第6話座席の隙間



---


### 『座席の隙間』


その路線は、古かった。


朝夕の通勤客と、

昼間の老人しか乗らない。

変化のないバス。


運転手の男は50代。

勤続25年。

ハンドルを握る手は、

考えなくても曲がる。


社畜と似ているが、

彼には「遅れられない恐怖」があった。


---


最初の違和感は、

運転席の**背中**だった。


座席と背もたれの、

ほんのわずかな**隙間**。


そこから、

冷たい空気が流れてくる。


エンジンのせいだ。

古い車体だ。

そう思った。


---


ある朝、

始発の点検中。


運賃箱の横、

誰も触っていないはずの場所に、

**座席のシワ**が増えていた。


まるで、

誰かが――

**挟まっていた跡**みたいに。


---


運転中、

ミラーを見る。


後部座席は空。


でも、

座席と座席の**隙間**だけ、

妙に暗い。


信号待ちのとき、

そこが**少し動いた**。


気のせいだ。

道路の揺れだ。


運転手は、

気のせいを信じる仕事を

長年してきた。


---


夕方。


最後の停留所。

「降ります」の音。


だが、

誰も立たない。


ミラーを見ると、

一番後ろの座席の隙間に、

**指**が見えた。


大人の指。

爪が短く、

働いてきた手。


男は声をかけた。


「お客さん、終点ですよ」


返事はない。


---


バスを降りて、

後部へ回った。


座席の間。


そこに、

**人が薄く折りたたまれて**

挟まっていた。


顔は見えない。

でも、

制服の色が――

**自分と同じ**だった。


---


その瞬間、

背中が引っ張られた。


運転席の隙間。


25年間、

毎日座っていた場所。


「席、空けてください」


耳元で、

自分の声がした。


体が、

自然に後ろへ倒れる。


不思議と、

サイズが合う。


---


翌朝。


その路線は、

何事もなく走った。


運転手は、

いつも通り。


ただ、

ミラーを見るときだけ、

一瞬ためらう。


座席の隙間に、

**まだ余白がある**気がして。


--

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る