第2話:ホドリグの遺産
わたし、
師匠から貰った懐中時計を取り出す。アンティーク調な様式に、金縁に象られた円形に、綺麗なローマ数字が文字盤に埋め込まれている。
小さな針は——午前九時を指している。
本来この時間は、真っ当な中学生として朝礼で、頭を揺らしていることだろう。
「朝早くからの呼び出しは控えてください、って言ったのに」
一人ぶつくさと文句を言いながら、駅前、繁華街に通じる道を抜ける。
アーケード街を抜けた先は、商業ビル中心の駅前とは雰囲気が一変して、事務所やオフィスがひしめく雑居ビルが立ち並んでいる。
その中でもひときわ古い「
今時珍しい、エレベーターも
この「春日井ビル」は四階建てのやや背の低いビルだ。
一階は、管理人室。
二階は、年中有休の探偵事務所。
三階が目的地、師匠のアトリエ。
四階は、空きテナント。
地下一階にはバーが開いているらしいが、夜にしか開かないので来た試しはない。階段を上る。二階の探偵事務所は相も変わらず電気が灯っていない。更に階段を上り、ようやく目的地。
「失礼します。師匠いますか?」
扉を開き、中に入る。
アトリエというだけあって、部屋の中はいつも通り
走り書きした紙が乱雑に床に敷き詰められ、分厚い書物が搭のように積みあがり、灰皿には煙草が花を咲かせている。
全く、先週来て掃除したばかりなのに……
「汚い、なんてありふれた言葉を投げるなよ」
「……汚いですよ。師匠」
「おいおい。私のことは親しみを込めて、
「……掃除しないですよ」
「冗談だよ。朝飯食うか?」
「今朝食べてきました」
「そうかい。まあ私は作るがね」
そう言って、師匠、鯉渕煙羅は給湯室を魔改造したキッチンへと向かった。
掃除をしに来たわけではないのだけど、私は手短に、机の周りだけ整理を始めた。
机にはいくつもの書物が散乱している。
タイトル、元素魔術の応用。祓魔と関連する魔術。仮面の
オカルト本を纏めて、隅へと追いやる。暇つぶしに元素魔術の応用を数ページ捲る。溢れ出る文字、文字。基礎でさえ、理解に苦しむ内容であったのに、こういった魔法参考書の理解は私には早いようだ。
さて、一気に
聞いた話では魔術世界では有名人であり、煙遣いの魔術師らしい。
らしいというのも、私と師匠が出会ったのは一年前であり、師匠がどういった魔術師なのかは、知り合いから又聞きした程度である。そして、彼女は口癖のように言っていた。「私にとって、魔術師が魔術を見せる瞬間は、敵と対峙した時だ」と。だからわたしは、煙羅師匠の魔術を見たことないし、どういう魔術師なのかも知らない。
しかし、面倒見の良い性格なのか、弱肉強食が常であり、非凡が牛耳る魔術世界において、わたしのような平凡な魔術師の師匠でいてくれる稀有な存在だ。
時折、今のような面倒な仕事を押し付けられはするが。
「ほら朝食だ。たんと食えよ」
机に置かれたのは、一枚のシナモントースト。レタスと
「わたし、朝食食べてきたんですけど」
「ああ。だが要らないとは言ってないだろ。だから用意した。若いんだから沢山食べろ。いっぱい食べる子は将来損をしないぞ。体力もプロポーションも何もかもが、若い時の投資で決まるんだからな」
そう言って、煙羅師匠はシナモントーストにはちみつをかけて、かぶりつく。豪快な食べっぷりは見ていて気持ちがいいが、私は目の前の現実を直視することにしよう。
豪華な朝食なんてものじゃない。
ホテルの朝食ではないんだから、一般家庭の朝食という際限ぐらいは知ってほしいものだ。試しに目玉焼きを一口。ぱりっとした食感に、粗削りの
我が家というより、日本は片面焼きが主流だが、こういう食感が味わえるのも新鮮でいいな。というより、何回も朝食の世話になっているから、もう実感はしているのだが改めて思うと、この師匠、がさつに見えて料理上手なんだよね。
仕事柄というか、魔術師は手先が器用なのかな。
ついついお世話になってしまい、ここまで食べてしまうと、未来のプロポーションより、一日先のプロポーションが心配になる。
と、話が脱線するところだった。
「ところで、師匠。こうやって朝、穏やかに呑気に朝ご飯を頂いていますけど、呼び出した理由を聞いても良いですか? わたし……これでも多忙な中学生なんですよ。今日だって、学校に休む連絡を入れて来ているのですから。きっと、わたしの力が必要なぐらいの、文字通り、猫の手も借りたいぐらいの状況で、ちゃんとした用なんでしょうね?」
「……多忙な中学生……ちゃんとした用」
煙羅師匠は二つのソーセージをフォークで転がす。やがて矛先をサラダに添えられたプチトマトに向けて、ぷすりと一刺し。師匠の口元に運ばれた。
「なあ、菜ノ花。魔術ってのは、何だと思う?」
「……なんですか、藪から棒に。哲学じみた魔術論は、もう間に合っていますよ」
「世間話だよ。アイスブレイクみたいなもんだ。私は、こういう意味がなさそうで、逆に意味がありそうな問答が好きなんだよ。……さて、菜ノ花。もう一度聞こうか。魔術……魔法——幻想じみた現象は、何だと思う?」
いつもの師匠のペースだ。
こうなったら
まるで一昔前のゲームのNPCのように、「はい」を選ばないと進まないのだ。
「魔術、魔法ですか」
私は想像する。
今まで学んできた魔法はいくつもある。それは、どれも道具や手段に近い。
火を灯す。物を動かす。水を増やす。風を呼ぶ。幻覚を見せる。
十人十色で様々な使い道があるのだが、私はここに共通項を見出している。
それは……
「……わたしにとって、魔法は夢を見せる力だと思います」
「夢を見せる、か」
「はい。私が学んだ魔法は、この現代では全て何かしらの代用が効きます。ただ火を灯すなら、ライターで十分だし。重い物は機械で運んだ方が、手っ取り早いです」
今、魔術世界は否応なしに下火である。
科学技術の台頭や、神秘の減衰。理由は上げるときりがないが、魔術は五百年前に比べると学ぶ価値はほとんどない。それなのに、価値が低いにも関わらず、魔術師の数は減少傾向にあれど、潰える兆しは全くなかった。
「便利な技術があるのに、魔法に意味を見出すのなら、私は一人の力で成し遂げられる、浪漫に似たものがあるのかもしれません」
「浪漫、それに夢を見せる力か。私の弟子だというのに、えらくロマンチストだな」
「すみません」
謝ることじゃない、と師匠は続ける。
「夢を見せる、か。……私は、その考えと真っ向から反対する奴を知っているがね。現実主義者なくせに理想を掲げた魔術師だがね」
「……スプレさん、ですか」
「そうだよ。君が愛してやまない王子様だろう」
私は思わず目を背けた。
その様子に満足そう、師匠は顔を覗き込んで言う。
「あいつは止めとけって。もう二十代後半で、中学生のお前には手が届かないよ。それに、私の所感だが、菜ノ花とは相容れないさ。あの頭でっかちの王様《
「……師匠には関係ないですよ」
「愛に年齢も、性別も、趣味も、生き方も、死人も、聖人も、他人も関係ないがね。この世には法律という、ありがたい規範があるんだな。悪人も善人も、法があってのものだ。あいつは、そういう意味では、法律通りに生きる人間だから。間違いは犯さないだろうけど」
後で釘を刺しとくか、と師匠は一人呟いた。
本当に自分勝手な人だ。
確かに、今のままでは、スプレさんにとって私は妹のようなもの。いや、歳の離れた親戚の子供のようなものだ。……それってかなり他人に近しい、望み薄な存在ではという現実は置いておくとして、高校生にでもなれば話は変わるだろう。
日本の法律では十六歳から結婚できると調べはついているのだから。
それに近しい関係になれるだろう。なれる……はずだ!
「と、話が脱線しすぎですよ。つまり、質問の意味は何ですか? いきなり『魔法って何?』と聞かれても、話の趣旨が見えてきませんよ」
そういえばそうだったな、とまるで他人事のように返事をしてから、煙草を一本取りだす。
今日は、ラーク・クラシックマイルド。なんだが昔を感じさせる雰囲気の箱だ。
慣れた手つきで煙羅師匠は、火をつける。ライターはジッポ式のもので、使う理由はカッコいいからというのが如何にも師匠らしい。一息に吸い、煙を吐き出す。
食事中、そして未成年の前で意も介さず吸うのが、鯉渕煙羅クオリティなのだ。
しかし吐き出した煙は、自然と私を避けて、換気扇に巻き取られる。
又聞きしたというのも、スプレさんから聞いた話だが、煙羅師匠の魔術は名前の通り、煙に関係しているらしい。「煙遣い」なんて呼ばれ方もしているとか。だから煙草の副流煙に、吐いた煙だってお手の物。だからこの事務所には自然と、煙草の匂いはしない。一日に一箱までをモットーとするヘビースモーカーの事務所とは思えないクリーンで風通しの良い職場である。
「魔法ってのは、何か。……私にとって、魔法は煙草みたいに生活に根付く存在だ。無くてはならないし、無くならないことがない。つまり、自分自身みたいなものだ。しかし、夢を見せるようなロマンチックな回答でもなく、冷たい現実主義的な考えでもなく、自分自身みたいな陳腐な言葉でもない。が、印象的な回答をした魔術師がいた」
「魔術師がいた、ですか」
「そう、いた。もうすでにこの世にはいない魔術師だ。名をホドリグ。変身術を応用した物質変化の魔術は、当時かなりの話題を呼んだ。彼が亡き今でも、その信奉者は現代の学院でも無数にいるそうだ。そんな彼は、先の質問に、こう回答した。
『それは、他者である』
そう言ったらしいのさ。魔術師らしからぬ発言を、さぞ当然のようにね」
「他者。魔法が他人」
魔術師らしからぬ初兼、いや魔術師が決して口に出してはならない言葉だ。
魔術師は基本的に利己的な生き物。
自分のために研究し、自分の家名に研究成果という名の遺産を継承する。
そして先へ、先へと、自分たちにとってより良い明日を重ねる生き物だ。
一般論を並べるなら、自己中心的で褒められた行いではない。
しかし、人間の歴史は、そういった利己的思想から利益が生まれ、幸福を生む。
幸福は同時に不幸を呼ぶだろうが、その歴史的成長は幸福を求めた人によるもの。
だから私は、否定はしない。
そういったエゴが人間の中でも魔術師は、極端なだけ。
魔法使いの卵である私が、とやかく言う資格は無いだろう。
「魔術師は利己的に生きる者。魔術師の巨匠が、魔術師の定義と正反対のことを言えば、魔術学院だって混乱したものさ。口々に魔術師たちは綺麗ごとだと宣った。……しかしね、面白いことに彼は、嘘でも綺麗ごとでもなく、本気でそう言ったんだ」
「本気で、って。……まるで見たように語りますね、師匠」
「おいおい、私の過去の詮索は後にしてくれ。……だが、良い着眼点だ。その言葉が本気だと確信したのは見たからじゃないよ。それは、ただの事実。どう解釈しようが、彼は「魔法は他者だ」と本気で言ったんだ。そう、彼は生涯かけて生み出した研究成果、遺産を全て、野に放ったのさ。八一二八に上る巨匠が残した遺産は、ホドリグの遺産と呼ばれ、遺書とともに、その所有権を放棄し、他者に委ねたんだ」
「…………」
にわかには信じられない話だ。
自分のために研究していた人生の全てを他者に委ねるなんて。
そんなの初めから、自分の人生ではない。
それは、もはや他者の人生ではないか。
「そして話は、始点に戻るとする」
師匠はフォークを二本のソーセージのうち、一つに突き刺し頬張る。
「ちゃんとした用、と言ったな。そう、これがその用だ」
「その用って、つまりホドリグの遺産を探せ、とでも言うんですか?」
「ザッツライト。察しがいいじゃないか」
「む、無理ですよ! そんな魔術師の
「何を勘違いしているんだが、これは別に一人前の魔術師だからとか、見習いだからとか、一般人だからとかの話じゃないよ。……私は別に、八一二八の全てを探せと言っているんじゃない。その内の一つを探せと言っているんだ」
一つ。そう聞くとできるような気がしなくもない。だがしかし、いや優秀な魔術師の遺産だ。とても命一つで解決できる案件ではないはず。
「あれ、一般人って言いました? 遺産って危険なものだと思っていたんですけど、というより、魔術を知らない一般人でも手に入るものなんですか? それは……」
「……危険。まあ一般人に限れば、問題は無い。問題は、魔術学院『庭《ガーデン』』の奴らだ」
『
世界に数多ある魔術学院の一つ。魔術の研究組織。
学院の起源は数千年前にもなるが、五百年前に一度崩壊し、再建。
再建後は魔術学院、魔法学校の中でも新参の部類となる。
そして先に挙げた優秀な変身魔術の使い手、ホドリグは『
「つまり、『
「それが、一般人なら猶更ね。魔術師ってプライド高いから、一般人を蛮族扱いして、見下しがちなのよ。現在の『
煙羅師匠は、そう断言した。
遺物はこの町にあると。
かの有名な魔術師ホドリグ、八一二八分の一の遺産が、この町のどこかに。
「それで。そのホドリグの遺産って、どういう特徴なんですか? 八一二八個もあれば、特徴も様々で私の眼じゃ、判別つかないと思いますよ」
「いやいや、特徴ならあるよ。しかもわかりやすくね」
そう言って、煙羅師匠は一枚の写真を取り出す。
比較対象はないものの、そこにはおそらく手の平サイズの卵が映っている。
卵には、なにやら仮面のマークが浮かんでいた。
「ホドリグは遺産を平等に分け与えるよう、全ての遺産を一つずつ、卵に閉じ込めた。自分の家紋を印としてね。遺産には勿論、魔術的価値の差がある。言うなれば、あれだ。最近はやっているガチャみたいなものだ」
「つまり、卵を手に入れて確認するまで、中身は分からないと」
そういうこと、と師匠は言った。
特徴は十分。後は、卵がありそうな場所なのだが、遺物は常に移動しているという。この町に遺物が来たことを、煙羅師匠は感知したが、ここから先は足で探すことになる。
片手に収まる卵を、この町から、一人で。
徒労で終わりそうな予感だが、足で探すのは得意だ。
日々、町を巡って人助けに勤しんできたのだ。
「……分かりました。師匠は安楽椅子探偵のように手掛かりを待っていてください。……それにしても、こうして朝早く呼び出したのは、他の魔術師たちに先を越されないためだったんですね」
「え、いやいや。多分、勘づいているのは私ぐらいだと思うよ」
「はい? じゃあなんで……」
「久々に一緒にご飯食べたかったから」
……はっ倒してやろうか、この師匠。
師匠は悪戯っぽく笑い、残った最後のソーセージを頬張りながら言った。
「多忙な中学生、なんだろ? それなら、もっと忙しくしてやろうと思ってね」
「不要な気遣いですよ……全く」
「……そういえば言い忘れていたけど、今日も魔法少女なんだ」
師匠は私の桃色の服装に目をやりながら言った。
「はい! 私ってただでさえ影が薄いので、こういった部分でキャラ付けを行おうかと。……だって、人助けしても、私のこと皆覚えてないんですもん!」
「いいじゃないか。魔術師は人目のない影に生きる存在だ。影が薄いのも才能だろ」
「よくないですよ。私って月並みですし。それに誰かに感謝されたいですもん!」
「それじゃあ、菜ノ花は誰かに感謝されるために人助けしているのか?」
それは……少しずるい言い方だ。
もちろん感謝はされたい。
誰かの役に立ちたい。
自分は凄いって思われたい。
俗物的な言い方だが、邪な考えがゼロなんて言えるほど聖人でもない。
だからこそ、
「魔法を使って誰かを幸せにするのが、私の幸せですから」
これは間違いなく本心だ。
「そういった青臭い考え、嫌いじゃないぜ。ただ魔法を使うのは厳禁だからな。他人を救うのも良いが、まず自分の身を案じなさいよ。魔術師は私みたいに、良い人間ばかりとは言えないからね」
「ですね! でも私はもう半端な魔術師じゃありませんから!」
心配ご無用と、高らかに語る。
私は目の前の朝食を流し込み、最後にシナモントーストを頬張りながら、半ば投げやりな調子で事務所を後にする。
「ああ、そうだ。忠告を一つ。もし万が一、おそらくないとは思うが、遺産を探す間に、他の魔術師に——遺産を追う追わない関係なく——出会う機会があれば」
鯉渕煙羅は言った。
「全力で逃げろ。戦闘なんてもってのほかだ。関わるだけ不幸になると思え」
師匠は相変わらず、笑顔のまま見送った。
さて、それじゃあどこから探すことにしようか。
卵と言えば、スーパーとか、養鶏所とか、温かさを求めて高台とか。
そもそも卵の思考なんて、人間に分かるはずもないじゃないか。
あーでもない、こうでもないと道端で悩んだ挙句、結論としては、しらみつぶしに町の隅から隅まで探してみる、という考えに至った。
「おい、そこの変な恰好をしている、お前だよ」
そして、悩んでいた私の前に、不良娘は現れたのだ。
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