第10話「強靭な心と貧弱な心」

 授業が始まり俺は真剣に聞いていた。

 運動は正直そこまで好きではないが、勉強はそこそこ得意なほうだ。


 やれと言われたものをただやるだけでいい。

 これをやるだけでいい点数が取れるのになぜみんなはやらないのか疑問に思うぐらいだ。


『お前は本当にそれでいいのか?』


(それでいいのかって言われても俺は成績優秀だ。それに間違いはないだろ)


『いや違う。成績優秀なのは単なる評価であってお前そのもの価値を示すには不十分だ。』


(なにが言いたいんだよ)


『お前はいま上から下された命令をただ単にこなしているだけのものに過ぎない。それがお前のなりたかった者か?』


 上からの命令を単純にやる...か

 ここで俺はあることに気がついた。


 そんなのは嫌だ。俺は毎日死んだような顔をしている奴にはなりたくない。


『そうだ。お前は今その段階へと足を運んでいる。学校というのはただ優秀な労働者を作る場所であって、お前の夢を絶対に叶えてくれるという保証はない』


(じゃあどうすればいいんだ?)


『私に答えを求めるな。いつまでも答えがあると思うな。自分の頭で考え行動しろ。それができるようになった時お前はさらに一段階アップグレードする』


 こいつの言っていることはつまり受動的になるなということだろうか。

 上から言われたことを淡々とこなすのは誰でもできるだろうが、それでは意味がない。なんでも能動的に、自らの意思を使ってやれということなのか。


 俺は人差し指をこめかみにあて考えた。

 かつての夏目漱石のように。


「……よし」


 俺はペンを握り直した。  今までのように、黒板の文字をそのまま写す作業はやめだ。


 なぜこうなるのか。そしてそれをどうやって自分に活かすことができるのか。

 それを考えて俺はノートに記した。


 俺は頭をフル回転させた。

 いままで黒板を写すだけだった作業がなぜか楽しくなってきた。


 自分の頭でシチュエーションを予測し、使い所を探す。そしてアイデアを書き記す。


 一時間目の授業は数学だったが、いつもよりなぜか楽しかった。

 一見使い所のなさそうな式でも色々な計算方法への応用を試すばかりだった。


 俺は一時間目の授業で没頭し、すぐにチャイムが鳴った。


 キンコーンカンコーン。


 教室のみんながすぐに廊下へと向かっていく。


 その中で俺一人はなぜか満足感を得ていた。

 今まで退屈だった授業がなぜか充実していたのだ。


(これが没頭ってやつか)


『そうだ。お前はいま没頭していたのだろう。私にも発言する隙がなかった。お前の脳が本来の働きを取り戻したのだ』


 脳内の声が、どこか満足げに、それでいて少し寂しそうに呟いた。


「ふぅ。疲れたけど、なんか頭が軽いな」


 俺は「アイデア」で埋め尽くされたノートを閉じ、深い呼吸をした。スマホの動画を見終わった後の、あの泥のような倦怠感とは真逆の、心地よい疲労。


 だが、安らぎの時間は一瞬だった。


「おい、次体育祭の合同練習だぞ! ちゃんと着替えとけよ」


 クラスの体育委員が叫ぶ。その瞬間俺は一気に現実に引き込まれた。


 そうだ。今日は体育祭の練習があったのだった。

 俺は教科書を手に持ち再び、ロッカーへと体操服をとりにいった。


 プルプルと震える足をなんとかコントロールしながら一歩ずつ歩みを進める。


 体操服を手にして再び自分の席へと無かう。

 俺に着替える定位置は大抵俺の机の後ろだ。これだと下が前の人に見られることはない。


 だが俺は一番後ろ左端。横に人はいっぱいいる。


 この視線など気にしてもなにも価値がないのはわかっている。だが俺にはそれができない。


 俺はまず上着を脱いだ。なんとも細い腕。

 そして痩せている体。


 自分の体を見て落ち込んでしまうのはだめだな。

 そう言い聞かせて、俺はズボンを脱いだ。


 俺は片足を上げたその瞬間、世界がスローモーションになった。


「うおっ…!」


 太ももの付け根から火花が散るような激痛。朝の5kmの蓄積が、このズボンを履き替えるという日常動作で一気に牙を剥いた。  

 右足が派手に痙攣し、俺の体は支えを失って大きく左に傾く。


 ガッシャーン!


 俺は大きな音を立てて机の横に倒れ込んでしまった。


「おい。大丈夫かよ」


 クラスメイトの男子たちが大きな音を聞いてこっちに視線がくる。


「頑張って立ち上がれ!」や「怪我してないか?」とか言っている声も聞こえるが一切心配している様子はない。

 どさくさに紛れて「生まれたての子鹿がいるぞ!」などという声も聞こえてきた。


 まったく。くだらないな。


 俺は周りの視線を一切気にすることなく立ち上がった。

 そして普通に体操服に着替えることができた。


『強くなったな』


 脳内からそんな声がしてくる。


 着替え終わった俺を見て不可苦がよってきた。


「おい。お前今日からあだ名の「子鹿」で決まりだな」


 俺は胸が刺されたようだった。

 唯一気さくに話しかけてくれたこいつまで俺の敵だったのか。


「なんてな。冗談だよ」

 そういって不可苦は俺の背中を軽く叩いて教室を出て行った。


 人生一ヒヤリとした体験だった。






















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思考こそが最強の武器である〜脳内の謎の声に「お前の意思は死んでいる」と宣告された俺が、能動的思考でバグった日常を攻略する話〜 @pajiru

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