第3話すき間勤務



---


### 『隙間勤務』


終電だった。


社畜あるあるだけど、

「今日は早く帰れるな」と思った日は、だいたい遅い。


男は40手前。独身。

会社と家を往復するだけの生活。

部屋はワンルームで、必要最低限の家具しかない。


だから、

ベッドと壁の**隙間**にも、ずっと気づかなかった。


ある夜、帰宅してネクタイを外した瞬間、

**コトッ**と音がした。


何か落ちた覚えはない。

疲れていたし、無視した。


社畜は、

「違和感を無視する訓練」が完璧に仕上がっている。


次の日の朝。

スーツのズボンが、

**微妙にしっとりしていた。**


梅雨か、と思った。

考えるのをやめた。


三日目。

隙間から、**風が出ている**ことに気づいた。


窓は閉まっている。

エアコンも切っている。


それなのに、

ベッドと壁の隙間だけ、

**冷たい。**


スマホのライトで照らすと、

隙間の奥は、

部屋の構造的にありえないほど**暗い**。


奥行きが、ないはずなのに。


---


その夜、夢を見た。


会社のデスク。

キーボードと机の**隙間**に、

指が挟まって抜けない。


上司が言う。


「まだ余白あるよね?」

「もっと詰められるよね?」


目が覚めると、

ベッドから落ちていた。


正確には、

**落ちかけていた。**


壁との隙間が、

昨日より、**広がっている**。


---


週末。


久しぶりに掃除をしようと、

ベッドを動かした。


その瞬間、

隙間の中から、**名刺**が見えた。


自分の名前。

今の会社。

部署名。


でも、

肩書きが違う。


> 「隙間管理部」


ぞっとして、

名刺を引き抜こうとした。


**引っ張り返された。**


隙間の奥から、

低く、乾いた声。


 残業、

 まだですよね


腕が、

肩が、

体が、

**少しずつ引き込まれる。**


不思議と、痛くない。


ただ、

体が**ちょうどいい幅**に

調整されていく感覚。


最後に聞こえたのは、

自分の声だった。


「隙間、

 埋めておきました」


---


翌週。


その部屋には、

新しい住人が入った。


内見のとき、

不動産屋は言った。


「少し狭いですが、

 **無駄な隙間がなくて**

 住みやすいですよ」


ベッドと壁の間は、

ぴったりだった。


まるで、

**誰かが、そこに収まったあとみたいに。**


-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る