

 今日の朝のランニングと本気のサイクリングで俺の足は限界が来ていたのだ。

 筋肉痛で立ち上がることすら難しかった。


 その姿を見たクラスメイトは俺のことをさらにヒソヒソと話している。

 その姿の中には俺を笑うもの、見下すもの、さまざまなタイプがいる。


 なんとか足を進め、ロッカーにたどり着いた。


『お前はあのクラスメイトたちを見てどう思った?』


(どう思ったって言われても...腹が立った)


『そうか。あんなものに腹を立てる必要はない。あれはただの外部のデータであり、自分でコントロールできるものではない。それにストレスを感じていたらお前はこの先もっと苦労することになるぞ』


(そうは言われても仕方ないだろ。俺があんなことしたのが悪いわけだし、元はと言えばお前がそんなこと教えてきたからこうなったんだけどな)


『はっはっは。いいじゃないか。それもまた一興だ』


(呑気に笑いやがって、おっさんかよ)


 俺はロッカーから重い教科書を取り出し、また震える足で机に戻ろうとした。

 その時隣のロッカーにいるクラスメイトが話しかけてきた。


「お前なんか変だぞ」


 こいつは同じ中学のふかく。

 中学校は同じだったが一回同じクラスになっただけでほとんど話したことはない。


 基本誰とでも仲良くするタイプの男子だ。


「なんか足が震えてないか?どっか体調悪いのか?」


 流石に俺の足を見て異変に気がついたらしい。

 なんせ俺の足はブルブル震えていかにもモブらしい足をしていたからだ。


「あっ、なんでもないよ」


 俺はなぜか目を合わせることができずただ手をふかくの方へ伸ばすだけだった。


「本当か?教科書ぐらい持ってやるよ」


 ふかくは俺のもった教科書を机まで運んでくれた。


「あ、ありがとう」


「こんぐらい大したことないって。というか今日の朝のお前どうした?なんか二重人格とかか?」


 あまりの変わりように二重人格を疑われているようだ。


「いや、違うんだ。ただやってみたかっただけ」


 後半になるにつれ声が小さくなっていく自分がわかった。


「そうなのか。でもなんか今日の朝のお前はちょっとかっこよかった。なんていうか自分を持っている気がしたんだ」


 そう言い残しふかくは自分の席へと戻ってしまった。


(自分を持っているだって?)


 俺は嬉しかった。

 自分を持っているなんて言われたことがなかったからだ。


 言われたことがあるのは魂の抜けた操り人形みたいとか、蝉の抜け殻とかそういうことしか言われなかった。


 だからあの言葉はすごく嬉しかった。


『言っただろ。お前は変わったんだ。あの発言がどっちの転んだなんてのはわからないが少なくともあいつだけはお前のことをよく思ってるはずだ』


 俺は胸がじんわりと暖かくなるのを感じた。








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